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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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20/83

結晶少女 19

「かぁ~、まったく! 毎度のことながらやってらんねぇな!」

 

 スピットは苛立たしげに食堂の椅子に腰掛け、ダンッと地団駄を踏む。

 

 ようやく朝の基礎訓練が終わり、今はこうして朝食の配膳待ちだった。

 

「む? どうしたのだスピット」

 

「どうしたもこうしたもあるもんか。あのオニクスのクソ野郎、腹が立つったらありゃしねえ」

 

「そうなのか」

 

「……お前はいいねぇ。あんだけ無茶なしごきをくらっても、ケロッとして……やっぱそういうとこに実戦経験の有無がでんのかねぇ……」

 

「むぅ……それは関係ないと思うぞ」

 

 クリーヴに従軍経験があるのは周知の事実である。

 

 スピットもクリーヴも、ここグランレーファ総合霊術学院での身分は "奨学生"。奨学生は学費の免除と引き換えに、志望専攻に応じた一芸特化型の試験を突破せねばならず、二人はそれぞれ調律・使役専攻で合格(パス)した経歴を持つ。

 

 スピットは平民の家の出ながらも父親は優れた調律士。諸般の事情で一時は使役士に転向しかけたものの、幼い頃からの修練で相応の実力を(つちか)っており、合格は妥当な結果だった。ここ数年で振り返るだけでも、調律専攻ではスピットと似た境遇の奨学生が多数採用されている。言い換えれば、調律専攻は奨学生の受け皿として上手く機能していた。

 

 それに引き換え、使役専攻では制度設立時から途切れなく奨学生を募集していたものの、長年閑古鳥が鳴く有様だった。と言うのも、そもそも霊機兵は旧世代かつ中古ですら都市部の家一軒と同程度の高額がつき、平民に中々手の届く代物(しろもの)ではない。そのため、普通は平民かつ奨学生を志願する年齢で霊機兵の使役経験などあるはずがなく、それを前提とした試験の突破など夢のまた夢だ。貴族の子弟ならそうした金銭的問題と無縁で、幼少から家の霊機兵で使役訓練を受ける者もいるが、そもそも彼らは奨学生に志願しない(奨学制度は貧しい平民のために存在する、という認識だ)。だから使役専攻では開設以来、奨学生の受け入れは皆無だったのである。

 

 そんな中、初の合格者となったクリーヴは入学当初から良くも悪くも目立ち、何より人の口に戸は立てられず、(せき)を切るように話が広まったのだ。

 

 あの龍人種には従軍経験があるらしい、と。

 

「で? 実際のとこどーなのよ、クリーヴ。やっぱ実戦を知ってる身からすれば、あの程度の訓練なんてことねーの」

 

「むぅ、どうだろうな……そもそも実戦と訓練は似て非なるものだ。関連づけが難しい」

 

「そういうもんかねえ……にしてもアイツもアイツでよくあんな無茶を続けられんよな~」

 

「オニクス教官殿のことか?」

 

「たりめーだろ。オレぁてっきり、去年の内にアイツが首になると思ってたもん……それが、なぁ?」

 

 意外なことに、保護者からのオニクスの評判は悪くない。いや、悪くない、とまで言い切ると語弊があるが、とにかくそういう向きがある。

 

 昨年の赤の月、スピットやクリーヴの入学と共に着任したのがオニクス・カイオウディだ。オニクスは学院では立場上、非常勤教官だが、その実は王国軍からの派遣であり、今でも正式な身分は軍籍である。なんでもスレネティ戦争での顕著な戦績が評価され招聘(しょうへい)されたとか、有力者に取り入って滑り込んだとか……真偽のほどは定かでない。案外その両方、というのが妥当な線かもしれない。

 

