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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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27/83

結晶少女 26

 演習場の中央。最も開けた場にて、白銀の巨人と黄金の巨人が相対する。

 

「クリーヴ~……」

 

 アンシェクが使役する<金剛>(こんごう)からなんとも言えぬ気の抜けた声が。複数の魔物の声帯を組み合わせた霊機兵独特の出音機関に基づく音声だ。少しくぐもっているものの、日頃アンシェク本人が発するそれと大差ない。霊機兵の発声をどれだけ使役士に似せられるかは、調律士の力量を示す指標の一つである。

 

「……はじめよう」

 

<白鋼>(しらはがね)もまたクリーヴが語るのとほぼ(たが)わぬ発声。両機体共に高い水準(レヴェル)での調律と知れる。

 

「うぅ~……」

 

 アンシェクが戦鎚(ウォー・ハンマ)を構えた。片方が平面、もう片方が鉤爪状となった鎚頭(ハンマ・ヘッド)が日の光を受け黒さの中に煌めきを浮かべる。

 

(以前と同じ装備か……)

 

 クリーヴは騎槍(ランス)状の霊石砲を構え、そう判断した。

 

 これまでの対戦から、互いに手の内は知れている。<金剛>の握る戦鎚は極めて特殊な装備だ。先端の鎚頭は使()()()()であり、右腰付近の機外兵装取付部(ハードポイント)に接続された容器(ケース)に交換用のものを収納している。

 

(む……?)

 

 クリーヴは違和感を覚えた。あの容器……あんなに大きかっただろうか? 大きい……いや違う。というより、縦横(アスペクト)比が変更されている。

 

 以前は縦長で大腿部に沿って装備されていたが、今は横長、まるで太ももに手提鞄を張り付けたような具合だ。さらに見ると横に伸びた分の空間(スペース)を使い、取り出し口を二つに増やしている。

 

(あれは……何を意味する?)

 

 答えを得る前に――鐘の音が聞こえた。午後の講義開始を告げる鐘。オニクスからは鐘の音と共に開始せよと言われていた。

 

 両者同時に動く!

 

 アンシェクが横薙ぎに戦鎚を振り回した。クリーヴはそれを見越し既に後ろに跳んでいる。

 

 敵もさる者。間髪入れず疾走し攻め込んだ。

 

<金剛>は<白鋼>に比べ頭一つ二つ大きく、横から両機を見れば胸板が二倍近く厚い。かてて加えて金色(こんじき)の装甲は堅牢堅固で知られる<灼巌蟹(しゃくがんがに)>製、まさに重装霊機兵の名を体現する。

 

 にもかかわらず――速いのだ。

 

 その巨躯から想像できぬほど速い。高機動性を主軸に調律された<白鋼>には一歩劣るものの、頑強な装甲、他を寄せ付けぬ(パワー)を考慮すれば、単純な機体性能において<金剛>は<白鋼>を大きく上回る。

 

 この差の一つは素体の違いにある。<白鋼>は学院配給の<鉄傀儡(てつくぐつ)・三型一七式>が素体。<鉄傀儡>、特に三型は第二世代霊機兵の歴史そのものと評しても過言ではなく、数々の小規模な更新(マイナ・アップデート)を繰り返した末に、高い信頼性・完成度を誇る名機だ。パエスフォロア聖領を始めとする同盟国や友好国にも盛んに輸出されている。

 

 しかし、三型が産声を上げたのは約二〇年前。近年では旧式となりつつある事実は否めない。

 

 一方、アンシェクの使役する<金剛>はジョヴィエルの生家、ハリンマメット家が開発を手掛ける次期国産主力霊機兵を狙った試験素体、最新機だ。型式すらまだ存在せず、関係者の間では<未踏(みとう)・零号四版>の仮称が使われる(厳密に言えば本当の最新機は現在<未踏・零号七版>として開発中で、ジョヴィエルらが用いるのは先行試験で公開済みの(ヴァージョン)だ)。

 

 この素体の違い故に、<白鋼>と<金剛>では(はな)からその潜在能力(ポテンシャル)拡張性(スケーラビリティ)に差がある。

 

 確かにそれはあった。

 

 だが。

 

 それだけでは機体性能にこれだけの違いは生じない。純粋な素体間の比較ならともかく、第二世代霊機兵は極限までの調整、調律を前提とした兵器だ。最終的に発揮される能力は調律士の腕で如何様にも変わる。<鉄傀儡>が長きに渡り好評を博し、現在でも現役機足る理由はそこにある。

 

 では、<白鋼>と<金剛>で何故これほどにも機体性能に差が現れるのか?

