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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
11/83

結晶少女 10

『……馬鹿な』

 

 蠢く闇が飛ばす触手を(かわ)したクリーヴの思考に、結晶少女の呟きが這入った。

 

『そんな馬鹿な……あれは……【プロトタイプ・ワプムス】? 何故あんなものが存在しておる……』

 

 声の調子から察するに、何やら驚いている。

 

 あれについて何か知ってるのだろうか?

 

「ぽたいぷわぷむ……なんだ⁉ なんと言った⁉」 

 

 まったく聞いたことのない言葉だ。聞き取り・発音すら覚束(おぼつか)ない。

 

「何か知ってるのか⁉」

 

『いや違う……にしては妙に不完全じゃが……しかし……』

 

 結晶少女はクリーヴの問いに耳を貸さず、茫然自失としている。

 

「くっ!」

 

 触手が複数、束になって<白鋼>(しらはがね)に振るわれた。

 

 騎槍(ランス)で受ける……が、耐え切れない。機体が後方へ弾き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。

 

 霊機兵と使役士は<操人触花>(そうじんしょっか)という魔物の特殊な神経で接続される。使役士は自身の思い描く動きを白属性霊術で電気刺激に変換し、<操人触花>の神経に伝達させることで、魔物の死骸を己の第二の肉体とするのだ。

 

 両者は痛覚の共有までせず、極論、霊機兵がどれだけ傷つこうと使役士は痛みを覚えない。しかし、機体に直接加えられた衝撃は話が別。内部に冷却も兼ねた衝撃吸収材を挟むとはいえ、それでも最終的には使役士に一定の被害(ダメージ)を与える。

 

 今のクリーヴがまさにその状態にあった。

 

『おい龍の小童(こわっぱ)!』

 

<白鋼>の巨体が壁に叩きつけられ、少女がふと我に返った。

 

 クリーヴは歯を食いしばり耐え、すぐさま次の機動に移る。

 

「む、なんだ……⁉」

 

『おぬしは古龍族……まさかと思うが……あれはおぬしの同族か⁉』

 

 はあ? あれが? 自分の同族?

 

 何を言ってるのだコイツは。

 

「そんな訳ないだろう……! どこをどう見てそう思った……⁉」

 

『そ、そうか……ならばよい……! では今、ファンタズマブルではあのような者らが跋扈(ばっこ)しておるのか⁉』

 

 それもそんなはずがない。だったら今頃、世は混乱の坩堝(るつぼ)だろう。スレネティ戦争の時より悲惨に違いない。

 

『なら自然発生か……? ありえぬことではないが……しかし確率的に……あまりにも……』

 

「ちぃっ!」

 

 何やらぶつぶつと呟く少女を余所(よそ)に、クリーヴは触手の間隙(かんげき)を潜り抜け、蠢く闇に飛び掛かった。

 

 ――騎槍で突く。

 

 しかし……切っ先は闇の表層で阻まれた。妙な手応えだ。硬くもなく、柔らかくもなく、まるで騎槍に働く力学だけが瞬時に消失したような違和感。

 

 だがこれは先の戦闘で既に学習済み。充分に予想していた。

 

 今のクリーヴの狙いは、

 

「! ! !」

 

 息を挟まぬ高速の乱れ突き。突く、突く、突く。人より質的にも量的にも遥かに優れた魔物の肉・骨・関節だからこそ成せる技。

 

 どこか守りの弱い点があるのでは?

 

 そう目論んでの一手だったが、

 

(駄目か……!)

 

 雲を掴むような手応えばかり。

 

 矛先を(ひるがえ)した触手の気配を察し、クリーヴは横へ跳んだ。

 

(どうしたらいい……? 霊石砲は残り二発……いや、そもそも何発あろうが通じぬのでは意味がない……どうすれば……?)

 

『……無駄じゃ』

 

 また少女の声が。奇しくも彼女は今、<白鋼>の着地点からちょうど上、クリーヴを見下ろす位置にいる。

 

 結晶の中から、蒼い眼差しを彼に向けていた。

 

『どうすることもできぬ……。あれはおぬしらの(ことわり)の外にある……そういう存在じゃ……おぬしにできることはない』

 

「やはり何か知ってるのか?」

 

『………。………………。………………………。』

 

 沈黙。それが少女の答え。問い詰めても無駄だろう。

 

「そうか」

 

 クリーヴは再び蠢く闇と対峙した。

 

 触手を避ける、打ち払う。頃合いを見計り、圧縮空気の刃を飛ばした。だがそれは霊石砲ではない。虎の子は温存し、使役士個人の通常霊術。威力は比べ物にならぬほど落ちるがそれで構わない。

 

 知りたかったのは敵の性質だ。

 

『……無駄じゃ』

 