 着任当初からオニクスは好き放題の乱暴狼藉を働いていた。その被害をまとめれば数冊の本を上梓(じょうし)できるだろう、と(うそぶ)く者すらいる。輪をかけて悪いことにオニクスは真の意味で男女平等主義者だった。女子だろうと容赦なく多様性(ヴァラエティ)に富んだ罵詈雑言を浴びせ、鍛錬の名の下に実に悪辣かつ過酷な課題を出す。中には肉体的・精神的な抑圧(ストレス)で見る見る内にやつれる者もいた(たくましいことに節食(ダイエット)の効果だと言い張っていたが)。

 

 勿論そんな横暴がいつまでも手放しでまかり通るはずもない。ましてやオニクスは武勲を立てたとはいえ、身分としては今も昔も平民。かたや、名門グランレーファ学院に在籍する学生の大半は貴族の子弟、その過半数は誇り(プライド)高い血統貴族なのだ。どうなるかなど火を見るより明らかである。弾劾は時間の問題かに思われた。

 

 事実、時間の問題だった。その年の夏の長期休暇が始まる前、さる家柄の貴族が、それはもう見るからに一触即発の不穏さで学院を訪れ、オニクスとの面会を強く希望したのである。その貴族は学院に通う学生の父親で、やんごとなき血筋もさることながら、軍内でも相当な有力者と知られていた。

 

 オニクス、万事休す……誰もがそう信じてやまなかった。事前に噂で来訪を聞きつけた者なぞ、わざわざ名水で名高い魚人種の国、アネディオーシャ都市同盟から特級の米酒(べいしゅ)を取り寄せ、前祝いで乱痴気騒ぎを繰り広げたくらいである。

 

 だが。

 

 話し合いが始まって半刻ばかし経った頃、そういった者たちに冷や水をぶっかける結末が訪れた。

 

 まずそのさる家柄の貴族、名門貴族。人目も(はばか)らず号泣、泣き腫らしている。その手はまるで幾千もの死線を共に潜り抜けた戦友を見送るようにしっかりとオニクスの肩を掴み、ブルブルと震えている。そして熱き吐息を漏らし言うのだ。『愚息をどうか、宜しく頼む……!』と。またオニクスもその時ばかりはいつものニタニタ顔を引っ込め、傍目には真剣そのもの。嗄れ声がいい感じに厳粛(シリアス)な塩梅で『お任せください、閣下……』など(のたま)ってる。

 

 その光景を目にしてあんぐりと、開いた口が塞がらなくなったのはその貴族の一人息子で、目敏(めざと)くそれを見つけたオニクスが本人にだけ見えるようニンマリと浮かべた笑みは、長年に渡り彼を苦しめる心的外傷(トラウマ)になったとか。

 

 その後も似たようなことは多々あったが、結果は概して同じ。どういう訳か皆、オニクスが口八丁手八丁で丸め込む……否、丸め込むどころか、妙に良い評判を勝ち取るのである。毎回、毎回。

 

 その過程(プロセス)は徹頭徹尾が謎で、ある者は強力な後ろ盾に守られてるのではと(まこと)しやかに囁き、今ではグランレーファ学院六大怪奇譚として語り継がれている。

 

 ()にも(かく)にも、オニクス・カイオウディとはそのような怪人物だった。

 

「本当に、なんなんだろうな……ありゃあ」

 

「肯定的に捉えればあれが教官殿なりの人徳ではないか」

 

「人徳ぅ? おいおい馬鹿言うなよ、アイツにんなもん欠片ほども備わってるはずねーだろ」

 

「む。ではお前はどう思うのだ」

 

「いや俺もきっちり説明できる訳ではねえけどよ……まあでも、あれだな。あれ」

 

「あれというと?」

 

「これも一つの時代の流れ……アイツが権謀術数(けんぼうじゅっすう)に異常に()けてるってのもあるだろうが、それに加え貴族サマの方が年々弱っちくなっちまってんのさ……隠し切れねえほどにな」

 

 くっくっく、とスピットは邪悪にほくそ笑む。

 

「そうなのか」

 

