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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
15/83

結晶少女 14

「まったくおぬしときたら……おぬしときたら! 阿呆(あほう)じゃないかの⁉ あああ、阿呆じゃないかのう⁉ くぬ! くぬ、くぬ!」

 

 げし、げしぃ! 今や魂石(こんせき)から完全に出て、何の不自由なく全身を顕現させた少女がクリーヴを容赦なく足蹴にする。

 

 言うまでもなくあの結晶少女……いや、今となっては "元"・結晶少女か?

 

 目は下向き三角、歯はギザギザ、<火吹蜥蜴>(ひふきとかげ)のように大口から火を吐き出さんばかり。

 

 怒ってる。怒りに怒り狂ってる。どうやら感情的になると声が震える(タイプ)らしい。

 

「いたい。やめろ。やめてくれ」

 

「いーや、やめん! 誰がやめてやるものか! 反省せい! 猛省せい! くぬくぬ!」

 

 しばらくの間、見るに堪えない折檻(せっかん)が続いた。

 

「……むぅ。気は済んだか」

 

「くぅ……まったく、ケロッとしおってからに……! おぬし、本当にわかったのか⁉」

 

「ああ、わかった。少なくともお前は、俺の性欲とは一切関係がない。それに」

 

 幻想でもない――クリーヴがきっぱり言い切ると、少女はまだぶつくさ文句を零しつつも、ペタペタと素足で歩いて椅子を取り、そこに勢いよく腰掛けた。

 

 ちなみにここは一人部屋。椅子は一つしかない。仕方なしにクリーヴは寝台(ベッド)に腰掛けた。ついでにそろそろ暗くなってきたので油灯(オイル・ランプ)の風防を取り、霊術で点火する。光を司る白属性霊術でも明かりは確保できるが、長時間の発光は霊子を(いた)く消耗する。なので、夜間にはこういった油灯がよく使われた。

 

「おい」

 

「なんじゃ……⁉」

 

「せめて名前くらい教えてくれないか」

 

「名など……ない! とうの昔に捨てたわ!」

 

「むぅ……」

 

 取りつく島もない。あの地下空洞で出会った時から変わらぬ秘密主義。

 

 てごわい。

 

(いったいどうしたものか……)

 

 クリーヴは腕を組み黙考した。

 

 状況を整理するとこうである。まず、この少女、自分の魂具……より正確に言えば、その(つば)に埋め込まれた魂石に()()()()()()()……らしい。

 

 言うなれば、結晶少女から魂石少女へ転職(ジョブ・チェンジ)した……らしい。

 

 普段は魂石に潜むが、出ようと思えばこうして仮初(かりそめ)の肉体を顕現させ、実体化できるとか。

 

 なんだそりゃ、というのがクリーヴの正直な感想だった。

 

「いいかおぬし、せいぜい(わし)に感謝せいよ?」

 

 少女は足と腕を組み、"ふんす!" と鼻息荒く尊大な態度である。

 

「あの時……助力を約束し実行に移した瞬間、儂はおぬしへの影響をどうにか最小限まで押さえ込んだ」

 

「ああ。さっき医務室でも言ってたな。夕食になり尻切れ蜻蛉(トンボ)になってたが」

 

「そのおかげでおぬしは、今すぐにとはいかんが、少し時間があればまた()()()()()……言うなれば今は仮契約、といった状態じゃ」

 

「それでお前は今、その仮契約とやらを解くために色々としてくれてる、ということか?」

 

「そうじゃ。こうして仮初の肉体で顕現しとる今も、本体はおぬしの魂石の中で少しずつ解除に取り掛かっておる……だというのに! だというのに、おぬしときたら……! あああ、あのような世迷言を……!」

 

 思い出し笑いならぬ思い出し "怒り" とでも言うべきか、少女がまたわなわなと震えだした。

 

