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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
12/83

結晶少女 11

 奇妙な感覚だった。まるで己の身体に第六の感覚が芽生えたような……違和感。

 

『どうじゃ調子は』

 

 悪くない。どころかむしろ……()()に近い。

 

 特に右脚。神経系が死んだと思われたあの右脚……()()()()()

 

 否、()()()()だ。もはやこれは肉体の模倣ではない。感覚的に肉体そのものだ。

 

 調律とは究極的に、霊機兵と使役士が霊子的にも肉体的にも完全に同一(アイデンティカル)を目指す仕事である。例えるならそれは、偉人の雄姿を作品として残す行為に近い。真に優れた絵画や彫刻は、対象の外観のみならず魂すら写実する。

 

 スピットは若輩なれど優秀な調律士だ。その腕は確かで、彼と組んだ当初、クリーヴは調律一つでここまで変わるかと驚いた記憶がある。

 

 だが今回の驚きは……それ以上だった。

 

『ふふん、そうじゃろそうじゃろ』

 

 結晶少女の声。これまでと比べものにならぬほど鮮明に聞こえる。まるで吐息すら感じるほど耳元で語られるかのようだ。

 

『とはいえこれは、この死骸人形を作った者の手柄じゃな。(わし)のしたことはただ神経を繋ぎ直し、その上で【センシティヴィティ】と【レスポンシヴネス】を向上させるべく、おぬしの側に儂という【バッファ】兼【コンヴァータ】を挟んで、【シグナル】が【セルフコンシステント】となるよう適時【パータベイション】を挟んで調整しとるだけ――』

 

「……何を言ってるかさっぱりわからん。標準語で頼む」

 

『あーもお! じゃから! 要するに元からこの死骸人形自体良くできとって、儂はそこに少し細工しただけということじゃ! ……で、上手くいったようじゃから、次はこれを全身に適用するぞ』

 

「む――?」

 

 話は飲み込めぬが、自分の身に起きたことはすぐに理解できた。

 

 先の右脚の感覚。模倣どころか肉体そのものとしか思えなかった感覚。

 

 あれが一瞬にして、全身に広がった。

 

「これは……」

 

『おい龍の小童(こわっぱ)、またうねうねが飛んで来とるぞ』

 

「!」

 

 眼前に黒き触手が迫る。即座に跳んだ。速い。応答性が格段に上がっている。あまりに速すぎて、これまで培ってきた使役士としての感覚(センス)に急遽修正が必要だった。

 

 筋肉と骨格が完全でないのが悔やまれる。それらに損傷がなければ、より凄まじい機動を取れただろうに。

 

『短時間で大きい部位の修復は無理じゃな』

 

「だがこれでも普段より格段に動ける。なるほどわかったぞ、この機動性を武器にアレと戦うのだな」

 

阿呆(あほう)、違うわい』

 

 梯子(はしご)を外されたような気分になるがそれを表に出すクリーヴではない。飛んできた触手を騎槍(ランス)状の霊石砲で打ち払い、岩壁を蹴って場を変えた。

 

『言ったであろう、あれはおぬしらの(ことわり)の外にある……そういう存在じゃと。たとえどれだけ速かろうが力強かろうが、そんなの関係せぬわ』

 

「む。ならどうすればいいのだ」

 

外法(げほう)には外法……それを古龍族のおぬしにするのは皮肉じゃがのう』

 

 なんのことだ。そう問おうとしたが――できない。

 

「ぐっ⁉」

 

 右眼に一瞬、切りつけられたような、締めつけられたような……そんな痛みが走った。

 

『そうじゃ、目を閉じるな……。痛みはすぐ消える……そして見よ、敵を』

 

「敵……?」

 

 確かに痛みはすぐ治まり、クリーヴは少女の言葉に従う。

 

 だが特に変化はない。相変わらずうぞうぞと蠢く無形の闇。それ以外に思えない。

 

『もっとじゃ。もっと集中して敵を()めつけい。親の仇を見るかのように』

 

 なるほどそれはわかりやすい。懐かしさすら覚える例えだ。

 

 クリーヴは言われた通りにする。

 

「……なんだアレは?」

 

 眼に映る光景が、見える世界が変わった。

 