「ああきっとそうさ。そもそも前の戦争、ちゃんと活躍できた貴族がどれだけいた? ファウス副学院長みてえな嘘みてえな例外は除くとして、それ以外はどうだったよ?」

 

「むぅ。それは……」

 

「実際に手柄を立てた奴の大半は、オニクスみてえな平民だろ? 大抵はその上前を貴族に()ねられたんだろうが」

 

「確かに平民出身者で活躍した者も多かったな。特に使役士では」

 

「だろ? まあこれに関しちゃ第二世代霊機兵が本格的に実戦投入されたのが大きいんだろうさ。戦術が日々激変したっつーんだから、下手に古い戦作法に雁字搦(がんじがら)めになってる奴より、まっさらで一から覚えた奴の方が有利だったんだろ」

 

「……そうだな。そういう一面も確かにあった」

 

「ただ大事な結論は変わらねー。平民が活躍したんだ、貴族サマと同じかそれ以上にな」

 

「む。だがそうした平民のいくらかはその後きちんと手柄を認められ、領地を買って貴族となったぞ」

 

「馬鹿、そういう新興貴族の話はいいんだよ。元が平民なんだからここでも平民で扱う……オレの言いたいのはだな、そういう話もそうだし、俺らみてーな平民がこうしてグランレーファ学院に籍を置けてるのもそう。今や "英雄の時代" は完全に終わりで……次は伝統だけを売りにしてきた古~い貴族サマがたにご退場願う番っつーことよ」

 

 声を潜めての会話だったが、さすがにこれはマズかったかもしれない。

 

 まだ朝早い時間(ゆえ)に広い食卓(テーブル)には空きが目立ったが、それでもその端、ちょうどスピットの対角線上に座る少年が、キッと鋭く睨みつけてきた。……ただこの少年、残念なことに腹立たしいほど愛くるしい(つぶ)らな瞳の持ち主で、どうにも迫力に欠ける。

 

 ()()()()なのもあって、スピットはまるで臆せず、むしろ「へへん」と()まし顔だ。

 

「駄目ですよー、スピットさん。そういう危ない話は」

 

 そこに一人、はつらつとした声の少女が割り込んだ。グランレーファ家紋の刺繍が這入った学院指定の給仕服。クリクリとした大きな目の下にそばかすを浮かべた少女。額には紅水晶(ローズ・クォーツ)の魂石が(きら)めき、一般にそれは霊機兵の使役と無縁な人生を意味する。すぐ横には大皿に盛られた料理を載せる手押し車(カート)を控え、菜箸と皿を手にてきぱきと配膳を進めた。

 

「やあ、パーシィ! 今日も可愛いねえ」

 

「はいはいどうもー、いつもいつもすみませんねー」

 

「いやいやいや、これは偽らざる俺の本心だよ、ホントホント……ところでどう? 今度の第五日、ギャランに観劇でも行かない?」

 

「あはは、ありがとうございます。でも私には勿体ないので他の子を誘ってあげてくださいねー」

 

 柳に風よろしくで流され、わざとらしく肩を(すく)めるスピット。

 

 手強い。流石は "鉄壁のパーシィ" の異名を取るだけはある。

 

 この獣人種袋鼠(たいそ)族の少女、パーシィ・ケインゴルは、とびきりの美人……という訳ではないが、なんかこう、野に咲く名もなき一輪の花的ないじらしさがあって、実は結構人気高い。だが同時に、守り(ガード)が硬いことでも知られ、中には『あれではまるで難攻不落の要塞だよ!』と評する者がいるくらいだ(ちなみにスピットである)。

 

 だからスピットとしても別段本気で誘ったのでなく、彼なりの哲学に基づく一種の挨拶程度だったが、それだけにこの後の展開には度肝(どぎも)を抜かれた。

 

「……おはよう、パーシィ」

 

 目の前の龍人種の様子が、何やらおかしい。

 

 傍から見ればなんてことない些細な違いだが、入学以来の付き合いのスピットには、その違いが克明に映る。

 

 まず眼。赤い眼。潤む一歩手前だ。明らかにそこには何か特別な "熱" を帯びている。その熱につられてか頬も上気している……気がする。古龍族特有の灰色の肌が、血の赤みをほんのり透かしていた。

 

 そんなあからさまな眼差しで見詰めるのはただ一点。パーシィ・ケインゴルだ。

 

 クリーヴはその一挙手一投足を穴が開きそうなほど真摯(しんし)に見詰めている。

 

(おいおい、まさか……!)

