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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
13/83

結晶少女 12

阿呆(あほう)! どーしてそーいう大事なことをもっと早く言わん⁉』

 

「それを言われると辛い。すまなかった」

 

 クリーヴはきゃんきゃん吠える結晶少女に素直に詫びた。

 

 本当のとこを言うと、残弾数を伝えようと思ったら少女に制され先を促されたのだったが……今さら蒸し返しても仕方あるまい。考えねばならぬ問題は別にある。

 

「お前の方で新たに霊石を作るとかはできないのか?」

 

『今からではどうにもならん……おぬしと死骸人形への介入で力を使い切ってしまった……おぬしらにはいくらでも干渉できるが、逆におぬしら以外には手がだせん』

 

「むぅ……」

 

『こうなったら最後の一撃、何が何でも命中させよ――』

 

 まるでその一言を引き金としたかのようだった。

 

「なに……⁉」

 

 肉人形に急激な変化が生じる。人で言う腰から臀部(でんぶ)が伸長し、さらにその先から()()()()()()()()()()

 

 上半身が人に近く、下半身は獣の四肢。

 

 半人半獣。そのような形態に変異しようとしていた。

 

「!」

 

 むざむざとそれを見過ごすクリーヴではない。速攻を仕掛けた。残り一発の霊石砲は易々と使えない。まずは下半身を蒼気の騎槍(ランス)で突き、回復の隙にとどめの一撃を放つ。そう意図した攻め。

 

 だが……()()退()()()()()()()

 

 既に変異は終わっていた。肉人形は獣の俊敏さを得ている。

 

「ちぃっ!」

 

 速い。四つ足を得た肉人形は縦横無尽に駆け回り、襲い掛かってきた。両腕を無数の触手に変え、嵐のような鞭さばきで攻めたと思いきや、反撃を試みた次の瞬間に離脱している。

 

『いけそうか、龍の小童(こわっぱ)……?』

 

「ついていけない速度ではない……今はお前の助力で相当に応答性が上がってるからな……しかし、そこからさらに霊石砲をあの晶球に命中させるとなると……」

 

 厳しい。それが正直な感想だった。

 

 だがやらねばならない。でなければこちらがヤツの手に掛かるまで。

 

 殺すか、殺されるか。月並みな言葉だがそれがすべてだった。

 

「ひとつ訊いておきたいことがある」

 

『なんじゃ』

 

「俺はあの場所に落ちてから……どれくらいの時間、気を失っていた?」

 

 あの場所。この地下空洞で最初にクリーヴが目覚めた地点。おそらくは最初に接敵した谷のほぼ真下である。

 

『妙なことを訊くのう……せいぜい四半刻……いや、その半分もなかったのでないか? 落ちて割とすぐに目が覚めとったぞ』

 

「感謝する」

 

 すぐに目が覚めた、か……確かにそれは腹の具合とも一致する。

 

 そして自分はその後、再び敵と遭遇し、より良い地の利と条件を求め、ここまで……この広い地下空洞のかなり上までやってきたのだ。

 

 クリーヴは我武者羅(がむしゃら)に逃げ回っていた訳ではない。最初に倒れていた場所と現在地の位置関係を常に把握して動いていた。

 

 その上で。

 

 初期地点があの谷の真下、かつ時間がまだそれほど経ってないのなら――

 

「よし」

 

『どこへ行くのじゃ?』

 

「より可能性の高い場所……地の利を得やすい場所だ」

 

 クリーヴは肉人形の猛攻を騎槍で打ち払い、隙をついてさらに上の階層へ移る。

 

 上下にも四方にも広い地下空洞だったが、ここまでくれば地上は目と鼻の先のはずだ。

 

 天井は岩で覆われ、周囲は真っ暗だが、元々<白鋼>に組み込まれていた魔物の目はこのような暗所でも一定の性能を発揮する。また、結晶少女が弄った右眼はより露骨で、どうやら光量とは別の原理で像を結ぶらしい。暗中でもはっきり敵の姿を捉えられた。