 ちなみに彼女が纏う服は結晶に封じられていた時と同じく、尼僧の法衣(ローブ)に似た例のアレである。白を基調とし、ところどころに朱の線が引かれた衣服。どういう訳かこちらから見て左の襟が前で、法衣とは逆だ。靴や靴下は履いておらず、剥き出しの素足が晒されている。

 

 白い御足(おみあし)が腹立ち紛れにその辺のものを蹴る寸前、クリーヴは "ふぅむ" と思案顔を見せた。

 

「その仮契約とやらが解除された時、お前はどうなるのだ?」

 

「それは……」

 

 少女が目を逸らす。

 

「おぬしが元に……儂に憑かれる前の状態に戻るのじゃ。儂とて同じよ。元に戻る」

 

「それはまたあの地下空洞に……結晶に戻るということか」

 

「………。」

 

 しばし眉を(ひそ)め、無言の首肯。

 

 それでいいのか――とは訊かなかった。以前にも同様のことは訊いている。あの地下で、暗闇で、ただ一人結晶に封じられる……少女はそれを贖罪と言っていた。

 

 自分で自分に課した罰だと。

 

 (かたく)なな態度だった。誰に言われようとも曲げぬ決心。そのようなものを感じた。

 

 ならばそれは……口を挟めることではない。

 

「そうか……であれば俺はこの限られた仮契約期間、お前に最大限礼を尽くすとしよう」

 

「は、はあ? 何言っとるのじゃ突然」

 

「お前こそ何を言ってるのだ。どう考えてもそれが必然だろう。お前の言う通り、俺はお前に命を救われた。俺が今日、朝昼夕と変わりなく食事にありつけたのも、友と何気ない会話を交わせたのも、すべてお前のおかげだ」

 

「あれを何気ない会話というのもどうかと思うがのう……」

 

「言われるまでもなく、お前には感謝している。最上級の感謝を捧げている。本当に世話になった、ありがとう」

 

「よ、よせい。そんなあらたまって」

 

「だから俺にはその恩に報いる義理がある。できることなら何でもしよう。気兼ねなく言ってくれ」

 

「そんなこと突然言われてものう……さっきは物の弾みで感謝せいと言ったものの、助力を決めたのはあくまで儂じゃ。おぬしがそこまで気負うこともあるまいて……気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「それでは俺の気が済まん」

 

 受けた恩には必ず報いよ。それもまた "古龍の里" の教えだった。

 

「そうかのぅ……うーむ、では……そうじゃな。時間のある時に一度、王都ギャラン、じゃったかの? ともかくこの近隣で一番栄えとる都市に連れて行っとくれ」

 

「わかった。なら今週末の休日、そうしよう……しかし、そんなことでいいのか?」

 

「うむ。こうなった以上、今の文明の【レヴェル】を直接見て知っておきたいからのう。幸いにもここは学び舎。ある程度はここだけで充分じゃと思うが、やはり実物も見ておかんとの……」

 

「れーべう……なんだ? なんと言った?」

 

「ああ気にするでない、ただの独り言よ……それより龍の小童(こわっぱ)、暇じゃ。この辺の本、適当に読ませて貰うぞ」

 

 クリーヴの返事を待たずして、少女は棚から一冊取り出しパラパラとめくる。そして本の途中、半分くらいの場所から真剣に読み始めた。

 

 あれは応用霊術学の参考書。あんなのを読んで面白いかとクリーヴは(いぶか)しむが……しかし存外、楽しんでいる。少女は時に片眉を上げ時に疑わしそうに目を細めつつも、基本的にはふむふむ頷き興味深げだ。

 

「むぅ……」

 

 であれば邪魔をするのは悪い。

 

 クリーヴは寝台から腰を上げ、押し入れ(クローゼット)を開き翌日の準備を始めた。

 

「あの【プロトタイプ・ワプムス】……【クオリティ】的には出来損ないもいいとこじゃがやはり気にかかる……何故あのような者が今この時代に現れたか……残りの時間を使って調べねばならん……偶然ならばよいのじゃが……」

 

 油灯の淡く暖かみを帯びた光が、少女の横顔に陰影を作っていた。

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