結晶少女 16
キィンと鳴った甲高い音で目を覚ますと、クリーヴは寝台そばの補助机、その上に置かれた蝋燭の火を消した。音は蝋燭が溶け、途中に打ち込まれた釘が皿に落ちて鳴ったものである。季節や天候で燃焼時間がブレるため精度にいくらか問題があるが、それでも安価や簡易性から、このような蝋燭時計はファンタズマブルで広く用いられていた。
「ん……目覚めおったか」
起き抜けのクリーヴに少女が声を掛ける。見れば昨晩と変わらず読書に勤しんでいた。
「あれからずっと読んでたのか」
「うむ。儂に睡眠は必須でないからのう」
「便利なものだな」
「にしても随分早起きじゃな。まだ夜が明けたばかりじゃぞ」
「いつもこの時間だ」
それが習慣だった。今では蝋燭時計の誤差まで加味した上で適切な位置に釘を打ち、毎朝この時間に起床できている。
クリーヴは神妙な面持ちで水平に掌を交差し、果物籠から木苺をいくつか摘まんだ。
「……それだけでよいのか?」
既に少女も昨日一日でクリーヴ・エインシェドラグの生態を……食事にかける並々ならぬ意気込みを知っている。彼にしては随分あっさりした食事だなと、不思議に思った(それでもやはり目を瞑りよく噛んで味わっていたが)。
「ああ、これでいい」
クリーヴはそう応え、てきぱき支度を始める。
遠慮も躊躇いもなく亜麻布の寝間着を脱ぎ捨てるクリーヴに少女はギョッと蒼い眼を見開いた。そして深く嘆息し、頭痛でもするように額に手を遣って目を逸らす。
……文句は言うまい。この龍人種にそういった心遣いを期しても無駄だと既に学習済みである。
「よ、読ませて貰った本じゃがな……中々に面白かったぞ」
なんとはなしに気まずくなった少女は『そんなの全然気にしてないよ!』とばかりに平静を装うとし、なんと自分からわざわざクリーヴに話しかけた。残念ながら全然装えてない。それでも少女はその事実に気づけぬまま先を続ける。
「ちゃ、着々と文明が進歩しとるな……特に "開かれた死霊術"。三〇〇年近く要したとは言え、それでも宗教的圧力・弾圧に屈せず学理が学理として認められたのは大きな進歩じゃ……とは言えそれが結果として霊機兵開発に繋がる一因となり、戦争が次なる局面に進んでしまったのは残念じゃが……しかしそれはそれで詮無きことか。世の常よな」
「む。すごいな。たった一晩でそこまで読み進めたのか」
「ふふん。舐めるなよ、龍の小童。この程度、造作もない」
「ほう」
「これなら講義にも期待できそうじゃ……基礎学術的な面から応用展開に至るまで、儂が厳しく評価してやろう」
そう、少女にとって確かにそれは楽しみの一つだった。やはり本だけでは物足りぬ部分もある。獣人種を主とするブレヴディル王国が最高学術機関の一つ、ここグランレーファ総合霊術学院の講義なら、自分を楽しませてくれるに違いない。
少女は一晩読み耽っている内に、そんな期待を胸に抱いていた。
「よし、では行くか」
「うむ……ってなんじゃその恰好?」
これまで目にしたクリーヴの衣類は二つ。黒皮の詰襟制服、先ほど脱ぎ捨てた亜麻布の寝間着、それだけだ。
だが、今クリーヴが着ているのはどちらでもない。
麻で織られた半袖の上衣、丈の短い下衣。
何やら妙に動きやすそうな恰好だ。とてもこれから勉学に励む姿とは思えない。
「なにと言われてもな……この通り、ただの訓練服だが」
「はあ?」