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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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44/83

結晶少女 43

 電光石火の早業(はやわざ)とはまさにこのこと。

 

 既に男たちの半数は不衛生な地面と熱い接吻を交わしている。

 

(魂具を持ってるってことは使役士か……スレネティ戦争の終結で身を持ち崩した傭兵かな……最近そういう人、多いって聞くし)

 

 パーシィには余裕があった。彼女の額、紅水晶(ローズ・クォーツ)の魂石は黒い煤のようなものを漂わせている。

 

 男が一人、また襲い掛かってきた。落ちぶれた傭兵らしく、連携が取れていない。彼らが身につけていたはずの技能(スキル)は、今や酒と薬物で塗りつぶされ過去の幻影と化している。彼女にとってはカモ同然だ。

 

 パーシィの手から漆黒の霊球が放たれる。彼女が最も得意とする黒属性の霊術、局所的な重力場だ。敵は黄属性霊術で鋭利な金属構造を生成し、襲い掛かろうとしたが……瞬く間に重力場に引かれ、魂具を手放してしまう。

 

 そこにパーシィが音もなく忍び寄り、逆の手から黒球をもう一つ。敵の足元に着弾するや否や、男はまるで上から吊り天井でも落ちたかの如く腹這いで地面に突っ伏す。パーシィは無防備になった耳の下部、ちょうど首の側面付近に軽く蹴りを指し込んだ。男はそれで再起不能となる。

 

 パーシィ・ケインゴルは幼少期、伊達に村の荒くれたちから一目も二目も置かれてない。もっと言ってしまえば、齢一二で近隣を恐怖に陥れていた暴れ熊 "月斬丸(げつざんまる)" を討伐したのもまぐれではない。

 

 (ひとえ)に実力だ。

 

 黒属性霊術は強力である。相手の動きを封じることもできれば、その逆に自身を加速させ高速戦闘も可能だ。重力場――すなわち力学を操る、その単純(シンプル)さ故に深く広く応用が利く。

 

 ただし、とんでもなく制御が難しいのが欠点だ。もし誰も彼もが自在に黒属性霊術を操れるなら、この蒼の大地ファンタズマブルの流通に馬は不要だろう。積み荷を重力場で運べばよいだけだ。これは現在でも兵站の最重要課題たる霊石運搬でもまったく同様。あちこちに黒属性の使い手がいるなら、軍部は諸手を挙げ喜ぶだろう。

 

 だが実際は違った。黒属性霊術をまともに使える者はごく一握り。使用は極めて難しい。具体的には重力場の形成、指向性、強度、持続時間……どれをとっても針の穴を通すような繊細な制御が求められる。これは純粋に "制御" の話なので、霊石砲でも同じだ。クリーヴのような身体能力・霊術共に秀でた龍人種でも、黒属性を完全に使いこなすのは難しい。せいぜい大雑把な重力場を展開可能な程度だ。

 

 それをパーシィは手足の如く、自由自在に操れる。

 

 昔、たまたま彼女の村を訪れた高名な戦士(いわ)く、パーシィの水準(レヴェル)は二階から針百本をばらまき、その穴一つ一つに数珠繋ぎで糸を通した上、さらに落下までの一瞬で精緻なあやとりをして遊ぶような……とにかく尋常でないそれとか。

 

「……さ、後はあなただけですよ? いい加減、出てきてください」

 

 パーシィがまた一人、男を倒す。今度は少し離れた位置に強めの重力場を生成し、男だけをそこまで勢いよく引き寄せ壁に激突させたのだ。

 

 残るは一人。当初より気配を察していた。あの壁の向こうに隠れている。

 

「出てこないんですか? ならこっちから行きますよ」

 

「おっかねえ娘だな、まったく……」

 

 壁から猿族の男が出てきた。片足を引き()っている。この男もやはり元は傭兵だろうか。額に魂石摘出痕が残る。半ば意識が朧気だった先の者どもと違い、会話が通じるようだった。どころか、痩せこけた頬の上で爛々と光る瞳には、狡猾で容赦ない印象さえ覚える。

 

「どうするんですか? このまま通してくれるなら何もしませんよ」

 

「おお、(こえ)え……でもな、嬢ちゃん。こっちにも面子ってもんがあるんだ。ここまでやってくれた以上、ただじゃ帰さねえ」

 

「そうですか。では――」

 

「おおっと待ちな……よかったよ。間一髪、間に合った。見てみな」

 

 パーシィは警戒を解かぬまま、男が顎をしゃくった方を見遣る。

 

「……パーシィ姐さん」

 

「ウィンサ⁉ あんたどうして……!」

 

 そこにいたのはウィンサとそれを拘束する新手の男だ。猿族の配下らしい。どうやら彼女が逃げた直後、抜け目なく追手を放っていたようだ。ウィンサは小柄な身体でジタバタもがき、霊術を織り交ぜ抗っているものの……彼女は正真正銘ただの一般人。肉体・霊術的に相手になるはずがない。

