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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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結晶少女 27

「なんだよあれ……⁉」

 

 学院と演習場を隔てる防護壁、その通路上でスピットは(おのの)いた。

 

 周囲のざわめき、一部の貴族が上げた歓声がどこか遠く、寒々しく聞こえる。

 

 スピットは通路上の胸壁(きょうへき)に手を遣り、目の当たりにした光景を反芻(はんすう)した。

 

 戦鎚(ウォー・ハンマ)を勢いよく振り下ろす<金剛>(こんごう)。その裏をかき黄属性霊石砲で瞬時に鋼鉄の壁を生成した<白鋼>(しらはがね)

 

 スピットもあの戦鎚がどう機能するか知っている。鎚頭(ハンマ・ヘッド)が爆発するのだ。それも霊石に頼らずに。どのような過程を踏めばそんな錬成ができるか計り知れぬが、ともかくあれはそう機能する。

 

 爆発故にそれを使う<金剛>もただでは済まない。重装甲化した理由の一つはそれだ。逆に言えば、同程度の防御性能があれば脅威ではない。クリーヴはそれを見越した上で充分な鋼鉄壁、言うなれば "盾" を構えたのである。

 

 だが。

 

 盾は呆気なく打ち破られた。

 

 スピットは目にした。あの爆発が……以前と()()()()()それであったと。例えるなら "刃" だ。破壊の力が凝集した紅蓮の刃。鎚頭の扁平な打面から噴火の如く一方向に爆発が生じて鋼鉄壁を貫き、<白鋼>の左腕を引き千切った。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 信じ難いが……そういうことだ。今まで全方位に散っていた爆発が、一方向に、一点に集中。だからこその高威力。鋼鉄を裂き、その上で霊機兵の装甲まで易々と突破する破壊力。それでいてその力を振るった<金剛>は無損傷(ノー・ダメージ)

 

 あれがもし使役士が搭乗する胸部、使役室に命中していたら――

 

「なんてことしやがるんだてめえ!」

 

 矢も盾もたまらず、スピットは隣にいたジョヴィエルに掴みかかった。

 

 視界が真紅に染まったよう感じる。頭に血が上っていると自覚した。それでも自分を抑えきれない。まるであの戦鎚が己の中の何かを誘爆させたかのようだ。

 

「あんなの直撃したら死ぬぞ⁉ 何考えてんだ⁉」

 

「……そういう戦いだとお互い承知していたはずだ。それとも貴様の方では霊石砲に模造重量でも填実(てんじつ)したか?」

 

「それは……っ」

 

「ほら見ろ。自分のことを棚に上げよくそんなことが言えたな」

 

「で、でもオレは……オレたちは、こんなバカげた戦い、さっさと終わらせようと――」

 

「それは僕らとて同じだ。アーシェが殺されるのは勿論、アーシェがクリーヴを殺すのだって御免だ。だから一刻も早く、決着をつけようとしている……貴様の方だけがそうする権利がある、と思うのは傲慢だ。僕は貴様のそういうところが」

 

 大っ嫌いだ――ジョヴィエルは(つぶ)らな瞳に険しいものを浮かべ、言い放った。

 

 交渉の余地はない。否、そもそも自分とジョヴィエルの間で話がついたとて、今更どうしようもないのだ。

 

 戦いはもう止められない。

 

 スピットは形の良い唇を血が滲み出るほど噛み締める。

 

「見てるしかねえってのかよ……オレたちにはっ」

 

「そうだ。僕がアーシェを信じるよう、貴様もクリーヴを信じるしかない……それだけだ。僕たちにできることは」

 

 ジョヴィエルも強く握られた拳から血を滴らせ言った。

 

 生まれも立場も違う二人だが、この時ばかりは全く同じ思いを痛感する。

 

 いざ戦いが始まれば……調律士は無力だ。

 

 

 

 

 

(やっぱりクリーヴはとんでもないんだナ~)

 

 戦鎚を振るい、迫り来る騎槍(ランス)の矛先をさばく最中(さなか)、アンシェクはつくづくそう思う。

 

 先の指向性爆薬を用いた一撃。アンシェクの感覚(センス)ではそこで決着がつくはずだった。

 