 結晶少女が同じ言葉を繰り返す。

 

 その通りだった。圧縮空気の刃は、闇の表面で繊細な砂糖菓子のようにホロホロと崩れる。

 

「……!」

 

 壁を蹴り上空からさらに連撃を加えた。同様に個人水準(レヴェル)の霊術。水を司る青属性、高圧水流による射撃……駄目だ、水流は闇の表層で弾かれる。続けて光を司る白属性、電位差を利用した発雷……これも効かない。どういう仕組みか闇は雷を絶縁する。

 

『無駄と言っておろうに……黒属性でも一緒じゃぞ』

 

 確かにそうだった。重力場を司る黒属性霊術で敵の動きを抑えようとするも効果はない。闇は変わらず蠢き続ける。

 

 霊石砲を含めるとこれで全属性の霊術を試したことになるが……何一つとして通じない。

 

「ぐっ!」

 

 徐々に無理が祟りだした。僅かな隙を突き、触手が<白鋼>の脇腹を打つ。

 

 通常、霊機兵と魔物の戦いは一瞬で決着がつく。隠密にことを運び、奇襲の一撃で的確に急所を破壊する。それが標準的(スタンダード)な戦法だ。そのために可能な限り万全を期し臨む。でなければそれは蛮勇に劣る蛮行だ。

 

 忌憚(きたん)なく評すると、今のクリーヴはその蛮行に近い。

 

 霊石砲の残弾も尽きかけ、そもそも(はな)から霊機兵・使役士共に転落による負傷があった。勝算など望むべくもない。とはいえ撤退も厳しかった。転落時に負った下半身の損傷。あれが尾を引いている。こうして戦闘機動を取る今も、クリーヴは機体に極力負担を掛けぬよう細心の注意を払うが……いずれ限界を迎えるだろう。

 

 それでもクリーヴは立ち上がった。

 

 立ち上がり続けた。

 

『……もうよせ』

 

 何度目になるか知れぬほど壁に叩きつけられた後、少女は苦いものを噛み潰すように告げた。

 

「よせ、とは……なんのことだ? 何に対しそう言ってる?」

 

『決まっておろう…… "無駄な抵抗はよせ" ……ただそれだけよ』

 

「なるほどな。断る」

 

 また<白鋼>が蠢く闇に飛び掛かった。今度は属性を重ねた霊術を試行するらしい。複数の微弱な光が騎槍から発せられた。

 

『じゃから無駄と言っておろうに……っ!』

 

 やはり闇の表層に阻まれ効果はない。クリーヴはまたも触手で弾き飛ばされた。

 

 蠢く闇は獲物をいたぶり愉悦を覚えるのか、その気になればいつでも始末できるだろうに執拗に(なぶ)る。まるで夢のような玩具を手にしてはしゃぐ子供のように、純粋に、残酷に、残虐に。

 

 それでもクリーヴは立ち上がった。

 

 即座に次の行動に移った。

 

『いくら属性を組み合わせようが無駄じゃ……諦めよ』

 

「諦める? 何をだ」

 

『おぬし馬鹿なのか⁉』

 

「む。確かに友からもよくそう言われる……それで、何を諦めろというのだ?」

 

『だから無駄な抵抗だと言っておろう⁉』

 

「そうか。断る」

 

 次の行動も不発に終わる。今度は陽動(フェイント)を交え蠢く闇の背後を取るが……やはり変わらない。こちらの攻撃は一切通用しない。だというのに敵の攻めは容赦ない。ボロボロに朽ち果てた人形のようになりながら、またも<白鋼>が宙を飛んだ。

 

 それでもクリーヴは立ち上がった。

 

 立ち上がり続けた。

 

『頭がおかしいのか……⁉』

 

「それも友からよく言われる……よくよく考えると礼を失する奴だな。次会ったら文句を言おう」

 

『おぬしに次なぞあるものか……! 何故諦めない……⁉』

 

「諦めたらどうなるのだ? それで俺は "幸せ" になれるのか?」

 

『な―― "幸せ" ……⁉』

 

 結晶少女は話の転換に戸惑いを隠し切れない。

 

 クリーヴは滔々(とうとう)と続けた。

 

「そうだ、"幸せ" だ。俺はな、"幸せ" になりたいのだ。()()()()()()()()()。それは今のところ、俺の人生の唯一の目的といっても過言ではない」

 

 だがな――攻撃の手を緩めぬまま続ける。

 

「俺にはどうすれば "幸せ" になれるかがわからない。強いて言えば適切に腹を空かせた後、何かを食べるのがそうでないかと俺は睨んでるのだが……昔、恩人から聞いた話では違うらしい。それはそれで確かに "幸せ" の一つらしいが、世の中にはもっとすごい、本当の "幸せ" というものがあるらしい……難儀なことだな」

