結晶少女 17
「ちんたら走ってんじゃねえぞ! 蛆虫ども!」
「てめえらはジジイの▲▲▲▲▲▲▲からひり出された××××かっ⁉ それともその年でもう▼▼▼▼が故障か⁉ ハッハア、そいつぁご愁傷様!」
「おいおいそんな足腰で■■■■を●●●●するってかぁ⁉ へっ、笑わせるやがる! ◆◆◆◆◆◆◆極大爆笑だ! そんなんじゃ、よぼよぼのババアだって退屈で干乾びておっ死んじまうよ! クク、ククク、クククグワァハッハッハ!」
まー、聞くに堪えない暴言が飛び交っていた。ぶ厚い弾幕の如く飛び交っていた。
ある者は恥辱と屈辱で唇を噛み締め、またある者は憤怒と殺意に身を滾らせる。多くは入学して間もない新入生だ。彼らはまだこれに慣れていない。
「オゥ、オゥ、オゥウウウウ! なんだぁ貴様、またゲロかぁ⁉ ……ククク、コイツぁ傑作だ! ゲロがゲロを吐いてやがる! てめえいつの間に、どこの誰に●●●●されやがった⁉ 身重の身体はさぞ辛かろぅ! グゥワァハッハッハッ!」
実に楽しそうである。ニタニタと嗤いながら制服と似た意匠の衣服に身を包む大男はオニクス・カイオウディ。灰褐色に斑な黒模様の体毛を持つ獣人種亜狼族の壮年で、ここグランレーファ総合霊術学院の霊機兵科で非常勤教官を務めていた。
繰り返しになるが、実に楽しそうである。虫食いのように欠けた耳をピンと立て、先ほどからひっきりなしにガラガラの嗄れ声で遠吠えの如く囃し立てていた。
新入生と比べれば上級生はこなれたもので、夢うつつで右から左に聞き流す者もいれば、ただ黙々と己の為すべきことに注力する者、中には『今日の煽りはイマイチだな』などと謎の採点に勤しむ者もいる。
彼らは皆一様に、霊機兵科に所属する学生だ。ちなみに少数ながら女子もいる。古くは戦場に女子供が立ち入るなどあり得ぬことだったが、近代に這入って潮流が変わり、こと調律士や使役士においては性別・年齢の壁も何の其の、純粋に霊機兵を "上手く" 運用できる者が重用される時代となった。なので今ではブレヴディルにも先のスレネティ戦争で戦果を挙げ、立身出世を果たした女傑などが少数存在する。
話を戻し、では学生諸君らがこんな朝っぱら何をしてるかと言うと、所謂体力作り、基礎訓練。具体的には走り込み、筋力鍛錬、その他諸々だ。もう少し露骨な言葉を選ぶと、心身の修練を名目に掲げた "しごき" とも言える。
時代の変遷につれ、グランレーファ学院では軍学校的性質を持つ軍事教育部門の設立・併合に至った。そこに属する学生には、一般教養や専門科目の座学に加え、実戦を想定した演習やこのような基礎訓練が履修過程に含まれる(ちなみに出欠確認が訓練の最初と最後にあるため、不正は難しい)。
なので霊機兵科の調律・使役専攻に在籍する件の二人も当然参加しており、スピットなぞは毎度うんざりしながら寝惚け眼で重い頭と身体を働かせていた。
『……おい、龍の小童』
「む?」
黙々と走っていたクリーヴの耳に……否、思考に、少女の声が這入り込んだ。
<白鋼>を降りて以来、少女はその都度仮初の肉体を顕現させ直接語り掛けてきたので、この思考に響く声は一昨日以来だった。
『ああ、これは昨晩、急ごしらえで経路を作ったのじゃ。死骸人形に乗っとる時でなくともできるようにのう』
「なんのためにだ?」
『おぬしに世迷言を言わせぬためと決まっておろう……! 仮初の肉体を出せぬ時でもな……!』
世迷言……? ああ、もしかして昨日のスピットとのやり取りのことだろうか。
この少女、結構根に持つ類らしい。
姿形が見えないのにクリーヴの目には何故か、白い額に青筋をくっきり立てた少女の顔がありありと浮かんだ。
「むぅ、そうか……で、用はなんなのだ? 何かあって話しかけたのだろう」
『ああそうじゃ、それじゃそれ……あの狼の小童、ありゃなんじゃ』
狼の小童。多分、オニクスのことだろう。彼はもう三十路のはずだが、この年寄り臭い少女からすればそれでもまだまだ子供扱いらしい。
「何と訊かれてもな……あの通り、教官殿だ」
『そうじゃなくてじゃな! この学院の教員は皆、あんな感じなのか?』
「む。皆と言われると……そうだな、オニクス教官殿のような方はあまりおられないな」
『ちゅーか、なんであんな横暴がまかり通ってるのじゃ?』
「教官殿は王国軍から派遣された軍人だからな。それに先の戦争でも活躍した勇士として名を馳せ――」
「くぅおぅらぁ! そこの蛆虫! 何をぶつぶつ言っとるかぁ!」
「はっ、申し訳ございませんオニクス教官殿!」
「貴様のような◆◆◆◆◆◆◆野郎は外回り追加だ! 行ってこい!」
「はっ、了解です!」
クリーヴは走路を外れ、学院の外へ向かい走り出す。随分と従順な態度だ。
少女は訝しむように声色を落とす。
『……妙に聞き分けがよいのう』
「む。俺も軍隊暮らしが長かったからな」
クリーヴはあっけらかんと返した。
今日もいい天気ですね、くらいの気軽さだった。