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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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結晶少女 23

 グランレーファ総合霊術学院の食堂は東西に一つずつある。元は東側だけだったが、応用霊術科や霊機兵科の新設に伴い志願者・入学者数共に増え、当初想定していた収容人数を上回り、新たに西側に開設されたのだ(食堂に限らず新施設の需要と必要が出る度、学院は改築・増築を重ねた歴史を持つ)。

 

 東の食堂は "紫苑(しおん)朝露(あさつゆ)"、西は "鬼灯(ほおずき)黄昏(たそがれ)" という肩の()りそうな名前があるが、学生はおろか教職員の大半すら日頃は単に東食堂・西食堂で識別する。

 

 クリーヴとスピットが好んで通うのはもっぱら西食堂だ。東食堂は歴史ある分、お高く留まってる、というのが彼らの――主にスピットの言い分である。ただし、これはあながち特殊な一意見でなく、二人と同じ奨学生や実家が裕福なものの身分としては平民の少数派の学生は概ね西食堂を好む傾向にある。その逆に、貴族、とりわけ血筋と伝統を重んじる血統貴族は東食堂を愛用し、混んでいるなら渋々西へ、という者が多い。霊機兵科在籍の場合、朝は訓練で疲れるので寮から手近な西食堂で済まし、昼と夜は東に、という様式(パターン)もある。ちなみに要領がいいことで知られる新興貴族は(こだわ)りを持たず、その時々の気分やお品書き(メニュー)で東と西を器用に切り替える者が大半だ。

 

 何にせよ、クリーヴが今日もこうしてスピットにしか分からぬ程度のホクホク顔を浮かべ、食前同様、水平に(てのひら)を重ね食した料理に感謝を捧げるのは、ここ、西食堂だった。

 

 昼休みに這入り、四半刻が過ぎた頃である。配膳時に鰹の油煮と白菜の酢漬けが盛られた皿は今や綺麗に(から)だ。

 

 ちなみに朝食時に発覚したパーシィの……その、なんというか、露骨な()()()は昼食でも健在で、彼女は意味深に含羞(はにか)んだ後、ひと際おおきな鰹を取り分け、クリーヴの尾をご機嫌で仕方ない犬のように振らせていた。

 

「……よぉ、もういいかよ」

 

「うむ。もういいぞ」

 

 食卓(テーブル)を囲むのにこれほどつまらない相手もいない、というのがスピットの評である。なにせこの龍人種ときたら、独特の哲学に基づき食事中は一切喋らない。最近では五感どころか第六感めいたものまで働かせてるのでは、と疑ってしまうくらい飲食に没頭する。

 

 だからスピットは食事中、通りがかる女子にちょっかいをかけるくらいしかやることがない。ちなみに今日はそれが功を奏し、お目当ての給仕と次の週末に逢引(デート)の約束をとりつけた。

 

 ……ただまあ、そうは言いつつ結局は食事中も含めこうしてクリーヴにべったりな辺り、スピットという少年のある種の可愛らしさと面倒くささが滲みでている。

 

「かー、午後は演習かー。めんどくせえなぁ……」

 

 演習というのは調律・使役専攻の学生を対象とした通年の専門科目で、正式な名前は "霊機兵演習其の二"。各自が運用する霊機兵を用いた基礎訓練や対魔物を想定した戦闘ならびに推奨調律設定を学ぶ。とはいえ二年生を対象に組まれたその内容は、一芸特化の奨学生試験を合格(パス)したクリーヴらにはいささか物足りず、二人の実力的には最終学年の四年時に実施される対霊機兵戦演習でも充分こなせるだろう。

 

 ちなみに担当はあの亜狼族、オニクス・カイオウディ教官殿である。

 

「だりー、めんでぃー、やる気しねぇ……」

 

 スピットが()きたての(もち)の如く、食卓の上にだらーんと上半身を突っ伏した。

 

 食事の充足感に浸り、何とはなしにその様子を眺めていたクリーヴの思考に、

 

『……おい、龍の小童(こわっぱ)

 

 ふと結晶少女の言葉が這入り込む。

 

「む? どうした」

 

『何やら騒がしいぞ。入口の方じゃ』

 

 確かにちょっとしたざわめきが起きていた。見れば誰かが誰かを引きずるようにし、ずりずりずりと、過積載した重馬車の如く進んでいる。

 

 どこへ向かって?