 まず感じたのは返す返すも違和感である。こう例えるとわかりやすい。眼鏡。片方の透鏡(レンズ)にだけ落書きでもされた眼鏡……あるいは万華鏡だろうか、一つではなく、二つの異なる万華鏡。それを一度に両目で見させられたような……違和感。

 

 左眼は変わらない。普通だった。普通に、あの蠢く闇が見える。

 

 違ったのは右眼。そこから得られる視覚情報。

 

 酷く不器用な大男が土を()ね成形し、最初から最後まで完全手作り(フル・ハンドメイド)で仕上げたような……霊機兵ほどもある巨大な泥人形。

 

 泥……いや違う、肉か? 肉。脂肪で少し光沢を帯びた……とにかく得体の知れない黒い肉。全然滑らかでなく、乱雑に(しわ)(たる)みがあり、スピットが見たら激怒して地団駄を踏みそうな……そんな造形。

 

 唯一わかりやすいのは頭部で、そこには赤と橙が絡みつくように交じり合った晶球がすっぽり収まっている。

 

 その晶球の下に、肉人形があるのだ。

 

 ――そう、"人形"。()()()()()()。何よりおぞましいのはその点で、その者は四肢を持ち、頭を有し、確かに人の形を取るのだ。

 

 皮肉なことに、それはある意味で結晶少女との相似であり対比でもあった。

 

 尾と体毛がなく、翼腕(よくわん)もなく、甲殻がなく、鱗や(ひれ)もない……なのに "人" としか思えない。それが少女に対し、目の前の肉人形は、まったく同じ記述にもかかわらず、"()" ()()()()()()()()……そんな結論を見る者に帰納させた。

 

「なんだ、アレは……?」

 

 クリーヴがもう一度、噛みしめるように問い直す。

 

 この間も黒き触手は飛び交い、右眼を介し新たに分かったのは、あれらは肉人形の体表から直接伸びているという事実。

 

『……現段階で確かなことは言えぬ』

 

 結晶少女が静かに語った。

 

『儂が知ってるモノとあれでは大きな違いがある。じゃが "影術" を使っているのは確実じゃ』

 

「影術……?」

 

『おぬしらの使う霊術は霊子を利用したものよな』

 

「ああ」

 

『あれはその逆……影孔(えいこう)を資源とし発現させておるのじゃ』

 

「なんだと……?」

 

 影孔。別名、(ゼロ)霊子。近代になり発見された微粒子である。

 

 端的に言えば影孔とは霊術で消費された霊子の残留分だ。元の霊子同様大気中を漂い、何より厄介なことに人を除くすべての生物を()()()()

 

 すなわちそう、魔物が生まれる根本的原因にして、かつ魔物にとっては存続に必要な唯一無二の(かて)

 

 あの蠢く闇……否、肉人形は、影孔(それ)を用いた術を発動させている。

 

 影術。

 

「そんなの、聞いたこともないぞ……?」

 

『そりゃそうじゃろ。とうの昔にファンタズマブルから消え去ったはずのものじゃ……ましてやあのような一個体単位で発動など』

 

「その影術とやら、どうすれば破れる。何か特定の霊術に弱いのか?」

 

『霊術では駄目じゃ。霊術は定められし世の(ことわり)に干渉し制御する(すべ)……どこまでもいってもその範疇から出ることは叶わん』

 

「ではどうすればいい……⁉」

 

 また触手を跳躍で躱した。このままでは(らち)が明かない。クリーヴは跳躍の度に少しずつ移動し、より戦闘に適した(フィールド)、自らに有利な条件(コンディション)を探す。結果としてそれは、地下空洞の上の階層を目指す動線になった。

 

『案ずるでない、ちゃんとそのための手立てを用意したわい……おい、今からその槍に干渉するから手放すでないぞ』

 

「む……⁉」

 

 一瞬クリーヴは自分の右手が伸びたと錯覚した。だが違う。そうではない。

 

 右手を、<白鋼>(しらはがね)の手を見遣る。そこに何か、燐光の如く薄く光る蒼色の(もや)のようなものが纏わりついていた。

  

 この靄、自分の身体のように動かせる。

 

『よし、上手くいったのう……そのまま槍を覆ってみせい』

 

「……こうか?」

 

 いくらか制限はあるが、確かに己の意志で動いた。

 

 言われた通り、すっぽりと騎槍を覆う。

 

『うむ、上出来じゃ』

 

「なんなのだこれは」

 

『今急ごしらえで作ったばかりのものじゃ。名前などありはせん』

 

「それでは不便だ。戦闘中に明確な言葉でやり取りできないのは困る」

 

『ならば……蒼気(そうき)、とでも名づけようかのう』

 

「蒼気、か……了解だ。それで? これで何ができるのだ」

 

『試しに攻撃してみい』

 

「む。わかった」

 

 今の過敏と言えるほど応答性の高い<白鋼>ならさして難しくない。

 

 クリーヴは迫りくる触手の間隙を潜り抜け、蒼気を纏った騎槍で……突く!