 だがそうならなかった。不意を突かれ生成された鋼鉄の壁。あれで一瞬使役に狂いが生じ、<白鋼>の損傷は左腕に留まる。

 

(あ~あ、あの時ちゃんと足を仕留められてたらナ~)

 

 であれば勝敗は決し、互いに深刻な被害も負わず、綺麗(クリーン)に終われるはずだった。

 

 だがそうできなかった。どころかクリーヴはその後、こちらの有効射程を冷静に見極め、何事もなかったように片腕で戦闘を再開する。微塵の動揺も見られない。まるで木石(ぼくせき)でも相手にしているかのようだった。人らしい意志や躊躇(ためら)い、霊機兵は構造上そういったものを隠し切れないのだが、クリーヴの使役からは欠片も感じられない。その物腰には常に一種の "柔らかさ" があった。すべき時にすべきことをする……鋼鉄より硬い意志と結合した "柔らかさ" が。

 

 アンシェクは己とクリーヴの力量差を子供と大人のそれ程度に違うと認識していた。彼は同年代の使役士に比べれば数段上の実力を持つ。しかしその実力(ゆえ)に、彼我の差を正確に把握できてしまうのだ。

 

 現状均衡しているのは、(ひとえ)にこちらの戦力が恵まれているからに過ぎない。ハリンマメット家が開発を手掛ける新素体<未踏(みとう)・零号四版>、調律を否定した故に実現した機体性能、従来とは一線を画す指向性爆薬仕込みの戦鎚―― "(ほむら)の牙"、彼らはそう名づけた。

 

 それらあってこそだ。

 

 だがこの優位性は、戦火を交えるごとに容赦なく損失する。能力・威力・射程、一撃の度に晒す手の内は着実にクリーヴの学習を深め、やがては手痛い反撃の刃と化すだろう。

 

(でも、それでも……っ)

 

 やらねばならない。アンシェクは硬くそう決意する。

 

 今、彼の胸奥で熱く燃え盛るもの。

 

 それは紛れもなく闘志であった。

 

 

 

 

 

「……やめよう、アーシェ」

 

 しばし時を(さかのぼ)る。学院の地下、ジョヴィエルとアンシェクに貸し与えられた霊機兵格納庫。

 

 調律用品の空木箱を椅子代わりにして随分と悩んだ結果、ジョヴィエルはアンシェクにそう告げた。

 

 スピットらとの戦いまで、もうほとんど時間はない。

 

 ギリギリの判断、限界の思考。その末に出した結論が、

 

「"焔の牙"、使わないってことなんだナ~……?」

 

 それだった。

 

"焔の牙"。ジョヴィエルが苦心と、そして()()()()()により造り出した新武装。指向性を持つ固形爆薬。

 

 その使用を中止しよう、とジョヴィエルは言っている。

 

 彼にとって問題点は明確だ。"焔の牙" はまだ新鮮(フレッシュ)過ぎた。

 

 優れた兵器を開発できたと自負している。自信もある。既にこの格納庫で可能な限りの試験(テスト)は行い、結果は総じて満足いくものだ。

 

 だがそれでも。

 

 ほぼ実戦と変わらぬ状況への投入。それには難色を示さざるを得ない。

 

 これがジョヴィエルとスピットの間で交わされるいつもの "決闘" なら話は違った。万一の事故に備え、事前に制限を設けられる。ジョヴィエルはあの憎き茶兎族にそれをどう了承させるかまで計画(プラン)していた。そう、確かにジョヴィエルは今日の講義でスピットに腹を立てたが、いつもの "決闘" 騒ぎを持ちかけたのはそれだけではない。完成しつつある "焔の牙" の試験運用も兼ねてだ。格納庫内で可能な試験には限りがある。また、認めたくないが、スピットの手掛ける<白鋼>は一機体としてよく調律されている。かの強者(つわもの)クリーヴ・エインシェドラグの使役なら殊更(ことさら)、仮想敵として申し分ない。その戦いを経て、自分とアーシェは "焔の牙" を仕上げる。最初からそのつもりだったのだ。

 

 それなのに、

 

 ――殺し合いをやってみろ。

 