 

 こちらに向かってだ。

 

「ジョヴィ~、やめといた方がいんだナ~」

 

 何とも気の抜けた声で背高のっぽの毛むくじゃら、獣人種長羊(ながひつじ)族のアンシェク・アウパーカが押しとどめている。

 

 誰を?

 

「ええい、うるさいアーシェ! 止めてくれるな!」

 

 ジョヴィエルをだ。腹が立つほど愛くるしい(つぶ)らな瞳、ジョヴィエル・ハリンマメット。額には琥珀(アンバ)の魂石が(きら)めく。

 

 叫鼠(きょうぞ)族によく見られる小柄な太っちょ、ずんぐりむっくりのその体躯は、まるで豪力馬(ごうりきば)さながらの力強い牽引で、引き留めるアンシェクごと一歩一歩着実に進んでいた。

 

 ちなみに "アーシェ" というのはジョヴィエルがアンシェクに使う愛称で、二人は幼少からの付き合いだ。

 

「なんだなんだ?」

 

 スピットが訝しそうに目を細める。

 

 そこへジョヴィエルがやってきて、開口一番絶叫した。

 

「決闘だぁああああああ!」

 

「あにぃぃいいいいいい⁉」

 

「あ~あ、言っちゃたんだナ~」

 

「むぅ……」

 

 大袈裟にいきりたつスピット、へなへなと脱力して肩を落とすアンシェク、いまいち事態が掴めず首を捻るクリーヴ……三者三様の反応(リアクション)だ。

 

 決闘。

 

 おそらくは午前の講義、"霊機兵史概論" でのスピットの露骨な挑発が腹に据えかね、そういった結論に帰着したのだろう。

 

 実はこれまでもスピットとジョヴィエルの間でこういう騒ぎは多々あった。無論、本気で命のやり取りをする訳ではない。言うなればまあ、ちょっとした喧嘩の延長みたいなものだ。

 

 ただし、特殊な喧嘩ではあった。

 

 スピットとクリーヴ同様に、ジョヴィエルとアンシェクもまた調律士・使役士として二人隊(ツーマン・セル)を組む。スピットとジョヴィエルは共に調律士として優秀な部類だが、設計思想はまるで逆、互いが互いを馬鹿げている(ナンセンス)と罵り合い、輪をかけて悪いことに二人は "男の子" だった。

 

 結論を言うと、彼らは自分たちの諍い(いさか)に平気で霊機兵を持ち出す悪癖がある。

 

 勝った方が正しい、とでも言わんばかりに。

 

 というか、多分本心ではそう言いたいがために。

 

 さすがに霊機兵まで持ち出し実戦をする訳ではない。そんなことをすれば一発で退学である。だから二人がこういう時やるのは大抵、時間内での標的(ターゲット)破壊とか特殊環境下における制限つき対戦など、後から性能試験・自主演習の名目でいくらでも言い逃れが効き、実のところ学院の規則(ルール)上でも問題ない範疇のことだった。

 

「か~、ジョヴィ! てめえってヤツぁはどうしてそう懲りねーかね⁉ 前回あんだけ大差をつけられたってのによぉ!」

 

「うるさいっ、ジョヴィって言うな! 貴様にその呼び方は許してない! それに今のところ七勝六敗三分けだ! こちらが勝ち越してる!」

 

「はぁあああ⁉ あに寝惚けたこと言ってんだ、勝ち越してんのはこっち――って、あ、まさかてめえ! あの時の水中戦、まだ負けを認めてねえんだな⁉」

 

「当たり前だ! あんな卑劣で姑息な手段、受け入れられるはずなかろう!」

 

「ああん⁉ 言うに事欠いて卑劣で姑息だぁ⁉ 環境に合わせて調律を変えんのの何が悪いってんだ!」

 

「それを裏でこっそりやって、あまつさえ装甲の擬装までして、表面上はお互い通常兵装どうしでの勝負を持ちかけたように思わせたやり口が卑劣で姑息だと言ってるのだ!」

 

 まー、そんな感じで。二人はギャアギャアやってる。まさに犬猿の仲だ。兎と鼠なのに。

 

 それに引き換え、アンシェクとクリーヴのやり取りはのほほんとした平和なものだった。

 