 

 その答えこそ、ジョヴィエルの設計思想にある。

 

 ユリア歴一一二八年の()()()()()、彼の思想は極めて異端だった。一言で述べればこうである。

 

 調律からの脱却。

 

 それこそがジョヴィエルの目指すところだった。言うなれば彼の立ち位置は調()()()()()()()調()()()、という奇妙なものである。

 

 この点ではまだスピットの方が調律士として正道を歩んでいた。スピットの思想は言うなれば "超" ・調律。使役士と霊機兵の "真の" 同一化を目指す。常道と照らし合わせれば過剰とも取れる調律。究極的には言葉にできぬ肌感覚や目に見えぬ殺気・気配すら使役士が霊機兵を通じ感受できる調律。それこそが一時(いっとき)は使役士を目指したピットが、調律士として目指すところだった

 

(あの力、あの耐久でこの速度……たまったものではないな)

 

 クリーヴは<金剛>の突撃を(かわ)す。まるで巨大な岩山に足腰が生え、鷹の如く俊敏に襲い掛かってくるかのようだ。クリーヴも<金剛>の機体性能には目を見張るばかりである。

 

 話をジョヴィエルに戻そう。調律からの脱却。何故彼がそのような現代の傾向(トレンド)と真逆の設計思想に至ったか。それには霊機兵の技術・開発史が深く関わる。

 

 霊機兵の起源である死霊術は、古来より多くの地域(コミュニティ)で禁忌とされた。死への冒涜、生物としての本能的な忌避感、理由を挙げれば(いとま)がない。取り分け "ユリアの導き" を正教とするパエスフォロア聖領、そして建国時からその強い影響下にあったブレヴディル王国では、(いた)く忌み嫌われていた。

 

 原因は時を遡ること約三四〇年前、パエスフォロア聖領で従導師を務めていた鳥人種浪鴉(ろうがらす)族の霊術学者、シイカ・ノマディクレフにある。少年期より各地を旅し様々な知識・文化に触れたシイカは、生涯を締め括る最後の仕事として一冊の本を上梓(じょうし)した。

 

 題名(タイトル)は "死霊術の機構について"。それまで彼が手紙や対話で信頼のおける一部の同僚や友人とのみ秘密裏に議論した考え(アイディア)をまとめたものである。著書内で彼は、"死霊術は白属性霊術である" と主張した。

 

 その主張は正しい。白属性霊術の電気刺激で死肉を操る。それが死霊術だ。現代のファンタズマブルでは通説である。

 

 しかし時代が悪かった。最悪だった。

 

"ユリアの導き" で光すなわち電気と磁気を司る白属性霊術は今も昔も神聖視される。彼らの聖典、導約創世記でも、ピシムスやユリアはしばしば "光"、"輝き" と記述されるくらいだ。

 

 その神聖たる白属性をよりにもよって死霊術と結びつける……何が起こるかは火を見るよりも明らかだった。一説によると出版を知ったシイカの友人らはこぞって中止・撤回を強く勧めたが、彼は頑なにそれを拒む。

 

 シイカ・ノマディクレフは己の運命を受け入れていた。

 

 結果、出版から三年と経たずしてシイカは異端審問にかけられ処刑される。処刑前に彼が残したとされる二つの言葉、"天涯孤独でよかった。私だけが罰を受ければよい" と "それでもあれは白なのだよ" は、今でも歴史学者の間で事実か否か意見が割れる。

 

(この距離……いや駄目だ。もっと近づかなければ)

 

 何度目になるか知れぬ攻撃の機会(チャンス)。だが攻められない。機体性能に差があっても技量はクリーヴが上だ。当てるだけならどうにでもなる。しかし、それでは駄目だ。半端な攻撃はあの強固な装甲に阻まれる。今クリーヴが必要とするのは決定的な一撃だった。

 

