結晶少女 42
「だからね、パーシィ姐さん」
同刻、パーシィは後輩を引き連れギャランを歩いていた。
「ウィンサは思うのです」
後輩。学院の給仕としてもそうだし、今日働きに来ている酒場でもそれにあたる。
名はウィンサ・ゴーデハスタ。獣人種黄倉鼠族の少女で、パーシィの二つ下だ。身丈は年を踏まえてもかなり小さく、その割に出るとこは結構出ている。髪は黄色で二つ結い、額に輝く無色透明の方解石の魂石が複屈折を起こしていた。
「パーシィ姐さんも、もうちょっとちゃんとした人を見繕った方がいいって」
うるせえ、余計なお世話だ。パーシィは内心そう思うがそこはそれ、本心はおくびにも出さず、どころか一丁前に先輩風を吹かせる。
「はいはい、ご忠言どうもありがとよ。でもねウィンサ、あんただって人のこと言えるのかい? なんでも近頃また男をすげ替えたそうじゃないか」
「ちっちっちっ、耳が遅いですよパーシィ姐さん。その人とはとっくのとうに終わっちゃいました」
「はあ⁉ 終わったって……確か赤の月に這入ってからの話だろう? まだ半月と経っちゃいないじゃないか」
「奥手の姐さんにはわからないかもしれませんが、男女の関係とはそーゆーものなのです」
やかましいわ。やはり本心ではそう思うパーシィだったが、これも表に出さない。
にしても……いやはや、半月と持たないとは。なんとも難儀な娘である。
パーシィから見て、ウィンサは結構可愛げのある後輩だ。仕事に一生懸命という類ではないが、それでも振られた作業はきっちりこなす。目上の者への態度もある程度ちゃんとしており、こんな猪口才な口を叩くのは懐いているパーシィにくらいだ。そういうのもあってつい最近、彼女がかつての自分のように掛け持ち先を探してた時、自身の務める酒場を紹介したのである。生意気だけど不思議と憎めない、ウィンサはそんな娘だった。
ただ、男癖が悪いのだけはどーしようもない。
他の姐さん方の言葉を借りるに、要はスピットを女にしたようなヤツだ(パーシィはこれ以上に秀逸な例えを知らない)。次から次へと男を乗り換え、何でも一部では "早手のウィンサ" の異名を取るとか。
なんだそりゃ。
「……あんた、いつかスピットさんみたいに刺されても知らないよ」
「大丈夫ですよー。ウィンサ、やられる前にやる女ですからー」
「ちょいとお待ちよ。それの何が大丈夫なのかあたしゃさっぱりだ。説明してごらん」
「あはははは、ですからー……あ、姐さん、こっちこっちー。こっちの坂を下った方が近道ですよー?」
二人は今、勤め先の酒場からちょっとした買い出しを頼まれ市場に向かっていた。
ウィンサがちんまりとした指で示すのは人通りの少ない小道へ続く下り坂である。
「おバカ、そっちは貧民窟じゃないか」
「え? 違いますよー、そういうのはもっと東の方で――」
「ちょっと前まではそうだったけど、今年になって衛兵さんたちが摘発して潰れたんだよ。で、そしたら今度はこっちにできちまったってことさ」
「ええ、そうだったんですかー? 知らなかったですー……ウィンサもギャランを離れて長いですからねー」
「たかだか一年足らず親元を離れただけで何言ってんだかこの子は……」
パーシィは頭痛でもするようにこめかみをこねくり回した。
そうなのである。このウィンサ、実はギャラン生まれのギャラン育ち、中々いいとこのお嬢さんだ。パーシィのような骨の髄まで田舎が染みた村娘とは真逆。なんでもウィンサの家は貴族でこそないものの、平民の中ではかなり裕福とか。学院で給仕をしてるのは花嫁修業的な理由らしい。
「そうですかー。じゃあ仕方ないですねー。ちょっと遠回りになっちゃいますけど、このままこっちの道で行きましょー」
「勿論さね」
「あっ――」
貧民窟ができるだけあってこの辺りは道が古く、石畳の一部が隆起していた。ウィンサはそれに足を引っかけ、びたーんと派手に転んでしまう。