 

 また触手に打ち払われた。クリーヴは再度、結晶少女の下まで飛ばされる。

 

「むぅ……それで? どうなのだ。ここで抵抗を諦めれば、俺は "幸せ" になれるのか?」

 

『それは……』

 

「なれぬだろうな……それは "楽" にはなるだろうが "幸せ" ではない。俺でもわかる。"楽" と "幸せ" は違うのだ……なら答えは一意に定まる。諦めない」

 

<白鋼>が騎槍を杖代わりに立ち上がった。

 

「"幸せ" は諦めた者には決して訪れない……ここで諦め座して死を待つのは "幸せ" に背を向ける行為だ……俺はそんな行為、したくない」

  

 黒き触手が飛び交う。躱す……こともできない。同じ使役士、同じ霊機兵と思えぬ(つたな)い動き。もう、機体に限界が近づいていた。明らかに神経系に支障が出ている。

 

『おぬしは……』

 

 結晶少女は何かを躊躇っていた。

 

 それは極めて複雑に絡まりあった心理の糸。

 

 難解に定められた真理の意図。

 

『……おぬしは、生きたい、のか』

 

「生きたい。"幸せ" になりたい」

  

『たとえ何があってもか』

 

「たとえ何があってもだ」

 

『ここを切り抜けたところで……その先どうなるかわからん。だとしてもか』

 

「だとしてもだ。そもそもここを切り抜けなければ先にいけん」

 

 結晶少女は――

 

 

 

『く……くくく、はは、ははは! はははははははっ!』

 

 

 

 ――(わら)いだした。

 

 可笑(おか)しくて、可笑しくて、堪らない……そんな呵いだった。

 

「……何が面白い」

 

『おぬしの生き様が面白い。痛快じゃ』

 

「そうなのか」

 

『そうなのじゃ……おい龍の小童、(わし)はおぬしが気に入った。協力してやる』

 

「協力、だと……? 何をしてくれるのだ」

 

『力を授けてやる』

 

 ただし、じゃ――少女は言う。

 

『どうなるかはわからん。儂も悠久の時を過ごした身じゃが……こんな大それた真似を試みるのは初めてじゃ。繰り返しになるが、何が起きても不思議ではない……それでもやるか?』

 

「そうすれば俺は生き残れるのか?」

 

『わからん。おぬし次第じゃ……じゃが今よりは勝機がある』

  

「なら断る理由がない」

 

『その意気やよし』

 

 突然、辺り一面に眩い閃光が走った。眩く青い……否、()()()。少女の瞳と同じ色。

 

 光の(みなもと)は問うまでもない、少女を封じる結晶。

 

『龍の小童、まずはどうにかして儂のとこまで来い』

 

「わかった」

 

"何故" だの "どうして" だのはいちいち挟まない。

 

 既にこうして機体に多大な損傷が出ている今、打てる手はないのだ。

 

 なら少しでも可能性がある方向へ動く。それだけだった。

 

「くっ!」

 

 下半身……特に右脚部の神経系が逝ったらしい。もはやまともに歩行できない。盛大に転倒した。

 

 クリーヴは地べたを這いずる芋虫のように動くが、そこを見逃す蠢く闇ではない。

 

 滑らかな銀の背に向かい、矢の如く触手が飛んだ。

 

「ぐぁ!」

 

 即座に半身を(よじ)る。少しでも被弾面積を抑えるためだ。

 

 神経系や霊子回路の中枢が集積された要所は騎槍でどうにか直撃を逸らした。

 

 武器を離さぬまま、空いた手と残りの可動部で必死に岩壁を伝う。

 

 蒼き輝きを放つ結晶……少女を目指して。

 

 もう少しで手が届く――――――かに思えた瞬間、

 

「な……⁉」

 

 触手が結晶を……()()()()()()

 

 一度ではない。二度、三度、四度、五度、六度……数え切れぬほど、癇癪を起こしたように、何度も何度も触手で結晶を叩き、貫き、滅茶苦茶にする。

 

 少女の幼く薄い肢体が、これ以上ないほど徹底的に蹂躙された。

 

 結晶は――少女は、粉々に砕け散った。

 

『ふん……ちょうどいい』

 

 だが。

 

 少女の声は、なお変わらなかった。

 

『出る手間が省けたわい』

 

 見れば細かく砕け散った結晶の一つ一つに少女がいた。破片の数々は少女だった。

 

 結晶……? いや違う、これは……この高い透明性と鋭さ(エッジ)の効いた晶癖(しょうへき)面は……()()

 

 少女が、結晶が自壊する。さらに細かく、無数に……蒼い光の粒子となって。

 

 光の粒が、渦を巻いて<白鋼>を包み込んだ――!

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