 

『勝負にでるか』

 

「ああ」

 

 クリーヴが立ち止まり騎槍を構えた。すると肉人形も静止し、両者がしばし対峙する。

 

 重い静寂。ちりちりと肌を焼くような緊張感……。

 

 ゆらりゆらりと陽炎のように揺らめく触手が、待ちきれぬよう今か今かと頃合いを見計らっていた。

 

『きたぞ!』

 

 先に動いたのは肉人形。蝶の羽ばたきを思わせるように触手を広げ、<白鋼>を包囲する。

 

 (かわ)しきれない――敵の意図を察したクリーヴは覚悟を決めた。

 

 被弾を前提とした覚悟。<白鋼>は真っすぐ敵を目指し駆け出す。

 

 前だけに意識を集中。蒼き騎槍で前方から迫る触手にのみ対処する。突き、払い、濁流のような黒き触手の中をひたすら走り進んだ。

 

 無論、ただでは済まない。横から打たれた触手で板金加工の装甲が弾け飛ぶ。さらに追撃。皮膜が破られ、筋肉が(えぐ)られ、薄っすらと骨が覗いた。人の血に似た鮮紅色の衝撃吸収材が飛び散る。

 

(だがいい……! これならまだ持つ……!)

 

 究極のところ、クリーヴの思考は常に単純だ。立ちはだかる敵を貫く、討つ、それで完結する。

 

 今もそうだった。肩部や大腿部に負傷を負ったが、この程度なら目的は果たせる。

 

 敵はもう――すぐそこなのだから。

 

『ゆけいっ!』

 

 蒼の光を纏う騎槍で獣の下半身を狙い飛び掛かる。

 

 だが、

 

『跳んだ⁉』

 

 読まれた。肉人形はその場で高く跳躍し、騎槍を避ける。

 

「いや……()()()()()!」

 

 先のは陽動(フェイント)(くう)を貫く騎槍は極まった舞踊さながら俊敏かつ滑らかに軌道を変え、ただ一点を狙い定められる。

 

「これなら逃げられまいっ」

 

 宙を跳んだ獣。地から離れた肉人形。

 

 敵には獣の四肢はあっても鳥の翼はない。

 

 今や頭部の赤と橙で彩られた晶球は天高く放られた林檎も同じ。

 

 後はそれを……大道芸の如く貫くだけ!

 

「っ!」

 

 騎槍に左手を添え、霊石砲を発射! 光の奔流が生じる! どこまでも長く、鋭く、膨大に溢れ出る蒼き燐光!

 

 蒼気は寸分の狂いなく、クリーヴの狙った "位置" を貫いた。

 

『なんじゃと……⁉』

 

 そう、"位置" は、だ。間違いなく、意図通りに、指一本の狂いさえなく、貫いている。

 

 しかし、それでも――()()()――というより、()()()()

 

 肉人形。人を模したその上半身。落下中の今この瞬間もめきめきと音を立て()()()()()()

 

 意図的に素描(デッサン)を狂せた絵の如く。

 

 首が天地を逆さに捻じ曲がって沈み込み、代わりに頭のあった部分には右肩が引きつったよう寄せ上がる。

 

 蒼気が突き刺したのはその右肩。そこを貫き、さらに進み、岩天井をも裂く。隙間から夜空に浮かぶ赤い月が見えた。光はさらに先へ先へと伸び続け、地上では突如として蒼き光の柱が浮かんだよう見えただろう。

 

 その光の柱も……やがて消える。霊石が消費され、消失する。

 

『逃げよ!』

 

 既にクリーヴは回避行動を取っていた。だが……敵の方が早い。触手で<白鋼>の足を絡め取った。そのまま下半身・腰・首と纏わりつき、動きを封じる。辛うじて手だけはまだ動かせたが、霊石の尽きたこの状況、できることは皆無である。

 

 肉人形は……(わら)っていた。小刻みに、ぶるぶると肉を震わせ……嗤っていた。

 