 シイカの "死霊術の機構について" の発表はユリア歴七九二年。その正当性が認められるまで実に三世紀近くを要した。当初は徹底的にシイカの説を異端と(とが)めた "ユリアの導き" だが、皮肉なことに彼らが神聖視する白属性霊術の研究が進めば進むほど客観的な証拠が出揃い、自らの首を絞めた。また、霊石砲の発展に伴う実験環境・設備の進歩も大きいだろう。

 

 複雑怪奇な政治的過程(プロセス)()た末、"ユリアの導き" が死霊術を白属性として公式に認知したのはユリア歴一〇八一年。今日(こんにち)では "開かれた死霊術" の名で知られる出来事だ。

 

 この認知を皮切りに死霊術研究が加速度的に進む。これも世の常か、真っ先に喰いついたのは軍部の技術者だった。当時はアダマーティ・ルーナヴィスタによる影孔の発見からおよそ三〇年が経ち、その娘のリリアンが提唱した影孔整流(リリアニゼ)機が実用化され間もない時期。魔物の発生制御により死骸確保の難易度が急降下した時代だ。今と比べれば二束三文の価格で死骸を購入し、死霊術で使役して兵力とする。そのような運用が "死霊兵" の名で定着した。

 

 死霊兵の役割は主に二つ。

 

 第一は霊石の運搬である。現代でも最大火力を誇る霊石砲だが、兵器として評する場合、極めて重量が大きいという短所があった。これは霊石砲と言うより霊石そのものに端を発する欠点である。霊石は高密度な霊子の結晶であり、ただでさえ比重が大きい。そして霊石砲の高威力化にはより多くの霊子を、すなわちより大きい霊石の使用が必須である。霊石の運搬は常に兵站部隊の悩みの種だった。そういった背景の下で、人や馬と比べ物にならぬ強靭な肉体を持った魔物に白羽の矢が立ち、死霊術で運搬させたのである。

 

 死霊兵の第二の役割は敵方の霊石砲消費を促す一種の(デコイ)だ。何しろ死骸である。痛みを覚えることもなければ()()()()()()()。それでいて堅牢な肉体なのだ。敵部隊の前に出せば盾になり、あわよくば突破を狙えぬこともない(大抵はその前に使い物にならぬほど損傷したが)。これもまた有効な戦術だった。

 

 二つの明確な役割で着実に戦果へ貢献し、死霊術の軍事応用研究はますます勢いづく。

 

(なんだ今の動きは……⁉)

 

<金剛>の振るった戦鎚。クリーヴはそこに酷く()()()()()を感じ取った。それを肯定するように、一瞬――ほんの一瞬だが、アンシェクの使役にブレが生じる。

 

 華々しい戦績をあげた死霊兵はその後、短期間で改良に改良を重ねた。

 

 単一の魔物を使役するのでなく、複数の魔物死骸を組み合わせ、より目的に応じた性能を発揮させる取り組み。加えて死骸(ゆえ)に生じる悪臭および劣化を防ぐための複数属性霊術を用いた防腐処理。これらを施した死骸は後に "複合死霊兵" と定義される。

 

 複合死霊兵が戦場で増えるにつれ、対抗策(カウンタメジャー)も確立した。使役中の死骸に死霊術を掛け直す、つまり制御権を上書きして自軍に引き込むという荒業だ。使役士の霊術的 "腕" が敵方のそれを上回ることが前提だが、決まれば戦況が大きく傾く。このような乗っ取り(ハイジャック)への対策として、死霊兵表面を板金で鎧状に覆い敵軍の死霊術を鏡面反射、一方自軍使役士は死骸内部に設けた空間 "使役室" から発術する、とした機構がリリアンにより提案される。この機構を組み込んだ(タイプ)は "改良型複合死霊兵" または "第零世代霊機兵" と現在では識別される。

 

 その後、死霊兵の運用に劇的な変化が二度訪れる。

 

 第一は<操人触花>(そうじんしょっか)という魔物の特殊な神経の使用、その結果もたらされた制御精度の劇的向上だ。これにより、従来は運搬や囮など単純作業しか行えなかった死霊兵が、悪路を走破し、隠密行動を取り、奇襲を仕掛ける等のより高度な作戦に投入可能となった。"霊機兵" という言葉が出現したのはこの頃からで、改良型複合死霊兵に<操人触花>の神経系を実装した機体は "第一世代霊機兵" と定義される。

