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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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32/83

結晶少女 31

 時を同じくしてジョヴィエルもまた崩れ落ちた。

 

 防護壁の通路上、恥も外聞もかなぐり捨て石畳の床に拳を強く叩きつける。その様子を見た観衆が遠巻きにひそひそ囁くが……そんなのは微塵も気にならぬほどの激情に囚われていた。

 

「アーシェ……!」

 

 何が起きたか十全に理解している。己が招いたごく単純な欠陥、それが最後の最後で友の足を引っ張ってしまった。

 

 真相はこうである。

 

 指向性をも()()()()()爆薬 "焔の牙"……そう、"選択" だ。"制御" ではない。どうもあの龍人種も途中まで勘違いし、過剰なまでに警戒していたが……そうではない。そうではないのだ。

 

 その実はごく単純。打面から爆発する鎚頭(ハンマ・ヘッド)と、鉤爪部から爆発する鎚頭、ジョヴィエルはその二種類を()()()()()()()のである。そしてそれらを収納容器(ケース)の前と後ろ、二つの取り出し口で分けていた。

 

 何故このような様式(スタイル)に帰着したかは、"焔の牙" の開発経緯が深く関わる。

 

 爆発に指向性をつけるため、ジョヴィエルは固形爆薬の()()に注目した。それを変えることで、爆発に違いが生じないか期待したのである。幸いにして錬成した爆薬は可塑(かそ)性を持ち成形可能だった。

 

 指向性。一方向に爆発。手がかりが皆無に等しかったジョヴィエルは、まずあの憎きスピットが調律した<白鋼>(しらはがね)、その武装である騎槍(ランス)の形を連想し試してみる。駄目だった。円錐状に成形したが、これまでとほとんど変わらない。円錐の角度を変えればどうかと試みたがこれも失敗。

 

 成功の兆しは唐突に、何より偶然に得られた。大量の円錐を試作する内につい手順を間違え、その逆形状――()()()()()()()を持つ固形爆薬を成形してしまったのである。

 

 こんなの上手くいくはずない。そう思ったが作った以上、一応試験(テスト)した。起爆位置はくぼみの反対側、そこ以外に爆発させようがない。

 

 そうしたら――上手くいった。

 

 あまりに予想外でジョヴィエルは最初、目にした光景を信じられなかったくらいである。だが何度試しても間違いない、事実だった。明らかに爆発に指向性が現れ、威力が一方向に集中している。くぼみの深さ、大きさを変えることでますます指向性は強くなった。鋼鉄の壁すら優に貫通する。大成功、といって良い結果だ。

 

 ジョヴィエルはそこで満足せず、次にこの成果をどう有効活用すべきか考える。指向性が得られたのはいい。目的通りだ。しかし問題はそれが爆薬の形状に依存すること。つまり、一度成形したが最後、爆発方向は変更できない。それでは攻撃の自由度が下がる。

 

 そう思った末、ジョヴィエルは鎚頭の打面と鉤爪部、その二つの指向性を選択(オプション)として与えた。それこそが "焔の牙" である。

 

「くっ……!」

 

 何度も、何度も、ジョヴィエルは拳を地に叩きつけた。まるでそこに壊してしまいたい何かがあるように。

 

 彼は戦いの最中、クリーヴが何をしたかよくわかっていた。あの龍人種が霊石砲で放った竜巻……あれは収納容器の奪取が目的ではない。()()()()()()()が目的だったのだ。あの時にはもう、クリーヴは気づいていたのだろう。収納容器の前列が打面、後列が鉤爪部から爆発する鎚頭だと。それを知らず鎚頭を交換したアンシェクは……意図せぬ爆発を引き起こし、勝敗が決した。

 

「僕の……僕のせいだ……っ」

 

 石畳が血で汚れる。ジョヴィエルの傷だらけの手は、後悔の深さの裏返しだった。

 

 悔しい。こんな欠点はどうにでも潰せた。そもそも自分は今日、スピットに各種制限を課した上での標的ターゲット破壊の勝負を持ちかける予定だった。こんな実戦形式の対戦など想定してない。知っていれば手の打ちようはあった。馬鹿正直に収納口を二つに分けずとも、敵に気づかれぬよう鎚頭を識別する手段はある。にもかかわらず……他ならぬ自分が……アンシェクの奮闘を台無しにしてしまった。自分のためなら戦える、そうまで言ってくれた友の戦いを。