 

「これで詰みだな、嬢ちゃん。たしかにお前さんは強え、ああ尋常じゃなく強えさ。嬢ちゃんほど黒属性に()けた奴を俺はこれまで見たことねえ……だがな」

 

 ニヤリ、猿族の男が下卑た笑みを浮かべる。

 

「もしこれから先、少しでも反抗するようならあの二つ結いの嬢ちゃんは殺す。一瞬で、力任せに首をへし折る。最近また衛兵どもの目が厳しくなってやがるから、しばらく殺しはなしだと思ってたが……ここまでやられたらこうするしかねえ。これは仕方のねえことだ」

 

「……まるで自分を被害者のように語るんですね」

 

 パーシィは精一杯の侮蔑を込め吐き捨てた。しかし男は動じない。どころか、からかい半分に役者のような口上を述べた。

 

「ああそうさ! 被害者! 俺たちはそう、まさにそういう弱者なのさ! 世に虐げられ、追いやられ……嗚呼、かくも哀れ。よよと涙がちょちょぎれるねえ……! で、どうだいお嬢さん? どうか惨めな俺たちに、慈悲深き御恵みを願えませんかねえ……?」

 

「………………。」

 

 パーシィは目を瞑り、

 

「……どうすれば、いいんですか?」

 

 すべてを諦め呟いた。

 

「てめえは(はずかし)める。一生消えねえくらいに無残に(なぶ)る。とことん(けが)し尽くして慰み者にしてやる。その代わりあっちのお嬢ちゃんは終わったら解放、それでどうだい」

 

「……あの子に手は出さないと約束してくれますか?」

 

「約束する。お前さんがこちらに従順な限り手を出さねえ。勝てねえ(いくさ)はしたくねえからな」

 

「ユリア様の名において誓えますか?」

 

「ああ誓う」

 

「……いいでしょう、わかりました。好きにしてください」

 

 パーシィは自分から上衣に手をかける。あくまで己の意志と自らに言い聞かせるための、ささやかな反抗だった。

 

 それを見たウィンサが泣き喚き、パーシィの名を叫ぶ。自分のことはもういい、よせ、とも必死に言う。

 

 パーシィはちらりと彼女を見て、『あんたが気にすることはない』と首を振った。

 

 ……まあ別にいい。どうせ昔、あの屑男に散々と弄ばれた身だ。今更惜しむようなみさおもない。

 

 なに、自分だってこれまで、状況こそ違えど上の姐さん方に何度も守って貰ったのだ。今度は自分があの子を守る。それだけだ。

 

 ただ――、

 

(……はは、あんなのやっぱり……作り話だ)

 

 唯一、胸の奥に(おり)のように淀んで残ったのは、昔村で観たあの人形歌劇だった。

 

 この状況。奇しくもそのままである。舞台は王都。その路地裏で、破落戸(ごろつき)どもに囲まれ窮地に陥る少女……。

 

 違うのは結末だけ。あの劇ではあわやのところで少年が駆けつけ、少女を助けた後、心配気にこう言うのだ。

 

 大丈夫か、と――。

 

 ……わかっている。自分だってもう子供ではない。あんなものは所詮、空想の作り話で……ただの空しい幻想。

 

 現実はこんなもの。

 

 自分に "少年" はいない。助けに来てくれる男の子など……いやしないのだ。

 

 それだけが胸の内で、辛く、苦しく、心を切り刻むような哀しさで渦巻いた。

 

「……っ」

 

 パーシィは唇を噛み締め、最後の下着に手を掛ける。

 

「やめてください、やめてくださいっ! パーシィ姐さん! お願いです! お願いですからっ! ~っ、誰か! 誰か来て!」

 

「はっはっは! 無駄無駄無駄! どれだけ叫ぼうと誰にもお前の声なんざ届きやしねえよ! よしんば届いたところで、わざわざ火中の栗を拾う物好きなんざいるはずねえ! あーはっはっはっはっはっは!」

 

 

 

「む。声なら届いたぞ。それによくわからんが栗ならいくらでも拾うぞ? 美味いからな、あれも」

 

 

 

「は?」

 

 次の瞬間、猿族の男があっという間に叩きのめされる。続いてウィンサを拘束していた男も容赦なく。

 

 一陣の風の如く、誰かが飛び込んできた。

 

 その者の頬や首元、手の甲には硬そうな紫紺の鱗が生え、腕と足の一部が甲殻に覆われており、鋭い爪と強靭な尾を有する。

 

 龍人種。龍人種の少年だ。

 

 少年はパーシィに言う。

 

「大丈夫か、パーシィ。随分と寒そうな恰好だが」

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