 

 そして迎えた霊機兵史における最大の変化、それこそが霊子回路の搭載で霊石砲使用可能となった "第二世代霊機兵" である。死霊兵時代からの変遷を踏まえれば第二世代霊機兵の能力はこう例えるのがふさわしい。

 

 最強の矛と盾を携え、馬より早く戦場を縦横無人に駆け回る戦士。

 

"第二世代霊機兵" が瞬く間に現代戦の要と化したのも納得である。

 

 なお、第一・第二世代霊機兵の原案を出したその人こそ、ここグランレーファ総合霊術学院の現学院長オルム・グランレーファであり、彼が人々から "霊機兵の父" と(たた)えられる所以(ゆえん)だった。

 

(攻めるなら……今しかないっ)

 

 アンシェクの見せたほんの僅かな隙。クリーヴはそこを突くと決断した。<白鋼>が跳ぶ。勢いよく砂塵が舞った。

 

 ――ではいよいよ、如何にしてジョヴィエルが調()()()()()()()調()()()へ至ったかに触れよう。

 

 一機体として見た場合、第二世代霊機兵は現時点において確かに最強だ。それは間違いない。ジョヴィエルもその点は同意する。

 

 しかし……あまりに代償(コスト)が高くつく。

 

 ここでの代償とは、構成要素である魔物の死骸ではない。第二世代霊機兵という破格の戦力を鑑みれば、影孔整流技術が確立した現代において、魔物の死骸は決して横暴な価格でない。充分に見返り(リターン)のある投資である。

 

 問題は魔物の死骸を抑え、素体を構築した()

 

 何をするか? 調()()()

 

 調律。霊石砲の威力を最大限発揮させるための処置、同期損失を軽減させるための処方、()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 各人で異なる体内霊子の流れを霊子回路で模倣するのみならず、霊機兵の筋肉・骨格構成すら理想的には使役士と同一(アイデンティカル)であることが求められる。

 

 たまったものではない――特にこれは多くの貴族、すなわちいざ戦いの火蓋が切って落とされた際、兵を率いる立場にある者達の切実な意見だった。

 

 なにしろどれだけ手間暇かけ最適に調律した霊機兵と使役士でも、どちらかが欠けただけで残った方はほぼ無用の長物と化す。霊機兵が残っても他の使役士にしてみれば素体と同等、相性次第では素体未満の性能(パフォーマンス)しか発揮しない。使役士が残っても同じだ。すぐに乗り換えできる機体など素体以外あり得ない。単に霊石砲だけ取っても、未調律の機体では調律済みの機体に比べ四半分の威力に届けば良い方だ。期待される働きは難しい。

 

 こうした問題に対処するため調律士という立場が生まれたが、一般に調律は時間を要する。単に素体を調整するだけでも手間が掛かる上、一から新しい使役士と組むとなお悪い。使役士の霊子の流れを知り、肉体構成を読み取るのにさらなる時間を要するからだ。

 

(……っ)

 

<白鋼>の騎槍(ランス)護拳(ごけん)の先に取り付けられた回転式弾倉が強く(まばゆ)く緑に光る。横薙ぎ一閃。騎槍の先から人のそれと比較にならぬほど巨大な圧縮空気の刃が生じた。

 

 ――あまりにも汎用性が低い。

 

 第二世代霊機兵の先駆けたる<鉄傀儡・三型一式>の開発着手から今日に至るまで、ジョヴィエルの生家、ハリンマメット家が抱く忸怩(じくじ)たる思いである。

 

 もっと言ってしまえば、このような不確実なものを兵器と呼んでしまって良いのか。

 

 ジョヴィエルは物心つかぬ内より、父からそういった()り言を聞かされた。その疑念は着実に彼の中で根づき、ある日を境に萌芽する。

 

 竹馬(ちくば)の友たるアンシェク・アウパーカが、使役訓練中に事故を起こした。入学前のことである。幸い人的被害は皆無に等しく、アンシェクが軽い打撲と裂傷を負った程度。

 

 だが使役していた機体、<未踏・零号二版>を素体にジョヴィエルが調律した霊機兵は違った。神経系が摩耗し、霊子回路が焼き切れ、筋肉・骨格共に大きく損傷している。

 