 

「おはようございます、クリーヴさん……っ」

 

 しかもパーシィもパーシィで満更でもなさそうだ。そんな眼で見詰められて困る、でもでもぉ……みたいな微妙な空気を発している。傍目にはわざとらしくてちょっとイラッとするくらいだった。

 

「そ、そういえば、板長がまた新作に取り掛かるみたいですよ! クリーヴさんにも試して貰いたい、って言ってました!」

 

「む……そうか……。それはありがたい……是非、馳走にあずかろう」

 

「はい、いつでもいらしてくださいね! ……それじゃあクリーヴさん、()()後で」

 

 一つ結いのくすんだ桃色(ダスティ・ピンク)の髪が揺れて遠ざかるのを見届けるや否や、スピットはすぐさまクリーヴに詰め寄った。

 

「おいおいおいおい! 一体全体どうなってんだ⁉」

 

「どうなってるも何もこういうことだ」

 

「いつの間にお前……しかも相手はあのパーシィか! やるじゃねえか、このこのぉ!」

 

「ああ、俺も最初はただただ驚き戸惑うのみだったぞ」

 

 そう言いつつクリーヴはどこか誇らしげだ。その赤い眼は未だパーシィの後ろ姿をしっかり追っている。

 

「そうかぁ……やっぱりそうだったかあ。昨日は色々ごちゃごちゃ言っちまったけどよ、お前はもうとっくに次の一歩を踏み出してたんだなぁ……俺ぁうれしいよ。……でも、そうならそうと言ってくれよな。水臭いぜ」

 

「こういう関係になったのは最近でな。つい言いそびれていたのだ」

 

「へぇ、なるほどねえ……で、先に仕掛けたのはどっちよ、ええ? とっとと吐いて楽になっちまえ」

 

「先に仕掛けるも何も、こればかりは俺からどうこうできるものではあるまい。無論、パーシィからしてくれてることだ」

 

「言うねえ! よ、色男!」

 

「そう、パーシィだ……まったく、最近の俺は彼女に対し敬愛の精神を抱かずにいられない。"ユリアの導き" の信徒たちはユリアとやらに対し、きっとこういう思いを抱いてるのだろうな……俺にもようやく信仰というものが分かり始めてきたのかもしれない」

 

「ん?」

 

「しかも見ろ、今日の献立なぞリスティーヌ(はまぐり)の典雅焼き……大当たりだ」

 

 話が見えなくなってきた。

 

 何言ってんのコイツ。スピットの目が自然、胡乱(うろん)げになる。

 

「なんだまだわからないか。ほら見てみろ」

 

 言ってクリーヴはスピットの皿を指さす。そこには魅惑的に照り返す大振りの蛤が二つ、貝殻ごと惜しげもなく綺麗に盛りつけられている。

 

 続けてクリーヴは自分の皿をなんだか腹が立つくらい得意げな顔で示した。別段変わらない。同じ献立だ。貝殻に収まった蛤がじゅうじゅうと音を立てながら……いや、()()()()()()()。スピットは自分の皿を見返して確信を得た。

 

 クリーヴの皿に盛られた蛤がひとつ多い。

 

「パーシィ……彼女は最近、いつも俺におまけしてくれるのだ……」

 

 まるで恋する乙女のように恍惚とした表情でクリーヴは水平に(てのひら)を交差させる。

 

 ダメだこりゃ。

 

 スピットは切なげに溜息を漏らした。

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