 

 ジョヴィエルにはその事実が何より苦しく、そして辛かった。

 

「――ぷ。おい見ろよ、あれ」

 

 氷柱で胸を刺されたような感覚。悪意に満ちたその鋭利さは、自責の念に焦がれていたジョヴィエルの思考を一瞬で冷ました。

 

「ま~た平民に負けてやんの。はは、ハリンマメット家も落ちぶれたもんだぜ。なあ?」

 

 顔を上げずともわかる。自分を、そして何より自分の背負う家名を敵視する連中だ。

 

「笑っちゃうよな~、平民相手に何度も何度も。無様ったらありゃしない」

 

 声高々と毒を吐き散らす。裏でこそこそと誹謗中傷を繰り返したことは知っていたが、こうまで表立って行動されたのは初めてである。

 

 下らない奴らだ。人を否定することにしか生きがいを見出せない。相手にするだけ無駄、そういう輩である。

 

 頭ではわかっていた。しかし、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 それでもその一言だけは駄目だった。深く刺さる。(えぐ)られる。常であれば余裕の笑みさえ浮かべ、取り合わなかっただろう。機知(ウィット)に富んだ皮肉の一つでも言い返せたかもしれない。

 

 それでも今だけは駄目だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()。その事実が胸に重く()し掛かり傷口を広げる。

 

 ジョヴィエルの大きく愛らしい瞳に、屈辱に(まみ)れた熱さが込み上げた――。

 

 

 

「ほう、それはつまりお前たちなら勝てたということか?」

 

 

 

 突然、太く低い声が這入り込む。ジョヴィエルは声の方を見遣った。襟章の色で上級生とわかる。随分と大柄な体躯だ。あのオニクスすら優に上回る。何より特徴的なのは……燃え盛るような橙色の体毛とそこに陽炎が如く走る黒縞。一目で虎族と知れた。それもただの虎族ではない。

 

 ブレヴディル王国を古くから支えてきた "武" の名門、グランティガ家を率いる魁虎(かいこ)族だ。

 

「俺の見たところ今の一戦は調律士・使役士共に死力を尽くした良い勝負だった……それをそうまで(あざけ)るということは、お前たちならあの龍人種に勝てる。そういうことだな?」

 

「え、それは、その……」

 

「面白い。俺の記憶が正しければ……お前と、お前と、お前……それにお前だ。少なくともお前ら四人は前に彼らと対決し、大敗を喫したはずだがな……あれからよほど研鑽を積んだと見える。素晴らしい。実に素晴らしいな。俺は努力を惜しまぬ者が好きだ……ようし、相分かった。ならば俺が次の勝負の段取り、つけてやろう。お前らの雪辱戦だ。ついて来い」

 

「い、いや、僕らは――」

 

「 俺 は つ い て 来 い と 言 っ て い る !! 」

 

 大気が震えるような一喝。それが決め手だった。一同は蜘蛛の子を散らすよう逃げていく。無理もない。血統貴族なら猶更(なおさら)だ。かの名門、グランティガ家と事を構えるなど正気の沙汰ではない。王家を除けば国内で並び立てる家柄はごく僅か、この学院を構える "智" の大家(たいか)グランレーファ家か、せいぜい "月の叡智(えいち)の一族" ルーナヴィスタ家くらいだろう。連中では逆立ちしても勝てない。

 

「ふん、取るに足らん奴らだ……立て、ハリンマメット家の跡取りよ」

 

「は、はい」

 

 言われて従う。膝の埃を払うのも忘れていた。ジョヴィエルは以前父に連れられた社交の場で、一度だけこのグランティガ家の青年と顔を合わせたことがある。しかし、こうして直接言葉を交わすのは初めてだった。

 

 何を話せばいい? 御礼からか? そもそも何故助けてくれた? あれこれ考えあぐねている内に、

 

「お前には向かうべきところがあるはずだ」

 

 青年はそれだけ言い残し去る。

 

 ジョヴィエルは少しの間ぽかんとしていたが、その意味するところを咀嚼(そしゃく)し理解するや否や……脇目も振らず走り出した。

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