 これなら一から素体を調律した方が早い。ジョヴィエルのみならず父や関係者一同もそう判断し、彼が新たな調律に取り掛かったところで。

 

 ジョヴィエルはふと思った。

 

 今回はいい。安全な領地内だ。十重(とえ)二十重(はたえ)に敷かれた警備と擬装を突破した間諜は万に一ついたかもしれぬが、それでも直接的に仕掛けてくる敵はいない。

 

 だがこれが戦場ならどうだ? 敵はいる。戦争はそれを前提とするのだから。隙あらば仕掛けてくるだろう。自分はまだいい。結局のところ、調律士は後方支援の一端だ。矢面に立つことはない。

 

 そこに立つのは――アーシェだ。あのとぼけたようでいて、本当は自分が辛い時いつでも支えてくれる友なのだ。

 

 素体を一から仕上げるには熟練した調律士でも、知悉(ちしつ)した使役士相手でも、最低二週間掛かる。

 

 戦況が苦しかったら? 指揮官が非情な判断を下したら?

 

 調律を前提とした機体にもかかわらず……それの終わらぬ機体で出撃を命じられたら?

 

 その時、戦場へ(おもむ)くのは自分ではない。

 

 アーシェなのだ。

 

(やはりあの程度の攻撃では効かないか……だがそれは想定内だ)

 

 アンシェクの繰る<金剛>は、クリーヴが放った圧縮空気の刃を避けようともしない。装甲の最も厚い腕部で受け切り、むしろ<白鋼>の霊石砲発射と着地の隙を突くべく突貫した。

 

 ――これは()()()()兵器だ。

 

 (くだん)の事故以来、ジョヴィエルは第二世代霊機兵に対しそう思わざるを得なくなる。これは彼の父より過激で極端な思想だ。何故ならばその問題に対する解は、

 

"調律からの脱却"

 

 それ以外に収束しないのだから。

 

 幾千もの試行錯誤トライアル・アンド・エラーを重ねた。素体の段階で霊子回路に自由度を与え調律の負担を少しでも減らそうとする工夫。霊機兵ではなく霊石砲の側に突破口を求めんとする創意。新素材開発の取り組み。

 

 だが駄目だった。いくらかは実を結び、以降の<未踏>に反映されたものの、それでも根本的解決には繋がらない。例えるならジョヴィエルのしたことは、一〇〇の負荷をせいぜい九〇に弱めた、という程度だ。

 

 仕方のないことだろう。一つの技術の裏には数多の天才が(ひし)めく。彼らも同じ疑問・不満は抱いたに違いないのだ。だが解決できなかった。だから今に続いている。

 

 根本的に異なる手法(アプローチ)を取るしかなかった。傍目には愚行としか映らずとも、そうせざるを得ない。

 

 ジョヴィエルが艱難辛苦の末に辿り着いた答えは至極単純。

 

 何故調律が必要か? 霊石砲の火力減衰を避けるためである。

 

 ならば簡単だ。霊石砲の代替となる武器が――いや極論、それより()()()()()()()()があればいい。

 

 結論を言おう。

 

 ジョヴィエル・ハリンマメットは、ファンタズマブルの歴史上初めて、爆薬を霊機兵の武装に取り入れた。

 

(来るか……!)

 

 戦鎚を振りかざし、<金剛>の巨体が迫る。先のクリーヴの霊石砲発射はあちらの攻めを引き出すための陽動(フェイント)だ。クリーヴは過去の対戦を通し知っている。あの鎚頭が()()()()()()()()()()を。

 

 ――ジョヴィエルが辿ったのは平坦な道のりではなかった。入学前、父からも強く反対されている。ファンタズマブルで爆薬研究はほとんど進んでいない。紀元前から霊術が存在し、そして有史後には霊石技術が生まれたからだ。

 

 単純な殺傷能力を欲するなら黄属性で鋭利な金属構造を生成すれば良い。霊石砲で放たれ爆発的に伸長するそれは圧倒的貫通力を誇る。緑属性の風刃で切り刻むのも良い。青属性の怒涛の水流、赤属性の膨大な熱量。(いかづち)を操る白属性、重力場を司る黒属性。豊富な手段が既にあるのだ。爆薬に(こだわ)る理由は薄い。

 

