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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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33/83

結晶少女 32

(さて……)

 

 演習場中央。<白鋼>(しらはがね)を使役するクリーヴは手にした騎槍(ランス)を残った片腕で構え、警戒を緩めない。

 

 目の前には地に落ちた<金剛>(こんごう)。決着からしばし時が経ったが動きはない。おそらく転倒の際、気絶したのだろう。

 

『で、どうするんじゃ龍の小童(こわっぱ)?』

 

「む……」

 

 結晶少女に問われ答えに窮した。実のところ、どうすればいいかわからない。

 

 敵機を無力化する任務。自分はこの戦闘をそう定義し戦った。そして今、目的はほぼ達成している。……これ以上何をしろと?

 

(教官殿は何処(どこ)に……?)

 

<金剛>に注意を払ったまま、クリーヴはオニクスの姿を探した。だが、いない。見当たらない。どこにいる? 模擬戦の終了を告げられるのはオニクスだけだ。水晶体の使役を調整して拡大視し、防護壁の付近も隈なく探すが……やはり影も形もない。代わりに防護壁上で放心するスピットと、その横でほっと胸を撫で下ろすパーシィが見つかった。

 

(む……どうしたのだスピットは? まるで精魂尽き果てたかのようだが……)

 

 原因が自分にあると露知らず怪訝そうなクリーヴの思考に、

 

『おい龍の小童! あやつ、目を覚ましたぞ!』

 

 結晶少女の緊迫した声が這入り込む。

 

「おいらは……おいらは……負けられない、んだナ……!」

 

 意識が朦朧としているのか。アンシェクは魔物の声帯を組み合わせた発声で譫言(うわごと)のように口走る。戦意の炎が絶えてないのは明らかだ。むしろ苛烈さが一層増してるとさえ感じる。

 

 クリーヴは切り替え(スウィッチ)を解除してなかった。依然として戦闘状態にある。だから今の彼にとって、目の前の霊機兵はまだアンシェク・アウパーカではない。

 

 ただの――敵だ。

 

 向かってくるなら容赦はしない。<白鋼>を構成する魔物の死肉に冷徹で柔らかい意思が走る。

 

『ま、待て! いくらなんでも、もうよかろう――』

 

 さすがにこれ以上は見てられない。誰の目にも勝敗が決したのは明らかだ。結晶少女は慌ててクリーヴを止めようとする。

 

 だが、

 

「アーシェ!」

 

 それよりも早く戦いを終結させた者がいた。

 

 腹が立つほど愛くるしい瞳、小柄な太っちょ……ジョヴィエルだ。額には琥珀(アンバ)の魂石が(きら)めく。

 

 よほど急いで来たのだろう。手は血(まみ)れ、身体は汗だく、そして……顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

 

「もういい、もういいんだ、アーシェ……!」

 

「ジョ、ジョヴィ~……!」

 

 その姿を捉えたアンシェクから、使役する<金剛>から、憑き物が落ちたように力が抜ける。

 

 震える声、掠れた声。使役室にいるので姿は見えぬが、それでもアンシェクの中で何かが決壊したのが見て取れた。

 

「ご、ごめ……ごめんなんだナ、ジョヴィ……おいら……おいら……!」

 

「謝るのは僕の方だ、すまないアーシェ……!」

 

「で、でも……でも、おいら負けちゃった、んだナ……これじゃ、あいつら、が……」

 

「いいっ。もういいんだ、そんなくだらないことは気にするなアーシェ……! お前は僕の……誇りだ……っ!」

 

 ガクガクと<金剛>が巨体を身震いさせる。使役中のためアンシェクの動きが無意識に反映されているのだ。

 

『……おい、もういいじゃろ』

 

「む。そうだな」

 

<金剛>の戦意消失を読み取ったクリーヴは今度こそ武器を下ろし、ジョヴィエルたちに近づく。

 

「……アンシェク、怪我はないか?」

 

「く、クリーヴ~。何だか頭がくらくらする、んだナ~」

 

「む。転倒で脳が揺すられたようだな。一人で機体から出れそうか?」

 

「そ、それくらいなら、なんとかいけるんだナ~」

 

「なら今すぐ出た方がいい。ジョヴィエル、アンシェクを仰向けに寝かせ青属性霊術で頭を冷やしてやった方がいい。その後、医務室へ。機体は俺がお前たちの格納庫まで運んでおく。後でスピットに鍵を渡しておいてくれ」

 

「……ああ、そうするよ。恩に着る」

 

「く、クリーヴ~」

 

「む。どうした」

 

「クリーヴは、怪我とか、大丈夫だったんだナ~?」

 