 

「ほう」

 

 手応えあり! 騎槍はクリーヴの左眼に映る蠢く闇を裂き、右眼に映る肉人形を貫いた!

 

 ここにきて初めて、単調だった肉人形の挙動に変化が現れる。今までは獲物をいたぶるようにじわじわと触手で(なぶ)るのみだったが、貫かれた途端、じたばたと暴れ出し、貫通痕を身体ごと無理やり引き千切って騎槍から逃れた。

  

「すごいではないか。こうもあっさりいくとは」

 

『ふふん。そうじゃろそうじゃろ』

 

「いったいなんだこの蒼気とは」

 

『根本的には霊術と変わらん、同様に霊子を資源にしとる。ただし、その使用方法が大きく異なるのじゃ。霊術はあくまで予め【ディザイン】された通りにしか霊子を使わんが、ここでは影術を直接【キャンセル】するよう霊子を【リディファイン】して――』

 

「……お前の話はちっともわからん」

 

『あーもういいわい。とにかく、蒼気ならあの木偶の坊を貫けるということじゃ……それより見よ』

 

「む?」

 

彼奴(きゃつ)め、再生しとるぞ』

 

 なるほど、少女の言う通りだった。先ほどクリーヴが貫き、そして肉人形が貫通痕ごと引き千切った傷跡は、断面からうぞうぞと細かい触手が這い出て、菌糸が結びつくように接着し……見る見る内に元通り。

 

「あの速度で回復か……厳しいな。一度の接触でどれだけ貫けばいいか……骨が折れそうだ」

 

『身体ではなく、頭のとこの球を攻撃してみたらどうじゃ』

 

「やってみよう」

 

 即座に行動に移す。だが駄目だった。純粋に硬い。蒼気を纏った切っ先は表層の闇こそ裂けるものの、その先の晶球は貫けず、弾かれる。

 

『ふふん、なるほどのう……おい、龍の小童。なら今度は霊石を使ってやってみい』

 

「霊石を使う……霊石砲のことか? 何属性でだ?」

 

『違う、霊術ではない。蒼気でやるのじゃ。既に儂の方でそうできるよう設定しておる。おぬしはただ、蒼気の形や指向性、勢いだけを意識し放てばよい』

 

「む。しかし――」

 

『あーもお! いいからとにかくやってみい! 行動あるのみじゃっ』

 

「わかった」

 

 クリーヴは咄嗟(とっさ)に、日頃好んで使う霊術を思い起こした。

 

 どこまでも長く、鋭く、ひたすらに伸びて貫く想像(イメージ)――。

 

「⁉」

 

 瞬間、凄まじい勢いで騎槍から蒼い光が……蒼気の奔流(ほんりゅう)が放たれた。まるで荒れ狂う洪水がただ一点に集約したような、怒涛の勢い。

 

『惜しい! 僅かに逸れたか!』

 

 剛の者が放った矢の如き蒼気は、手元の(かす)かな狂いにより外れる。だがそれでも、肉人形頭部の晶球を掠め、その一部を削り取った。

 

 途端、肉人形が狂ったように暴れ出す。

 

『ふふん、これなら勝てるな。龍の小童、次じゃ次』

 

「……まずいな」

 

『何言っとる? 明らかに流れはこちらじゃろうに。後は当てるだけじゃ』

 

「ああ、そうなのだが……」

 

『なんじゃ歯切れの悪い。(おのこ)ならはっきり申してみい』

 

「いいのか」

 

『構いはせん。なあに、この儂がついておるのじゃ。大抵のことはどうにでもなる。言うてみい』

 

「霊石が残り一つしかない」

 

『はあ?』

 

 物資の不足。

 

 それは唯一、結晶少女でもどうにもならないことだった。

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