 そもそも爆発自体、複数属性を掛け合わせれば霊術で再現できる。黄属性で可燃性気体を生成し、緑属性で空気と共に圧縮、赤属性で局所熱場を形成し着火。それで済む。ただこの爆発、威力は高いものの制御性に難があり、大半は特攻じみた状況でのみ使われた。

 

 ジョヴィエルはそこに可能性を見出す。

 

 何故制御性に難があるか? 気体を用いた爆発だからだ。過去に固形の爆薬を扱った研究はないか? 学院の図書塔で調べたところ、あった。かれこれ四〇〇年近く前の書物だ。黄属性霊術と、そして何故か緑・青属性を複合し固形爆薬の生成に成功している。ただ当時の錬成技術では低純度でしか実現できなかったらしい。華々しい成果でなく学界からの反応は皆無に等しい。それでも著者は引き続き試行錯誤に励んでいた。ジョヴィエルは歴史に埋もれた埃まみれの情熱を感じ取った。

 

(こい……!)

 

 クリーヴは騎槍を構え<金剛>を迎え撃つ体勢を取る。騎槍の弾倉が強く、黄色に発光した。勝負の時が迫りつつある。

 

 ――それからしばらくの間、ジョヴィエルにとって学院の霊機兵格納庫と寝室は等しい意味を持った。

 

 生まれも顔も知らぬ、けれども志だけは等しくする先駆者の秘訣(レシピ)を文献から読み取り、追試を行う。失敗。予想はしていた。当時と今では得られる物資の(クオリティ)に差がある。一つ一つ因子を精査した末に、繰り返し試験。月の色が赤から黄色へ移る頃、ようやく成功の兆しが見えた。炎天下の外に比べ地下格納庫の涼しさは心地よかった。さらに続ける。ようやく四〇〇年前の成果に追いついた。不思議なことに生成した固形爆薬は甘い味がする。夏の暑さを置き去りに、季節は秋へ移ろうとしていた。ジョヴィエルの心の炎は絶えない。やることは山積みだ。爆薬の威力、安定性、起爆法。どれを取っても改善の余地があった。四〇〇年の進歩をもって、先人の意志に応えねばならない。いつのまにか冬が訪れた。息が白く染まり、実験に付き合ってくれるアンシェクが『お願いだからこれ着てくれなんだナ~』と持ってきた厚手の外套(コート)を羽織る。

 

 とうとう試作型ができた。(ほが)らかな風が新しい春を呼び込む。

 

(この厚さならば防げるはずだ……!)

 

<白鋼>の握る騎槍に宿った黄光。それは "攻め" の一手ではない。その逆、"守り" だ。放てば瞬く間に鋼鉄の壁を生成する。クリーヴは知っていた。あの鎚頭、あれは()()()()。どういった仕組みか自分にはついぞ分からぬが、そういうものなのだ。ただし、爆発――それ故の()()を伴うと以前の対戦で見抜いていた。

 

 ――負けた。またあの小憎たらしい茶兎族の平民と諍いがあり、満を持して試作型を投入したものの……結果は芳しくなかった。

 

 試作型。<金剛>の持つ戦鎚、その鎚頭に固形爆薬を仕込み、起爆の度に交換して戦う様式(スタイル)

 

 目論見通りの働きはしてくれた。霊石砲に頼らぬ火力。調律から解放された霊機兵。しっかりと実現できた。

 

 それだけでない。当初予期しなかった長所(アドヴァンテージ)すらあった。

 

 霊石は霊機兵にとっても軽視できぬ重量。調律士はぎりぎりまで威力と弾数の兼ね合い(トレード・オフ)に悩むのが常である。その点、ジョヴィエルの試作した固形爆薬は違った。霊石に比べ遥かに軽い。より多くの弾数を詰める。

 

 かてて加えて調律からの脱却。それが何を意味するか? 肉体という枷からの解放である。通常、調律は使役士の体内霊子の流れだけでなく、肉体構成も模倣するのが()とされる。従って、必然的に使役士・霊機兵間にはある種の相関が生ずるのだ。この相関がために機体性能に限界が課される。使役士より優れた肉体構成はできないのだ。例えばある使役士が下半身に問題を抱えるなら必ずそう調律せねばならない。

 