「クリーヴ、クリーヴ~、最近、"翻車魚(まんぼう)微睡(まどろみ)亭" には行ったんだナ~?」

 

「む。そういえばこの頃少し無沙汰をしているな。お前の方はどうだ、アンシェク」

 

「おいらはこの間の第五日、行ってきたんだナ~。そしたらビックリ、なんとあそこのご主人、新作を出してたんだナ~!」

 

「なに、それは本当かっ」

 

「本当も本当、長羊族は嘘つかないんだナ~! で、その新作がまた良くて~、なんと "精霊落とし" に鶏肉を使ったものだったんだナ~!」

 

「鶏肉⁉」

 

「うんうん、ほんと、驚きだったんだナ~。しかもご主人、わざわざそれ専用に新しい肉醤を作ってて、やっぱりそれも鶏肉から作ったものだったんだナ~! 鶏肉の精霊落としと鶏肉醤……その相性ときたら……もお、きゅ~っ、だったんだナ~!」

 

「なんと、鶏肉醤……⁉ むぅ……!」

 

 ゴクリ、と真剣な面持ちのクリーヴが喉を鳴らした。

 

 その頭を勢いよくスピットがはたく。

 

「む。いたいぞ、何をする」

 

「うるせえ、この阿呆(あほう)龍! いつまでも和やかやってんじゃねえやい!」

 

「お前もだぞアーシェ! なに敵と馴れ合ってる⁉」

 

「ええ~? そんなこと言っても~」

 

 スピットとジョヴィエルは躍起になって二人を自陣へと引きずる。

 

 調律士組とは対照に、使役士組のクリーヴとアンシェクは不思議と馬が合った。互いに食べ歩きを趣味とするのが一因かもしれない。スピットとジョヴィエルにしてみれば、その点含め互いを気に喰わないようである。

 

 ようやくクリーヴを引き剥がし終えたスピットが、肩を上下し、ぜえぜえと荒い呼吸のまま言った。

 

「よぉーし……よくわかった。上等だ、その勝負、受けて立とうじぇねえか」

 

「ふん、平民風情め……! 今度こそ目にもの見せてくれるっ」

 

「はっはあ、その平民風情にさんざん吠え面かかされてんのによく言うぜ!」

 

「な、なぁにぃいいい……⁉」

 

 愛くるしい瞳を怒りで見開き、ぷるぷると震えるジョヴィエル(かわいい)。

 

 スピットも相手がジョヴィエルでなければ血統貴族相手にこうは言えまい。

 

 彼らがこのような間柄に収束した経緯は少々込み入っている。

 

 元々、使役専攻初の奨学生として採用されたクリーヴは入学当初から良くも悪くも目立っていた。そのクリーヴと組んだことでスピットもまた同様に好奇の目に晒され(彼の場合、入学早々から異性交遊における機動性(モビリティ)の高さで不要な注目を集めたのもあるが)、さらに肝要なのはスピットもまた一芸特化の奨学生試験を合格(パス)した身、すなわち調律士として間違いなく優秀である事実だ。

 

 優秀な使役士と調律士の二人隊。

 

 されど平民。

 

 その存在は貴族たち――主に血統貴族たちの繊細で粘度の高い部分に過剰な刺激をもたらした。入学からさほど時を待たずして二人はそういった輩から目の(かたき)にされ、次々と因縁・難癖を吹っ掛けられたのである。

 

 しかし、結論から言えばその内の大半は、容易(たやす)くあしらえた。

 

 何故か? その答えは単純である。貴族だからだ。

 

 血統貴族は何よりも "恥" を恐れる。なので、どのような形にせよ一度正々堂々とけりさえつけてしまえば、以降も表立ってどうこうするのは無様である、とした価値観を持つのだ。

 

 また、誘いにかけるのも造作ない。公衆の面前かつ最低限の礼節を守った上で "胸を借りたい" 等のお題目を掲げれば、それだけで彼らはもう引くに引けない。やはりそれも "恥" (ゆえ)にである。

 

 これまでスピットたちは同級生や上級生含め、露骨な敵意と悪意を向けてくる血統貴族の多くをそうやってあしらってきた。そして、二人に一度でも苦渋を飲まされた者の九分九厘は、その後彼らに直接絡まず、せいぜい見かける度に "不幸の風が吹きますように……" と内心密かに願を掛ける程度である。

