結晶少女 24
どうしてこうなるんだよ……?
スピットは自慢の栗色の長耳をペタンと落とし、松の木の椅子の上でフルフルと首を横に振った。
学院の地下、霊機兵格納庫である。かなり大型の油灯がいくつか壁にあるが、それでも全容を照らしきれぬほど天井が高く部屋も広い。霊機兵の直立歩行による移動が前提のため、こうして大きく作られているのだ。成人男性二人ないし三人にも及ぶ霊機兵の尺度で見れば、これでもまだ手狭なくらいである。
スピットの正面には多重式の錠前が掛かった見るからに堅牢な鋼鉄製の扉があり、こちらもやはり大きくそして分厚い。扉を出れば通路があり、隣・向かい合わせに同様の部屋がいくつも並ぶ。これらは皆、霊機兵科の各二人隊に貸し与えられた専用格納庫だ。庫内では開発や整備を含む調律全般のみならず、簡易な性能試験すら実施できる。
ファンタズマブルでは紀元前より、造形師と呼ばれる人々――物質の生成・錬成を司る黄属性霊術に秀でた人々の手で建築・建造が行われてきた。しかし、個人水準の霊術で可能な仕事には限界があり、大掛かりな建築には人を増やすか、時間をかけるか、もしくはその両方が常だった。
しかし、約二〇〇年前に産声を上げた霊石砲の誕生、"霊石を利用する" という技術的概念は、造形師界隈にも新しい風を巻き起こし、今ではこうした大規模地下施設すら、劇的な経費削減の下で建造される。
「くそっ」
腹立ち紛れにスピットが地団駄を踏んだ。近くの棚に収納された調律用品から若干の埃が舞い、換気口の方へ流れる。
あの後オニクスが提案したこと。それはこうだった。
今日の午後からの演習、"霊機兵演習其の二"。
そこで模擬戦をせよ、と。
(模擬戦だ……? こんなのそう言えんのかよ⁉ あのイカレ野郎っ)
――殺し合いをやってみろ。
オニクスが言ったあの言葉に、嘘偽りはなかった。彼は実弾の使用、すなわち霊石砲を始めとするすべての兵装の使用を許可……否、むしろ推奨したのである。
四年次に実施される対霊機兵戦演習でさえ、模造重量を填実し威力を弱めた演習弾が基本で、場合によっては空砲で済ますというのにだ。
「何考えてやがんだ、あの野郎……!」
クリーヴとアンシェクは言うに及ばず、日頃派手にいがみ合うスピットとジョヴィエルさえ、互いを心底――殺したいほどに憎んでいるはずがない。むしろ本心では良き好敵手として捉えている(二人は決して認めないだろうが)。
だから四人は即座に訴え抗議した。
しかし封殺。オニクスは彼らが聞いたこともなかった学院の規則を事細かに並べ立て、一分の隙なく実弾使用を正当化し、従わぬなら訓告・停学どころか退学すら適用できると罰則をちらつかせたのである。
「オレは――」
格納庫奥で跪くような降着姿勢を取っていた<白鋼>が言葉を発する。
神経接続と霊子回路の同期を終え、霊機兵を第二の肉体としたクリーヴが語っているのだ。
「オレは意味のない殺しなどしない。したくない」
はっきりと述べる。
幼い頃から戦禍に巻き込まれ、やがては己の意志でその渦中に飛び込んだ少年の言葉。
「~~っ」
スピットはこういう時、どうしようもないほど隔絶を感じる。
人を殺した経験のある者と、そうでない者。
そこにあるのは苦しみだろうか、悲しみだろうか、怒りだろうか。
あるいはそこには……何もないのだろうか。
わからない。スピットにはその心中を推し量ることができない。
ただそれでも、実弾の使用が避けられないとわかった時から、この友人が何かの切り替えを済ませたことだけは明らかだった。
「そ、そりゃそうだろ。んなの、ジョヴィだってアンシェクだって同じはずさ……なぁ?」
スピットは困り眉で同意を求めるが……クリーヴはそれに応じず、ただ静かな怒気を滲ませる。
「……気に喰わない。オニクス教官殿とて、こんなことに意味などないとわかっているはずだ。なのに一方的に、主導権を握られ、いいようにされ……俺はそれが気に喰わない」
「あ、ああ! まったくだよな……⁉」
こんな時でも、あんなヤツでも、まだ "教官殿" か……。軍隊生活で厳しい上下関係を叩き込まれた故だろうか?