「あいたたたたた……」
「ちょいと、大丈夫かい?」
「え、ええ。どうもご面倒を掛けます、パーシィ姐さん………………って、ああ⁉」
ウィンサが黒い目を丸くした。つられてパーシィが視線の先を見遣ると、何かがコロコロと勢いづいて坂を下っている。
あれは……ウィンサがいつもつけている髪留め、その飾りだ。鉛硝子を加工した蜻蛉玉、青地に白の花模様が散ったそれである。ませた趣味のこの子にしては珍しく、少し幼い感じの意匠だ。
「お待ちよウィンサ! そっちは貧民窟って言ったろう⁉」
「ごめんなさい、パーシィ姐さん……! でもあれは……あれだけは、駄目なのです……!」
「駄目って何がさ⁉」
「――姉の形見なのですっ!」
「!」
一瞬だけ、パーシィは彼女を引き留める手の力を緩めてしまう。はしっこいウィンサにはその一瞬で充分だった。あっという間にパーシィを振りほどき、蜻蛉玉を追って坂を下る。
「まったく、難儀な子だよ!」
パーシィも後に続いた。
「よかった、あった……! ちい姉さま――」
「見つかったかい⁉ ならとっとと引き上げるよ!」
蜻蛉玉はあのまま坂を下り、とうとう貧民窟にまで這入ってしまった。必然、それを追うパーシィらも中へ足を踏み入れざるを得ない。
……酷い場所だ。元は石畳だったのだろうが、今や大半が剥がれ、土くれがむき出しである。その上には得体のしれぬゴミや汚物に動物の死骸、そこらで掻き集めたと思われる食べ残しの成れの果てが散乱していた。
建物は総じて正規の造形師を挟まぬ素人仕事。建材は一般的な石でなく、湿り気を帯びた質の低い泥岩だ。そんな住居が無秩序に乱立し、道幅が狭い。
「本当にごめんなさい、パーシィ姐さん……」
「謝るのは後にしっ」
二人は駆け足で貧民窟を去ろうとする。
だが時すでに遅し。少女らの行く手を数人の男が遮った。見るからに不潔な男たちである。揃いも揃って粗末な衣類に身を包み、伸びきった髭は唾だか鼻水だか知れぬもので固まっている。何より、焦点の定まらぬ濁った瞳が得体の知れぬ怪物じみていて薄気味悪かった。
「金か身体か食いもんか……好きなもんを差し出せや……選ばせてやる」
中央の男が虚空を見て告げる。まるで夢うつつの独り言だ。実際それは中らずとも遠からず。彼らはおそろしく質の低い酒や違法薬物の使用で心身を蝕まれていた。
「……勝手に足を踏み入れてしまい申し訳ございません。どうか、どうかご堪忍願います」
「金か身体か食いもんか……好きなもんを差し出せや……選ばせてやる」
駄目だ。伝達が成立しない。どれだけ詫びを入れようと無駄である。
金で済むならそうしたいが……難しい。パーシィもウィンサも財布は職場だ。手元には買い出し用の銀貨が一枚と残りは小銭しかない。正直にその旨を伝え全額差し出そうとするが、男はそれに目もくれず先と同じ要求を繰り返す。
――状況が悪化した。痺れを切らした男たちが一斉に魂具を抜く。
「俺たちは三回言った……でもお前たちは突っぱねた……ならこうするしかねえ」
「ウィンサ……あたしが隙を作る。合図したら逃げるんだよ」
「な、なに言ってるのですかパーシィ姐さん……⁉」
「いいから、言う通りにし………………今だよ!」
パーシィの額、紅水晶の魂石から青い光が生じた。彼女の指先から水球が現れ、包囲していた男たちの一角、その顔面を狙い撃つ。
「何ぼさっとしてんだい! 早く行きな!」
「で、でもパーシィ姐さんがっ」
「あたし一人ならどうとでもなるっ、いいから行きな!」
ウィンサは逡巡し……やがて駆け出した。男たちがそうはさせぬと霊術を放つ。
だが――それらはことごとくパーシィに打ち払われた。
「ええっと、ひい、ふう、みい……なんだ、隠れてるのを入れてもたったの六人か」
それなら余裕である。
彼女の中の "熊殺し" が久々に目を覚ました瞬間だった。