 

 残りの一厘、ジョヴィエルを除いて。

 

 そう、あの愛くるしい瞳の小柄な太っちょだけは、どれだけ土をつけられようと何度でも立ち上がったのだ。見かけによらず胆力(ガッツ)がある。

 

 また実力的にも拮抗(きっこう)していた。ジョヴィエルの生家、ハリンマメット家は先見の明があり、早くから霊機兵に目をつけ投資を惜しまず、今も国産機の素体開発で主体を務める。その長男たるジョヴィエルは幼少より調律のいろはを叩きこまれた。

 

 一方、アンシェクの家は代々ハリンマメット家に家臣として仕えていたが、彼の祖父が立てた瞠目すべき武功ならびに長年の忠義と献身を鑑み、ハリンマメット家が領地の一部を譲渡し貴族に叙された経緯を持つ(なので彼の生家、アウパーカ家は血統貴族ではなく新興貴族に分類される。昨今ではその言葉は "金に物を言わせ領地を得た者" という文脈で多用されるが、本来はこういった出自を指した)。以降もアウパーカ家は武人として変わらぬ忠誠をハリンマメット家に捧げており、なのでとぼけた風に見えてアンシェクもまた、幼い頃から使役士として徹底的に鍛えられている。

 

 つまり、実戦経験こそないものの、ジョヴィエルとアンシェクもまた、優秀な調律士と使役士の二人隊なのだ。

 

 そしてスピットらとジョヴィエルらの繰り広げる "決闘" では、その都度異なる適度な制限が加わり、()()()()()もあることから、最終的にちょうどいい具合に実力が釣り合い、一進一退を繰り返したのである。

 

 で、そうこうやってる内になんだか色々と有耶無耶になり、今ではこうして互いに何でも言い合える、ある意味で "昵懇(じっこん)の仲" に着地したのだった。

 

「へっ、いいぜジョヴィ! 表んでな! 今日こそてめーの可愛いお目々で泣きべそかかせてやらあ!」

 

「ぷ、ぷじゃけるなぁああ! 言わせておけばぁあああ! 貴様こそ、今日こそはその長耳ひっ掴んで泣きを入れるまで引きずり回してやるぅううううう!」

 

 売り言葉に買い言葉で絶叫するジョヴィエル。にしても声が大きい。さすがは叫鼠族だ。

 

 このやり取りを見知った者らはまたかと呆れ顔で、入学間もない新入生たちはなんだなんだと遠巻きに成り行きを見守っている。

 

 西食堂が一瞬、しいんと静まった。

 

 

 

「へえ、面白えじゃねえか。◆◆◆◆◆◆◆極大爆笑だ」

 

 

 

 その静寂を無遠慮に破いた男が一人。

 

「「へ?」」

 

 オニクス・カイオウディ。獣人種亜狼族の壮年。霊機兵科の非常勤教官。今日この後の演習を受け持つ。

 

 狼族の中ではやや小柄な方らしいが、それでも獣人種全般ではかなりの上背。アンシェクとそう大差ない。しかも軍籍だけあって筋骨隆々、黒皮の教官服の上からでも知れるほど力強くかつ無駄のない肢体をしている。

 

 そんな人目につく屈強な男(タフ・ガイ)が、いつの間にか互いの体臭すら嗅ぎ取れるほどすぐそばで、ニタニタと、楽しそうにスピットとジョヴィエルを眺めていた。

 

 オニクスが親しげに二人の肩に手を置く。

 

「ン? どうしたんだ? いいよ、続けて」

 

「いや、その……」

 

「お前らのことは聞いてるよ。くっだらねえことでしょっちゅう霊機兵持ち出しドンパチやってんだってな? はは、いいじゃねぇか。▲▲▲▲▲▲▲いいね」

 

 口調も仕草も友好的で、顔すら一応は笑っているものの……その黄金(こがね)色の目は違う。

 

 凍てついている。何もかもが固く閉ざされている。しかしそれでいて激しく動的なのだ。まるで雪嵐吹き荒ぶ冬山の如く。

 

「よし。じゃあお前ら今日、本気でやってみろ。殺し合いをやってみろ」

 

 にたにたにたにたにたにたにた。

 

 オニクスはずっと――(わら)っていた。

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