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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
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結晶少女 01

 第一部 無限の断絶

 

 

 

 第一話 結晶少女

 

 

 

 銀色の甲冑に身を包んだ騎士が倒れていた。

 

 騎士……いや違う。にしては身体が大きすぎる。

 

 おおよその目測だが、成人男性二人ないし三人にも及ぶ全長だ。

 

 そして甲冑……これも違う。ただのそれにしてはあまりにも華美が過ぎる。

 

 まるで銀色の肌を持つ乙女が横たわったような滑らかな曲線。表面には刺繍を思わせる精緻な模様が走り、よく見れば意匠の一部には継ぎ目や溶接跡が巧みに流用されていた。製作者の趣味・こだわりへの遺憾ない発揮が窺える。

 

 ――動きが。

 

 かの者に動きがあった。ピクリ、と。筋肉の反射的な収縮。生物的な応答。

 

 ややあって、動きが連鎖的に続いた。

 

 首、手、背中、上半身……そこで止まる。

 

 止められた、と言った方が妥当かもしれない。

 

 落盤でもあったのか、下半身が岩や(いびつ)に捻じ曲がった木、その他諸々に覆われ、簡単には抜け出せそうにない。

 

 かの者は百合の花弁を思わせる全面型(フルフェイス)の兜を背に向け、己の置かれた状況を理解した。

 

 直後、その身体から力が……いや、それ以上の "何か" が抜ける。抜け落ちる。

 

 慣性のまま、上半身が地面へ突っ伏した。

 

 先と同様、なだらかな曲線を描く銀の背がさらされると……突如その背中が、()()()()()()()()

 

 正中線に沿って一筋の線がスッと浮かび、そこを中心に体内から体外へと、両開きの扉のように鎧の背部が二手に分かれる。

 

 直後、中から弾丸のように飛び出したのは……少年。横たわったままの銀色の体躯――()()()に比べれば二回り以上小さく、入れ子人形の大小を比する差だ。

 

 少年は灰色の肌と白い髪に赤い瞳を持ち、頬や首元、手の甲には硬そうな紫紺の鱗が。腕と足の一部は甲殻に覆われ、鋭い爪と強靭な尾を有する。

 

 龍人種。龍人種の少年だ。

 

 名をクリーヴ・エインシェドラグという。

 

「――!」

 

 クリーヴは飛び出した勢いのまま近くの岩陰に飛び込み、手にした刺突剣(レイピア)を構えた。

 

 随分と妙な剣だ。剣身は無骨で実直、まるで寸法をえらく間違えた釘のような明快さで、(つか)も同様、実用性だけを重視した造りに対し、その間の(つば)ときたら……何故か、拳にすっぽり収まる程度の宝石を埋め込んでいる。

 

 場違いな服装で筋違いの会合に出席したような異物感――。

 

「……っ」

 

 クリーヴは辺りを警戒しつつ、静かに岩陰から出た。

 

 張り詰めた緊張感、無駄のない動き。

 

 ……ややあって納得したように頷き、あらためて辺りを見回す。

 

 一部の()()を除き、ほぼ暗闇だ。

 

 例外。それは横たわる銀の抜け殻を中心としたごく狭い範囲。

 

(……俺はあそこから落ちたのか)

 

 見上げると高く遠くに穴が見えた。この時期特有の赤みを帯びた月光がそこから這入り、まるで光量を絞った舞台照明(スポットライト)のように、()()()()()()()()()()()()()抜け殻を薄く照らしている。

 

(……よく助かったものだ)

 

 クリーヴは暗闇の中、抜け殻へ目を移した。

 

(霊機兵もよく持ち堪えた……流石にかなりの損傷だが、先ほどの感じでは少なくとも神経系と霊子回路に支障はない。あとは下半身部の筋肉と骨格の損傷具合だが……それは瓦礫をどけてみんとわからんな。ともあれ、頑丈に調律してくれたスピットに感謝だ……む)

 

 ふと思い当たった。

 

 スピット。スピット・ラピラービ。

 

 獣人種、茶兎(ちゃうさぎ)族の少年。

 

(……あいつは無事だろうか)

 

 無事でなければ困る。困ってしまう。

 

 でなければ……自分が()()()()()()意味がない。

 

(……ともかく。スピットの安否を確かめるためにも、己の身を守るためにも、まずはこの場を切り抜けなければな)

 

 クリーヴは手にした刺突剣を上から下に、軽く一振りした。

 

 すると鍔に埋め込まれた宝石が白く発光し、剣先にぽぉっと、小さな光の球が浮き上がる。

 

 暗闇にいくらか見通しがついた。

 

 どうやらここは長い年月を経て形成された地下空洞と思われる。

 

 四方にも上下にも広く、クリーヴの灯した小さな光球ではとても奥まで照らせぬが、それでもゴツゴツとした岩壁や天井の一部が辛うじて視認できた。

 

(……まずは霊機兵を開放して

 

『おい』

 

 ――唐突に、声が。

 

 怒りを嚙み潰したような、感情を押し殺したような……底冷えのする声。

 

 そんな声が、はっきり聞こえた。

 

 クリーヴは即座にその場を飛び退き、再度岩陰に隠れ警戒する。

 

(誰かが既に潜んでいた……? 人の気配……いや、それどころか動物や魔物の気配すらないよう思えたが……)

 

 だが現にこうして話しかけられた。

 

 何者かがこの地下空洞にいる。そう認識を改めねばならない。

 

(……どこだ。どこにいる……?)

 

 敵か、味方か、はたまたそれ以外か……現時点での判断材料は皆無に等しく、打てる手は限られていた。

 

(……せめて霊機兵が満足に使えれば)

 

『どこを見ておる……そうではない、上じゃ』

 

(上……⁉)

 

 クリーヴは岩陰から素早く離れ、剣先で光球を上空に差し向ける。

 

 そこには。

 

 透き通った、無色の結晶。

 

 気が遠くなるほど悠久の時を経て、成長したのであろう巨大な結晶群。

 

 その()に。

 

『………………。』

 

 少女がいた。

 

 少女。

 

 白い肌、黒い髪、蒼い瞳。

 

 ――尾と体毛がなく獣人種ではない。

 

 ――翼腕(よくわん)もなく鳥人種でもない。

 

 ――甲殻がなく虫人種ではない。

 

 ――鱗や(ひれ)もなく魚人種でもない。

 

 必然……これら四大人種の特徴を広く兼ね備えた龍人種でもありえない。

 

 この蒼の大地、ファンタズマブルに存在する()()()()()()()()()()()()()()のに……それでも何故か "人" としかいいようのない少女。

 

 その少女が。

 

 言った。

 

 結晶の中、桜色の薄い唇を動かすことなく、瞬き一つすることもなく……蒼い瞳でクリーヴに語りかけた。

 

『……よくも我が眠りを妨げてくれたのう』

 

 ひどく機嫌が悪そうだった。

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