 オニクスという横槍が事態を収拾(しょうしゅう)のつかぬ方へ捻じ曲げた。

 

 やれるだけのことはやったが、それでも "焔の牙" の実戦投入には不安が残る。思いもよらぬ不具合が潜んでるかもしれない。事故が起こる可能性もある。それに――ああ、正直に言おう――何より不安なのはあれは()()()()、という点だ。

 

 霊石を使わず、霊術とはほぼ無縁な兵装故に、威力に加減が()()()()。一度生成した爆薬は、設計通りの爆発しか起こさないのだ。

 

 そんなものが直撃したら……()()()()()()

 

 ジョヴィエルは知っていた。自分とスピットとは違い、アーシェとクリーヴは仲がいい。友人なのだ。

 

 アーシェに友を殺せ、と言えるか?

 

 ……言えない。言えるはずがない。アーシェは自分の友なのだから。

 

 そう悩んだ末、ジョヴィエルは "焔の牙" を使わない、とする結論を出した。

 

 ――それが何を意味するか重々承知した上で。

 

「う~……。う~……、なんだナ~……」

 

「……どうしたのだアーシェ?」

 

 奇妙なことが起きていた。アンシェクが毛むくじゃらの頭を抱えバリバリと掻き毟り、のっぽの身体を右へ左へ揺すっている。

 

 何事か思案に(ふけ)ってるようだ。

 

 なんと。いつもはどれだけ自分が咎めても『おいら考えるのは苦手だからジョヴィにお任せなんだナ~』とお気楽に言って聞かないアーシェが。

 

 物珍しさでつい、そのまま見入ってしまった。

 

 アンシェクはややあってピタリと身体の動きを止め、真正面からジョヴィエルの瞳を見据える。

 

 いつも半開きで眠そうなアンシェクの目が、強い抑圧(ストレス)に晒され疲弊していた。

 

「……んだナ」

 

「なに?」

 

「駄目、なんだナ。ジョヴィ」

 

「……なんのことを言っている」

 

「"焔の牙" のことなんだナ~」

 

「使うということか? さっき言っただろう、それは駄目だと――」

 

「ジョヴィ!」

 

 アンシェクが。声を。張り上げた。

 

 ジョヴィエルは戸惑いを隠し切れず、大きな目でぱちくりと瞬きする。

 

「……ジョヴィが "焔の牙" にどれだけ力を注いだか、おいらが一番知ってるんだナ」

 

「それは……そうだ。アーシェの協力もあったから今こうして形になっている」

 

「それだけじゃないんだナ。おいらだって……おいらにだってわかるんだナ~。どうしてジョヴィが()()()()()()()()

 

「っ」

 

 ジョヴィエルはアンシェクの真っすぐな視線から……目を背けた。

 

 だがもう遅い。駄目だった。アンシェクが何を言いたいか、目を見ただけで理解できてしまう。幼馴染だからこそ成立する伝達(コミュニケイション)だった。

 

 何故自分が "焔の牙" にこうまで労力を惜しまないか。

 

 切っ掛けはハリンマメット家の次期頭首として生を受けたからだろう。自分自身、広義の調律、すなわち霊機兵開発に情熱を持つというのもあった。最大の理由は優れた兵器を作ることが、いずれは戦場(いくさば)に立つ友の命を守ると信じているからである。

 

 だが。

 

 それだけではない。最近の自分は、決して()()()()()()なくなってしまっている。

 

「……今回の模擬戦、きっと今頃もう学院中の噂になってるんだナ~」

 

「そう……だろうな。まったく暇な連中さ」

 

 ジョヴィエルは一笑に付そうとするが……できない。そうするにはあまりに重いドロドロとした(おり)のようなものが胸の奥で(つか)えて離れなかった。

 

 彼の家には味方も多いが敵も多い。早期から霊機兵に投資を惜しまず今では国内有数の実力者と知られるハリンマメット家だが、その出自を辿ると()()()()()()()()平凡である。(ゆえ)に急激に頭角を現した当初より、影ではその成功を妬む者が多かった。

 

 そういった家どうしの因縁は、社会の縮図たる学び舎に反映される。学院長のオルムはそのような風習を嫌う人だったが、こればかりは彼の力を以てしてもどうにもならない

 