それもまた、スピットにはわからぬことだ。
「いずれにせよ、やるしかあるいまい。……俺に自身の "幸せ" を探すため、この学院に通え、と助言をくれたのは恩人でな。退学する気はさらさらない」
「……でもよ、クリーヴ――」
「わかっている。だからと言って意味のない殺しなどしない。何を企んでるか知らんが、思い通りにさせてたまるか。それ以外の方法で決着をつける……俺はそれで納得した」
「頼んだぜ、本当によ……!」
実弾を使用するとはいえ、あくまで模擬戦だ。敵機を何らかの方法で戦闘不能にすればそこで終了。必ずしもどちらかの絶命が終結条件ではない。
そしてクリーヴの実力ならそれは可能だとスピットは考える。
確かにジョヴィエルは自分と真逆の設計思想ながらも優れた調律士と認めざるを得ないし、またアンシェクがああ見えて腕利きの使役士であるのも間違いない。
だがそれでも、スピットの目から見て、こちらとあちら――クリーヴとアンシェクの間には、明白な差異があった。
実戦経験の有無である。
真に命を賭け、そこから何かを得て戻ってきたか否か。
入学来の付き合いのこの友人からは時折り、些細な言葉や行動の端々に "そういうもの" を感じる。それはきっと彼が意識せずともやっていることで、この先ずっと出自や過去のように付いて回るものだろう。祝福であると同時に呪いとして――延々と続いていくものだろう。
それは決定的な違いであるよう、スピットには思えた。
「む。では行くか」
「……ああ」
クリーヴが、<白鋼>が立ち上がる。壁際には様々な器具や設備があったが、霊機兵の動線上には何もない。そこを<白鋼>が一歩、また一歩と進む。
「……? う~ん……」
その最中、スピットが納得いかぬように首を捻った。
「どうしたスピット?」
「いや……なんっつーか、昨日修理してた時から思ってたんだけどよ……何か妙な感じがしてな」
(やはりコイツの洞察力は侮れんな……)
クリーヴは内心舌を巻く。
スピットが覚えた違和感……おそらくそれは結晶少女の影響だ。今やこの<白鋼>はかつてと異なる。少女の謎の力が加われば著しく応答性が高まり、あまつさえ彼女が "蒼気" と名付けた未知の能力を秘めていた。
だがそれらはすべて、
『……おい、軽々しく口にするでないぞ龍の小童』
結晶少女により秘匿され、外からも中からも気づかれぬよう処置したはずである。
それでもスピットは、残された僅かな、本当に幽かな差異を、おそらく感じ取ったのだ。
理屈ではなかろう。彼は理屈を軽視はしないが、さりとて妄信もしない。研ぎ澄ました己の感覚が何かを訴えるならば、例え理屈が追いつかずとも、まずはその意味するところを真摯に考える類だ。
『あれだけ厳重に遮蔽してもまだ感知できるとはの……まったく、とんでもない小童よな』
クリーヴは一時的に<白鋼>の声帯の使役を止め、少女に応える。
「同感だ」
結局スピットは結晶少女の存在をまるで信じずにいた。落下の衝撃で夢でも見たと決めつけている。
どうしたものかとクリーヴは昨晩、結晶少女に相談したが『信じぬなら信じぬでよいじゃろ』と淡泊な返事が返ってきた。
どうもこの少女、自信に関する情報開示に難を示す向きがある。
あの蠢く闇もとい肉人形についても同様の反応――否、こちらに関してはより強い語気、有無を言わせぬ剣幕だった。少女曰く『あれはこの時代にあってはならぬもの』『あれについては儂が責任を持って調査するからおぬしは黙っておれ』とのことで、当事者であるスピットを除く一切の余人への黙秘を強いられた。
『それと言っておくがの、龍の小童』
「む。なんだ」
『この戦い、儂は一切力を貸さんからの。そのつもりでゆけ』
「無論だ。言われるまでもない」
あの力は人に向け行使して良いものではない。
その点では結晶少女とクリーヴの認識は完全に一致していた。