 だが<金剛>は違った。霊石砲を手放したため、いくらでも高性能(ハイ・スペック)を追求することができた。アンシェクのそれより遥かに巨大(マッシヴ)な筋肉構成、それを支える屈強(タフ)な骨格。当初、<金剛>の高次元な力と機動性の両立を目の当たりにしたスピットは、悔しそうに『あんなの動けるデブじぇねえか……!』と歯噛みしていた。実はこのような改造計画は第一世代霊機兵の時代にハリンマメット家で一度練られ、しかし第二世代の台頭で廃案になったものである。後からそれを知ったジョヴィエルは運命の悪戯に苦笑せざるを得なかった。

 

 だがそれでも。

 

 勝てなかった。

 

(さあ……!)

 

 振り被った戦鎚を稲妻のように落とす<金剛>。クリーヴが霊石砲で仕込んだ鋼鉄の壁が一瞬で生成された。アンシェクの不意を突く。この厚みなら充分爆発は防げるはずだ。クリーヴはそれを以前に学習している。そう、あの戦鎚の最大の弱点、それは――

 

 ――爆発が等方的だからだ。ジョヴィエルはアンシェクとの話し合いの末、自分たちの敗因をそう悟った。

 

 確かに自分は爆発を安定して、狙った通りに起爆させる(すべ)を得た。しかし、爆発という現象そのものは未だ己の手の内に支配権を渡していない。

 

 障害物がない場合、爆発はほぼ球状に広がる。つまり、<金剛>側にも容赦なく破壊の力が及ぶのだ。そのためジョヴィエルは調律を脱することで得た出力上昇の資源(リソース)で、<金剛>の装甲を強化する。爆発の影響を防げればそれで充分、そう軽んじていた。確かに並の相手ならそれで充分だろう。

 

 だがクリーヴ・エインシェドラグは違った。並の相手ではなかった。

 

 爆発の範囲と威力を見て取るや、即座にそれを前提とした攻撃を仕掛ける。もし制限付きの対戦でなければ、ジョヴィエルの見立てだとアンシェクは最低でも三度は地に塗れていた。

 

 ではどうする? ジョヴィエルは自問を続けた。

 

 爆発の威力を高めるか? 駄目に決まってる。あれ以上の爆発はいかな<灼岩蟹>製の装甲でも耐えられまい。いっそのこと爆発を本体から切り離す? 鳥が空を舞うように爆発だけを分離して飛ばすことはできないだろうか……これも駄目だ。考え(アイディア)自体は面白く今後検討の価値があるものの、現時点では起爆過程(プロセス)に関する技術的課題があり解決できない。

 

 ジョヴィエルは悩んだ。悩み続けた。

 

 そしてある日――唐突にその答えを見つける。

 

「なに……⁉」

 

 爆発を鋼鉄の壁で受け切り、攻撃後の隙をついて決着をつける。クリーヴは当初からそれを意図していた。

 

 彼はアンシェクとジョヴィエルを過小評価していない。むしろ逆だ。学院内での最高に近い使い手の二人隊(ツーマン・セル)と位置付けている。

 

 だから以前の爆発とこの爆発、そこにいくらかの威力向上があると見込んだ上で、今回の厚みの鋼鉄の壁を生成した。過剰と言えるほど手を尽くしたつもりだった。

 

 だが。

 

 爆音。入音機関が自動的に遮蔽しなければ鼓膜が破れたに違いない爆音。その衝撃。

 

 呆気なく壁は役割を喪失した。ぽっかりと、穴が穿たれている。

 

 それだけでない。左腕が。穴の後ろにあった()()の左腕が……気がつけば()()()()()()()

 

 圧倒的な破壊の力に晒され、装甲は紙屑同然、肉は千切れ、骨は砕かれ……宙を舞っていた。

 

「……足を、狙ったんだけどナ~」

 

 既にクリーヴは飛び退き距離を取っている。状況を理解したのは機動の最中(さなか)

 

 穿たれた穴の向こう、隔てられた世界のあちら側で、アンシェクの使役する<金剛>が一種の情動を見せた。

 

 ――一瞬で勝負を終わらせる。

 

 それが失敗したことへの無念。まだこの戦いを続けなければならないことへの(かす)かな不安、そして……苛立ち。

 

 今アンシェク・アウパーカが見せる感情はまさしくそういった(たぐい)のものだった。

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