結晶少女 31
時を同じくしてジョヴィエルもまた崩れ落ちた。
防護壁の通路上、恥も外聞もかなぐり捨て石畳の床に拳を強く叩きつける。その様子を見た観衆が遠巻きにひそひそ囁くが……そんなのは微塵も気にならぬほどの激情に囚われていた。
「アーシェ……!」
何が起きたか十全に理解している。己が招いたごく単純な欠陥、それが最後の最後で友の足を引っ張ってしまった。
真相はこうである。
指向性をも選択できる爆薬 "焔の牙"……そう、"選択" だ。"制御" ではない。どうもあの龍人種も途中まで勘違いし、過剰なまでに警戒していたが……そうではない。そうではないのだ。
その実はごく単純。打面から爆発する鎚頭と、鉤爪部から爆発する鎚頭、ジョヴィエルはその二種類を予め作っていたのである。そしてそれらを収納容器の前と後ろ、二つの取り出し口で分けていた。
何故このような様式に帰着したかは、"焔の牙" の開発経緯が深く関わる。
爆発に指向性をつけるため、ジョヴィエルは固形爆薬の形状に注目した。それを変えることで、爆発に違いが生じないか期待したのである。幸いにして錬成した爆薬は可塑性を持ち成形可能だった。
指向性。一方向に爆発。手がかりが皆無に等しかったジョヴィエルは、まずあの憎きスピットが調律した<白鋼>、その武装である騎槍の形を連想し試してみる。駄目だった。円錐状に成形したが、これまでとほとんど変わらない。円錐の角度を変えればどうかと試みたがこれも失敗。
成功の兆しは唐突に、何より偶然に得られた。大量の円錐を試作する内につい手順を間違え、その逆形状――円錐状のくぼみを持つ固形爆薬を成形してしまったのである。
こんなの上手くいくはずない。そう思ったが作った以上、一応試験した。起爆位置はくぼみの反対側、そこ以外に爆発させようがない。
そうしたら――上手くいった。
あまりに予想外でジョヴィエルは最初、目にした光景を信じられなかったくらいである。だが何度試しても間違いない、事実だった。明らかに爆発に指向性が現れ、威力が一方向に集中している。くぼみの深さ、大きさを変えることでますます指向性は強くなった。鋼鉄の壁すら優に貫通する。大成功、といって良い結果だ。
ジョヴィエルはそこで満足せず、次にこの成果をどう有効活用すべきか考える。指向性が得られたのはいい。目的通りだ。しかし問題はそれが爆薬の形状に依存すること。つまり、一度成形したが最後、爆発方向は変更できない。それでは攻撃の自由度が下がる。
そう思った末、ジョヴィエルは鎚頭の打面と鉤爪部、その二つの指向性を選択として与えた。それこそが "焔の牙" である。
「くっ……!」
何度も、何度も、ジョヴィエルは拳を地に叩きつけた。まるでそこに壊してしまいたい何かがあるように。
彼は戦いの最中、クリーヴが何をしたかよくわかっていた。あの龍人種が霊石砲で放った竜巻……あれは収納容器の奪取が目的ではない。鎚頭の入れ替えが目的だったのだ。あの時にはもう、クリーヴは気づいていたのだろう。収納容器の前列が打面、後列が鉤爪部から爆発する鎚頭だと。それを知らず鎚頭を交換したアンシェクは……意図せぬ爆発を引き起こし、勝敗が決した。
「僕の……僕のせいだ……っ」
石畳が血で汚れる。ジョヴィエルの傷だらけの手は、後悔の深さの裏返しだった。
悔しい。こんな欠点はどうにでも潰せた。そもそも自分は今日、スピットに各種制限を課した上での標的破壊の勝負を持ちかける予定だった。こんな実戦形式の対戦など想定してない。知っていれば手の打ちようはあった。馬鹿正直に収納口を二つに分けずとも、敵に気づかれぬよう鎚頭を識別する手段はある。にもかかわらず……他ならぬ自分が……アンシェクの奮闘を台無しにしてしまった。自分のためなら戦える、そうまで言ってくれた友の戦いを。
