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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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結晶少女 38

 ギャランは都市中央に王宮を抱く。周辺は宮廷やその他王立機関に勤める貴族達の邸宅で囲われ、この地区は "貴族街" と呼称された。王宮と貴族街は国王軍の霊機兵が直接警備する。それらの霊機兵は有事の際、都内全区域への出動が想定されており、貴族街に限らず王都全般は基本的に広く長い道が秩序だって敷設されていた。

 

 ただし、このような都市計画は霊機兵が台頭したこの三〇~四〇年で急速に進められたものである。細部を見れば今でも開発中あるいは手つかずの区画が存在した。

 

 最たるものは貧民窟(スラム)だろう。王都の中心から外れ、かつ城門や広場、衛兵詰所とも距離を挟む地区のいくつかでは、特殊な社会(コミュニティ)が形成されていた。貧民窟を主に構成するのは職にあぶれ貧困に喘ぐ者や不法滞在者、かてて加えて傭兵崩れや犯罪を生業(なりわい)とするならず者である。彼らの大半はずる賢く、浅ましく、(たくま)しい。衛兵隊がこれまで何度も大がかりな摘発を行っているが、しばらくすると別の場所で新たな貧民窟が立ち上がり、の繰り返しだった。

 

 必然、多くの者は危うきに近寄ることを(いと)い、今では一般区画と貧民窟の狭間は人通りの少ない一種の真空地帯と化している。

 

 クリーヴが己の魂具、釘のように無骨な刺突剣(レイピア)を抜刀したのは、まさにその真空地帯でのことだ。

 

「む。ここならいいだろう。出てきてくれ」

 

 魂具に語り掛ける。傍から見たらマズイ人の絵だが、彼の場合には事情があった。刺突剣の(つば)に埋め込まれた赤虎目石レッド・タイガーズ・アイ、そこに潜む同居人に話し掛けている。

 

 クリーヴの思考に結晶少女の声が響いた。

 

『出てこいとな? 何故じゃ』

 

「連れて行きたい場所がある」

 

(わし)はこのままでも見学できるから問題ないぞ』

 

「そこにはお前の身体で直接行った方がいいのだ」

 

『そうは言ってものう……』

 

「何か問題でもあるのか?」

 

『儂の容姿を思い出してみよ。どう考えても目立つじゃろ』

 

「む……」

 

 迂闊(うかつ)だった。確かにそうである。

 

 少女の容姿。

 

 尾と体毛がなく獣人種ではない。翼腕(よくわん)もなく鳥人種でもない。甲殻がなく虫人種ではない。鱗や(ひれ)もなく魚人種でもない。蒼の大地、ファンタズマブルを席巻する四大人種の如何なる特徴とも合致し得ないのに……それでも何故か "人" としか言いようがないその姿。

 

 ブレヴディルは獣人種を主とする国だ。他人種というだけで人目につく。それはクリーヴ自身がよく知っていた。

 

「むぅ……目立つのは嫌か?」

 

阿呆(あほう)、ヤに決まっておろう』

 

「そうなのか……むぅ……しかし……むぅ……むぅ……」

 

 クリーヴがそのままむぅむぅ唸っていると、結晶少女は何やら妙にわざとらしい溜息を吐いた。

 

『はぁ~……まったく仕方ないのう~』

 

「む?」

 

 魂石から蒼い光の粒と共に少女の肢体が現れた。

 

 その姿は。

 

 頭に黒髪と同色の三角耳、腰下からは尾が伸びている。

 

「なんと。お前の正体は猫族だったのか……⁉」

 

「なわけあるか阿呆。昨晩急ごしらえで用意した【イミテイション】よ」

 

「……いんみてぃしょ?」

 

「要するに模造品じゃ模造品……ほれ、触ってみい」

 

 言って結晶少女は黒耳をクリーヴへ突き出した。触ってみるとなんと温もりがない。体毛にしては不自然にサラサラで、まるで絹のようだ。尻尾も同様である。

 

「なんだこれは……?」

 

「だから模造品と言っておろう……ええい、いい加減離さんか()れ者め」

 

「よくわからんが擬装のようなものか?」

 

「そんなとこじゃ。こっちもな」

 

 結晶少女はぴらぴらと上衣(トップス)を摘まんだ。

 

 この時になってようやくクリーヴは気づいたが(だめなヤツである)、見れば少女の纏う衣服も変わっていた。

 

 いつも着ている尼僧の法衣(ローブ)に似たあれではない。上は肩から膝くらいまでの七分丈(チュニック)、その下に足首まで届く長い開袴(スカート)、靴は丸みと(つや)のある木製だ。

 

「……で? どうじゃ? どうじゃ、龍の小童(こわっぱ)。ほれほれ」

 

 結晶少女はその場でくるりと一回転。花が咲くように開袴がふわっと持ち上がる。

 

「む? どうだ、とは?」

 

 少女の顔つきが険しくなった。

 

「何か感想とか、ないのかの……⁉」

 

「感想……むぅ、そうだな」

 

 クリーヴはしばし考え込んだ末、ポンと手を打つ。

 

「野戦向きではなさそうだ」

 

 木靴で鋭い蹴りが飛んできた。

 

 それだけでは飽き足らず "げし、げしぃ!" と踏みつけが続く。

 

 ……まあ無理もない。今もそうだが基本は制服を着た切り(すずめ)のクリーヴだ。それ以外の服は寝間着と訓練服しか持ってない。コイツに気の利いた言葉を期待するだけ無駄だろう。

 

「いたいぞ。やめろ。やめてくれ」

 

「ええいうるさい、この(うつ)けめ! くぬ、くぬっ!」

 

「む。それより聞きたいことがある」

 

「くぅ、毎度のことながらケロッとしおって……なんじゃ⁉」

 

「お前は先ほど、昨晩急ごしらえで用意したとか言ってたな」

 

「この格好か? ああ、そうじゃ……もっとも、徒労に終わった感が否めぬがのう」

 

「だったら何で最初からすんなり出てこなかったんだ? 既に準備はできていたのだろう」

 

 クリーヴの赤い瞳に非難の色は一切ない。純粋に、わからぬから訊いたようである。

 

 ……余計に始末に負えなかった。

 

「ええい、うるさい! (おのこ)がいちいち細かいことを気にするな!」

 

「そうか、わかった。では気にしない」

 

「とっととゆくぞっ、どこぞ案内したいとこがあるんじゃろ⁉」

 

「む。そうだな、任せておけ。ついて来い」

 

 自信満々で言うや否や、クリーヴは一人ですたこら歩いていく。

 

 結晶少女は彼の(すね)にもう一発蹴りを見舞ってから、その隣りに肩を並べた。

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