「俺自身は問題ない……機体は見ての通りボロボロだがな。正直、死ぬかと思ったぞ」

 

「あはは、クリーヴにそこまで言わせたなら、おいらも鼻が高いんだナ~」

 

「ああ、お前もジョヴィエルも大したものだ。戦場で敵として出会いたくないな」

 

 クリーヴのその一言にアンシェクとジョヴィエルが苦笑を零したその時――、

 

<白鋼>が片足で後方へ跳躍した。

 

 直後、<金剛>でも<白鋼>でもない()()()()()()がその場に跳び込む。

 

 酷く単純(シンプル)な機体だ。のっぺりとした鉄面に細い切り込み(スリット)が横に這入る。体はほとんど直線と丸だけで記述できるくらいだ。肯定的な捉え方をすればそれだけ無駄がないと言える。

 

 それはこの学院……特に霊機兵科に在籍する者にとって、よく見知った機体。

 

<鉄傀儡>(てつくぐつ)だと……⁉)

 

<鉄傀儡・三型一七式>。霊機兵科の各二人隊(ツーマン・セル)に配給される機体だ。つまりは素体、未調律の機体。にもかかわらず――異様に熟練した動き。クリーヴは知っている。あの機体をああまで滑らかに動かすには機体の癖を読み切った相当の経験と磨き上げられた腕が要求されると。数々の戦場を切り抜けた古強者(ふるつわもの)……調律済みの霊機兵を破壊され、それでもなお果敢に素体で戦い結果を残した猛者(もさ)……そのような人物のはずだ。

 

 何故ここに? 誰が使役している? いつから潜んでいた?

 

 疑問は尽きないが、それより早くクリーヴの身体は反応する。

 

 戦闘不能となった<金剛>とジョヴィエルを背に、即座に反撃――

 

「あー勘違いすんな。俺だよ俺」

 

<鉄傀儡>が発声した。未調律故に捉えどころのない不自然な声だ。あの機体の初期設定(デフォルト)でいくつか選択できる声色の一つである。

 

 相手もこれでは伝わらぬと承知らしく、すぐさま蝉の幼虫に似た(うずくま)った体勢を取った。<鉄傀儡>の背が割れ、使役室の中から出てきたのは……オニクス。

 

 オニクス・カイオウディ。本来、今日この時間に行われるはずだった "霊機兵演習其の二" を二人の模擬戦に急遽変更した張本人である。

 

「教官殿……? 何をされているのですか」

 

 困惑を滲ませるクリーヴがそう訊いた。

 

 亜狼(あろう)族の壮年は虫食いのある尖った耳をピンと立て、事も無げに答える。

 

「何をも何も、見りゃわかんだろ」

 

「分からぬため尋ねております」

 

「かー、◆◆◆◆◆◆◆めんどくせえな……保険だよ、保険。いざって時のためのな」

 

「それは……もしかして、自分とアンシェクの模擬戦で万一事故が起きた際に備え、どこかに潜んでおられたということですか?」

 

「言わせんなよ恥ずかしい」

 

 オニクスは羞恥の欠片も感じさせぬ態度で言った。

 

「……もしかしてそれも学院の規定でしょうか?」

 

「ああ、規定? 何のことだ?」

 

「昼に教官殿が仰っていた規定です。なんでも実弾を使った演習を認めるものだとか」

 

「お前まだそれ信じてたの? んなの嘘に決まってるだろ」

 

 それを聞いたジョヴィエルが「はぁああああ⁉」と絶叫した。<金剛>から出て仰向けになっていたアンシェクもあんぐりと口を開ける。クリーヴに至っては機能停止していた。

 

 一番復帰の早かったジョヴィエルがオニクスに噛みつく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいオニクス教官! あなたはそんな嘘で僕たちにこんな危険な真似をさせたのですか⁉」

 

「そうだよ?」

 

「ふ、ふざけないでください!」

 

「ふざけてなんかねえよ。▲▲▲▲▲▲▲まで真面目だね、俺は。頭一つ二つ実力の飛び出てるお前らなら大丈夫だと信じてたし」

 

 信じていた。清々しいまでのニタニタ顔で言われては白々しいにもほどがある。

 

 あまりの仕打ちにジョヴィエルは猛抗議しようとするが、

 

「現にこうして大丈夫だったじゃねえか」

 

 先回りされ言葉を失った。

 

「……まあでもこれでよく分かったろ?」

 

 オニクスは締め括るように一同を眺める。

 

 そして、ニタニタと、ニタニタと――心底楽しそうに(わら)いながら、言う。

 

「お前らの使ってるそれは、人殺しの道具だってことがさ」

 

 それでもその黄金(こがね)色の瞳だけは、やはり冷たく凍てついていた。

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