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僕の住む街に口裂け女の噂がたったのは一九七九年の初夏以来となる。
発端はゴールデンウィーク前の小雨が降る火曜日、市内の選挙ポスターや看板広告が何者かに傷つけられる破損事件が起きたのだ。
破損させられた掲載物に共通するのは、候補者の写真や看板広告のキャラクターの顔面が鋭利な刃物のような物で傷つけられ、特に口周りを酷く傷つけられていた事だ。
地方都市である僕の街で起こった不可解な器物破損事件に、地元マスコミなどは事件を知らせる一報を掲載したのみで、事件の報道後模倣犯含め同じような事件は発生しなかった。
口裂け女にまつわる一連の事件が動き始めたのは雨が上がり、気持ち良い日差しが戻った金曜日より話は進んでいく事となる。
「一尺八寸君 調査の依頼が父より来ているの」
学級委員長である東城の澄んだ声が僕以外誰も居ない放課後の教室に響きわたった。
容姿端麗、眉目秀麗、氷肌玉骨。
彼女を形容するにはこのようないかにも美しい女性を形容する言葉が並ぶ。
磨き上げられた黒曜石みたいな輝きすら感じる黒髪。
吸い込まれるような感覚すら覚える澄んだ瞳。
恐ろしく整った顔立ち。
透き通るような白い肌。
細いながらも強調する所は強調された肢体。
一片の曇りすら感じさせない澄んだ瞳で彼女は僕を見つめていた。
僕は一人教室で東城を待っているうちに寝落ちしてしまっていたらしい。
外からは野球部の掛け声が遠くから聞こえ、西日が夜に向かう事を名残惜しそうに教室内を照らしていた。
調査の依頼と言うが、『要するに問題を解決して欲しい』という事件解決依頼も含んだ意味合いを持つ。
東城は僕の了承の返事を待たず話を進めた。
「今週初めに選挙ポスターや看板などを狙った器物破損事件が起きた事は知っているよね?」
「ネットニュースに載っていたのを流し見程度だけど読んだよ」
僕が例の器物破損事件を知っている事を確認した東城は話を進める。
「この事件発生からすぐ、市内にある噂が急速に広まっているの......」
「―口裂け女が現れたと ……」