ジョヴィエルにはその事実が何より苦しく、そして辛かった。
「――ぷ。おい見ろよ、あれ」
氷柱で胸を刺されたような感覚。悪意に満ちたその鋭利さは、自責の念に焦がれていたジョヴィエルの思考を一瞬で冷ました。
「ま~た平民に負けてやんの。はは、ハリンマメット家も落ちぶれたもんだぜ。なあ?」
顔を上げずともわかる。自分を、そして何より自分の背負う家名を敵視する連中だ。
「笑っちゃうよな~、平民相手に何度も何度も。無様ったらありゃしない」
声高々と毒を吐き散らす。裏でこそこそと誹謗中傷を繰り返したことは知っていたが、こうまで表立って行動されたのは初めてである。
下らない奴らだ。人を否定することにしか生きがいを見出せない。相手にするだけ無駄、そういう輩である。
頭ではわかっていた。しかし、
「アンシェクもかわいそうだよな~、毎度毎度巻き込まれてさ!」
それでもその一言だけは駄目だった。深く刺さる。抉られる。常であれば余裕の笑みさえ浮かべ、取り合わなかっただろう。機知に富んだ皮肉の一つでも言い返せたかもしれない。
それでも今だけは駄目だった。
自分が友の足を引っ張った。その事実が胸に重く伸し掛かり傷口を広げる。
ジョヴィエルの大きく愛らしい瞳に、屈辱に塗れた熱さが込み上げた――。
「ほう、それはつまりお前たちなら勝てたということか?」
突然、太く低い声が這入り込む。ジョヴィエルは声の方を見遣った。襟章の色で上級生とわかる。随分と大柄な体躯だ。あのオニクスすら優に上回る。何より特徴的なのは……燃え盛るような橙色の体毛とそこに陽炎が如く走る黒縞。一目で虎族と知れた。それもただの虎族ではない。
ブレヴディル王国を古くから支えてきた "武" の名門、グランティガ家を率いる魁虎族だ。
「俺の見たところ今の一戦は調律士・使役士共に死力を尽くした良い勝負だった……それをそうまで嘲るということは、お前たちならあの龍人種に勝てる。そういうことだな?」
「え、それは、その……」
「面白い。俺の記憶が正しければ……お前と、お前と、お前……それにお前だ。少なくともお前ら四人は前に彼らと対決し、大敗を喫したはずだがな……あれからよほど研鑽を積んだと見える。素晴らしい。実に素晴らしいな。俺は努力を惜しまぬ者が好きだ……ようし、相分かった。ならば俺が次の勝負の段取り、つけてやろう。お前らの雪辱戦だ。ついて来い」
「い、いや、僕らは――」
「 俺 は つ い て 来 い と 言 っ て い る !! 」
大気が震えるような一喝。それが決め手だった。一同は蜘蛛の子を散らすよう逃げていく。無理もない。血統貴族なら猶更だ。かの名門、グランティガ家と事を構えるなど正気の沙汰ではない。王家を除けば国内で並び立てる家柄はごく僅か、この学院を構える "智" の大家グランレーファ家か、せいぜい "月の叡智の一族" ルーナヴィスタ家くらいだろう。連中では逆立ちしても勝てない。
「ふん、取るに足らん奴らだ……立て、ハリンマメット家の跡取りよ」
「は、はい」
言われて従う。膝の埃を払うのも忘れていた。ジョヴィエルは以前父に連れられた社交の場で、一度だけこのグランティガ家の青年と顔を合わせたことがある。しかし、こうして直接言葉を交わすのは初めてだった。
何を話せばいい? 御礼からか? そもそも何故助けてくれた? あれこれ考えあぐねている内に、
「お前には向かうべきところがあるはずだ」
青年はそれだけ言い残し去る。
ジョヴィエルは少しの間ぽかんとしていたが、その意味するところを咀嚼し理解するや否や……脇目も振らず走り出した。