 びちびちと、肉が細かくぶつかる音が響く。声を伴わぬことが一層、気味の悪さに拍車をかけていた。

 

「……こうなるとはな」

 

『おい諦めるな、龍の小童!』

 

「む。俺は諦めてないぞ」

 

『そうじゃ! おぬし、生きるのじゃろう! 生き残りたいのじゃろう⁉』

 

「無論だ」

 

『じゃったら――!』

 

「しかし、こうなってはこちらから打てる手はない」

 

 肉人形が触手を()り、<白鋼>の胸部装甲を一枚一枚、器用に剥く。

 

 魔物の本能、だろうか。皮膜を破り、筋肉を裂き……その先で使役するクリーヴを察している。

 

 場所が場所だけに、早鐘を打つような鼓動さえ遠くから聞こえた。

 

『そんな……! そんなことを、言うでない……っ!』

 

 早鐘……?

 

「だが事実だ。それは受け入れねばならない」

 

 鼓動……?

 

『しかし!』

 

 いや違う、これは――

 

()()()()()()()()()()()()()

 

『は……?』

 

 ――馬の蹄鉄(ていてつ)音! それもただの馬ではない!

 

「どうやらその甲斐あったようだ」

 

 超重量級の馬! ()()と苦楽を共にしたクリーヴなら音だけで思い浮かぶあの大きく扁平な顔!

 

 そこに(またが)る獣人種茶兎(ちゃうさぎ)族の少年!

 

「よし」

 

 赤い月と夜空が覗く岩天井の裂け目から、<白鋼>目掛け何かが落とされた。

 

 クリーヴはろくすっぽ確かめようとせず、十全の確信で手を伸ばす。

 

 掴んだ。即座に騎槍に()()

 

 それは霊石。

 

 クリーヴにとってあまりに自明なこと。腹が減れば飯が旨い……それくらい自明の理。

 

「その命、貰い受ける」

 

<白鋼>は零距離で霊石砲を放った。

 

 肉人形の晶球が――粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

「お前どうかしてるヨ……」

 

 すべてを終え、<白鋼>が地上へ這い出ると、スピットが憔悴(しょうすい)しきった顔で零した。

 

 疲労困憊ここに極まれり、という様相である。

 

 無理もない。あれからずっとうーに(またが)り、忘れられた森を死に物狂いで駆け回ったのだから。

 

 クリーヴを探して。

 

「やめろよナ……自分がされたらヤなこと躊躇(ためら)いもなく人におしつけんノ……」

 

「うむ、すまなかった」

 

 スピットとの合流。クリーヴは(はな)からそれを目的としていた。

 

 二人は魔物狩りに(おもむ)く際、相応の装備と物資を準備し、うーの牽引する四輪荷馬車(ワゴン)に載せる。

 

 互いに離れ離れとなったあの状況。無事であれば必ず、この友人は何か手を打ってくれているとクリーヴは信じた。そして調律士のスピットにとって<白鋼>は我が子同然。様々な制約の下で霊石砲の装弾数を決めたのは彼だったし、あの戦闘で何発撃ったかも把握していたはず。

 

 ならば。補充の霊石と共に、自分を探し回っていてもおかしくはない。ましてや肉人形は己と共に地下へ落下していた。その事実はスピットの生存を肯定し、助力(アシスト)が得られる可能性はさらに増す。クリーヴはそこまで考慮し、交戦の場を逐次変えたのだ。

 

 よりスピットと合流できる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を求め。

 

 極めつけはあの霊石砲……岩天井を裂き、蒼き光の柱を放った霊石砲。あれは攻めの一手であると同時に、万一に備えたスピットへの伝達(メッセージ)でもあった。

 

 俺はここにいるぞ、と。

 

「む。それはそうとスピット」

 

「……あんだよ」

 

「さっき気づいたのだが、お前は俺に対し礼を失していると思うぞ」

 

「また訳のわかんねーこと言いやがって……」

 

 ぶるひひひーん。

 

 夜空に向かい、うーが高く遠く(いなな)いた。

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