結晶少女 28
(なるほどな……)
<白鋼>が限界に迫る戦闘機動を取る中、使役室内のクリーヴは冷静に情報を整理していた。
あの戦鎚は爆発する。具体的には鎚頭が爆発する。しかも指向性を持って。鎚頭は片方が打面、もう片方が鉤爪状。右腰部付近の容器に交換用の鎚頭が収納されている。爆発は打面から一方向。射程距離は長く見積もって霊機兵の全長程度。威力制御はできぬと見える。
実弾の使用が避けられぬとわかった時から、クリーヴの中で切り替えは済んでいた。
今、死せる魔物の目を介して見る霊機兵は、彼にとってアンシェクでない。
――敵だ。これは敵機を無力化し鹵獲せよとする任務なのだ。
彼の中では既にそう入力が済んでいる。
スレネティ戦争時、同様の経験はあった。一時期、技術的な力関係が敵国に傾き、クリーヴはその秘訣を探るため鹵獲を主とした特殊任務に従事したのである。
傍から見ると<白鋼>は不思議と緩和していた。それはクリーヴの中で寸分の狂いなく、やることが明確なためだろう。
そうできて――しまうからなのだろう。
『……のう、龍の小童』
戦いの最中、思考に結晶少女の声が響いた。
クリーヴは<白鋼>の声帯使役を止め応える。
「む。なんだ」
『今のファンタズマブルではあのような爆薬が普及しておるのか?』
「そもそも爆薬とはなんだ?」
『霊術や霊石砲を用いず爆発を起こせる物質のことじゃ』
「そんなものは普及していない」
『そうか、なるほどのう……となるとあの鼠の小童、自力で爆薬を作り出したのか……しかもそれだけでなく【モンロー・エフェクト】まで見つけて。いやはや、やりおるのう……』
「……ものえふ? なんだ、なんと言った?」
『気にするでない。ただの独り言よ……おい、それより来とるぞ』
「むっ」
<金剛>が仕掛けてきた。戦鎚を下から上に振り上げようとする。だが互いの距離はまだ離れていた。何が目的だ? そう思う前に理解した。岩だ。戦鎚の打面は足元の岩を狙っている。
直後、爆発が起きた。岩を砕き、礫を飛ばし、土埃を巻き上げる。
(……左か)
一瞬、<金剛>の姿を見失った。だが音で、気配でわかる。敵がどこにいて、何を狙うか。
離脱するのは容易。だからこそクリーヴは逆に攻めた。砂塵の幕の向こう。今まさに鎚頭の交換を終えた<金剛>に向かって。
突く。騎槍で突く。だが……防がれる。アンシェクはとっさに肩部を犠牲にした。そしてそのまま、横薙ぎに戦鎚を振り抜かんとする。
(そうはさせん……!)
自機が "焔の牙" の圏内に這入る寸前、クリーヴは第三の手を使った。
第三の手。それはクリーヴの、龍人種の身体を模倣した<白鋼>の尾。鋼の鞭のように強靭なそれは瞬く間に戦鎚を絡め取り、爆発が生じる面、すなわち鎚頭の打面を外に押し出す。
即座に霊石砲を発動。零距離で鉄針を生成し、刺突――
そのはずだった。
(なんだ⁉)
<白鋼>に働く力学が急激に変化した。このままではまずい。直感的にそう判断したクリーヴは、その力に身を委ねつつさらに跳躍し距離を取る。
何をされたかは一目瞭然、否、一 "聞" 瞭然だった。先の瞬間、爆発が聞こえたのである。だがどうして? 鎚頭の打面は間違いなく外を向いていた。そちら側に爆発が起きたとて、問題ないはず。
(……そういうことか)
砂煙が静まり、視界が晴れ、クリーヴは目にした。
<金剛>。その手に握られた戦鎚。そこによく見慣れたモノが巻きついている。逆に言えば、自分の側にはそれがない。
尾が千切れている。鮮紅色の衝撃吸収材をゴポゴポと吹き零しながら、串刺しにされた蛇の如き様相を晒している。
『どうやら鉤爪の側からも爆発を起こせるようじゃの……』
結晶少女が起きたことを端的に述べた。
息が苦しかった。胸が鼓動で破れそうだった。それでも重くなった足を前へと急かす。
スピットは学院と演習場を隔てる防護壁を端から端まで何度も往復し、群がる観衆の中、あの人物の姿を探した。
もう見ていられない。ジョヴィエルが開発した新たな武装。あれは爆発に指向性を与えただけではない。その指向性まで制御できるのだ。
スピットは見た。今までは打面からの爆発だったものが……その反対、鉤爪部分から爆発が起こり、<白鋼>の尾を紅蓮の刃で引き裂いた瞬間を。
ここにきて攻めの自由度が二倍に膨れ上がる……そんなのはいかなクリーヴといえ対処できまい。
……自分の心に素直になろう。こうなったらもう、クリーヴが無事でさえいてくれればいい。負けてもいい。このままでは危険だ。事態は今、薄氷の上で均衡を作っている。クリーヴの使役士としての技量の高さと集中力が、戦力差を埋めている形だ。しかし、クリーヴとて人の子。あの集中をいつまで保てる? それがふと途切れた時、何が起きる? さらにはその瞬間が、敵対するアンシェクにすら唐突に訪れたとしたら……。
これだけ身体は熱いのに、冷たいものがゾクゾクと背中を走った。
だから探すのだ。オニクスを。あのオニクス・カイオウディを。
今やこの勝負、自分にもジョヴィエルにも止められない。それができるのはヤツだけ。こうなったら形振り構っていられない。どれだけ惨めなことでもする。罰を受けてもいい。とにかく止めるのだ。
だが――いない。オニクスの姿はどこにも見当たらなかった。防護壁周辺、通路上、隈なく探したがどこにもいない。
(おいおいあのクソ野郎……! まさか自分で言っておいて――すっぽかしたのか⁉)
ありえぬことではない。土台、あんな怪人物のやることに理屈や道理を求めるのは無理だ。
そして、もし本当にそうだとしたら――もう自分には、本当に何もできない。
スピットの内で、焦りが弾けんばかりに膨らんだ。
「――スピットさん!」
そこでふと声を掛けられた。立ち止まり振り返ると、パーシィがいる。
荒々しく息を吐き、額からびっしょりと汗を流していた。
「はぁ、はぁ……、どうしても外せないお仕事があって、それがさっきようやく終わって……!」
見れば給仕服のままだ。あんな走り辛そうな恰好で全力疾走してきたらしい。
「クリーヴさん、実弾使って、戦ってるって、ほんとですか⁉」
「ああ……」
スピットは頷き、演習場中央で今なお戦う二機の巨人へ視線を移した。
「そんな……! ろくな安全対策も取らずそんな危ないことするなんて……!」
パーシィは一つに結われたくすんだ桃色の髪をわなわなと震わせる。
「何考えてるんですか⁉ こんなの訓練じゃありません! 何も意味がありません!」
奇しくもそれはクリーヴと全く同じ意見だった。スピットは戦闘の素人である彼女からそのような見解が出たことに驚く。
「それでどうなんですか、スピットさん……⁉ クリーヴさん、大丈夫なんですか……⁉」
「……っ」
言えない。言えなかった。現状では不利と認めざるを得ないなど。
このままでは彼の命すら危ぶまれるなど――。
「え⁉」
突如として通路上の観衆が沸き立った。割れんばかりの歓声、怒号、叫び声。
戦況を左右する何かが起きていた。