 ()()()()()()()()

 

 ジョヴィエルとて貴族だ。人と人との関係、そこに生ずる力学に注視せざるを得ない立場である。彼の耳にそういった誹謗中傷の言葉が届くのは必然だった。

 

 スピットらとの最初の戦いで敗北を喫したのが大きいのだろう。その後、一進一退を繰り広げているが、それでも "いつまでも平民とやり合っている愚かな男"、"平民如きに何敗もしている矮小な男" などとする侮蔑は彼を敵視する一派にとって使い勝手がいい。

 

 連中の一部にはスピットらに挑んで負け、それ以降、何も努力も挑戦もしないでいる者達がいることすらジョヴィエルは掴んでいたが、それでも相手にしなかった。

 

 そんな輩とやり合うことこそ、真に家名を汚すことに他ならぬからだ

 

「こんな見世物じみた中で負けちゃったら……アイツら、何言い出すかわからないんだナ~」

 

「……ふん。まったく平民は気楽でいいものだよ。こんなしがらみとは無関係でいられるのだからな」

 

 隣の芝生は青く見える、というやつかもしれない。

 

 それでもこういう時、ジョヴィエルは思わざるを得なかった。

 

 もし自分が平民だったら、あの茶兎族と同じ身分であれば――もう少し違った関係もあっただろう、と。

 

「おいらは……おいらは正直、自分が貴族だってことすら、いまだに自覚がないんだナ……」

 

 アンシェクの生家、アウパーカ家は彼の祖父がジョヴィエルの祖父より領地を下賜(かし)され、貴族入りした経緯を持つ。今も矍鑠(かくしゃく)として一族を率いるアンシェクの祖父は、家訓として勤倹質素(きんけんしっそ)を掲げ、(おご)ることを決して良しとしない。その一環として、自身のみならず子や孫にも平民に毛の生えた程度の慎ましやかな生活を強いているくらいだ。

 

 また、そもそも余所からの評価としても、アンシェクでようやく親子三代続いた家。他の血統貴族からすればそれは到底お話にならぬ水準(レヴェル)で、軽視・白眼視はいつものこと。

 

 アンシェクが貴族の自覚に乏しいのも無理からぬことである。

 

「だから、ああいうヤツらに何を言われても気にしないんだナ~。ていうか、そもそも何言ってるのかさえピンとこない時もあるんだナ~」

 

 でも――アンシェクは言った。

 

「ジョヴィが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アーシェ……!」

 

 ジョヴィエルは両目に熱いものが滲むのを感じる。痛みを伴う熱さだ。だが決して不愉快ではない。

 

 正直に言えば意外だった。アンシェクがそこまで知っていたことが。

 

 子供の時からアーシェとの付き合いは自分が兄貴であちらが弟分。何かにつけおっとりしているアーシェを引っ張ってきた。自分がしっかりしなくてはならない。いつからかそのような思いすら抱いていた。だから今回も裏で色々と言いふらす一味がいるとは知ってたが、気にしたのは自分のことではない。アーシェの耳に余計な話が這入るのこそを気にし、そうならぬよう遣り繰り(マネッジ)していた。

 

 だが。この長羊(ながひつじ)族の友人には見抜かれていた。

 

 おそらく最初からすべて知っていた訳ではないだろう。自分の些細な言動や感情の変化を見て取り、そこから行動して知ったのだろう。きっとそうしてくれたのだろう。

 

 その上で――こう言ってくれてるのだ。

 

「ジョヴィ~、おいらは自分のことでは戦えないんだナ~。……でも、ジョヴィのためならいつだってどこだって……相手が誰だって、戦う」

 

「ア、アーシェ……! お前は……!」

 

「それでいて勝つ、んだナ~。この勝負、おいらは "焔の牙" を使って、クリーヴに勝つ、んだナ~」

 

「しかし、それでは――」

 

「勿論、クリーヴを()っちゃったりしないんだナ~。ちゃんと綺麗に勝つ、んだナ~。……ジョヴィ、おいらを、そして自分と自分の作った "焔の牙" を」

 

 信じてくれ、なんだナ――その一言が決め手だった。

 

 ジョヴィエルはもう何も言えなかった。

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