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4/4

全4話の短編です

拙作「底抜け姫~魔力袋の底が抜けた姫は魔法世界でチートできるのか~」執筆中に書き溜めたネタから一篇

 アルトリーナが写っていた写真はいつのまにか、尖った耳と白目の少ない大きな瞳を持った皺くちゃのものに変わっていた。


「インプ?」


「淫婦? いや、インプ、ですか。いいえインプ族ではありません。彼らは蜥蜴のような顔立ちと牙を持ち、羽根があり、もっと小さいです。ゴブリン族の近縁種という説もありますが、まだ仮説です。

 彼女はヴァイエルフです。ヴァイエルフのケルトナ。キミがアルトリーナ王女と呼ぶ人物当人です」


「でも、顔が全然違う。こんな化け物じゃない」


「幻覚です」


「幻覚をかけたのか」


「逆です。幻覚を()()()のです」


 前のめりになっていた俺は、オークの言葉に背もたれに倒れ込む。


「この写真は特殊は魔法具で撮影したもので、被写体にかかった魔法も写し撮ることができるのです。そして、このように」


 オークの合図に合わせてインプの女が呪言を唱えるたびに写真はアルトリーナになったり、猿の婆になったりした。


「トリックだ! アルトリーナがこんな醜い猿なわけがない。俺は彼女を信じる!」


「これらの調書や証言は?」


「捏造だ」


「便利な言葉ですね。それはどんな主張であっても自分の信じたいものだけを信じることができる魔法の言葉です。しかし、それほどの手間をキミ一人のために掛けるのは、労力に見合わない無意味なことです」


「決まっている! 俺を殉教者にしないためだ!」


 そう言って革命の灯を消し去りたい帝国の策略を看過し、追及してやる。

 だが、思ったほどの感銘は与えられなかった。


「先生。なんか、すみません」


 何故かインプがオークに謝っている。


「いや、キミのせいじゃないよ。あー、シロガネ君。新聞は読んでいるかね?」


「読むわけないだろ。マス()ミなんて権力者の広報誌、読むだけ無駄だ」


 拘束されている間、新聞も雑誌も読む時間が与えられていたが、懐柔工作と考えほとんど手に取らなかった。


「そういう認識ですか。ですが帝国の支配に批判的な新聞社もあります。そうした紙面では、」


「必要ない。批判だけで血を流さない口だけ反対派なんか意味がない。必要なのは革命のために命を懸ける勇士だ!」


 オークはインプに小声で何か指示すると、インプは嫌な顔(それはもう毛のない猿の顔が皺くちゃに潰れるような)をしたが、そのまま出ていった。


「……キミの言う革命の勇士というのはキミの仲間のことかね?」


 そう言って、アルトリーナ王女他、何人かの仲間たち……その多くがハイエルフの美少女たち……の名を挙げていった。


「……彼女たちをどうした」


「全員捕縛され、裁判を待つ身だよ。そしてこれが彼女たちの供述調書だ。一人の例外もなく、自分たちは()に支配された性奴隷で、ご主人様であるシロガネハヤトの指示に従っただけだと主張している」


 アルトリーナ王女ケルトナの供述調書が目に入り、文章を目で追ったが、責任転嫁と俺に対する罵詈雑言に思わず目を背ける。


「供述調書は録音もしてある。聞いてみるかい?」


「……いい」


「良いのだね、わかった」


 遠慮したつもりの、“いい”を、同意と受け取った(天然か!)オークが、止める間もなく魔法具を操作する。

 すると、目の前に文章化されたものと同じ内容の言葉が、聞きなれた声で再生され始めた。


 初めての夜に恥ずかしそうにしていた彼女の声。

 ちょっとした冗句に、可愛らしく怒る声。

 甘い言葉で愛を囁く声。


 聞き慣れた、決して忘れることのない声で、俺に全ての罪を被せる言葉の数々。それを美しいアルトリーナが発している光景はどうしても想像ができなかった。

 そして俺の脳裏で、皺くちゃの猿と再生された声が重なっていく。


「……ああ、俺は、騙されていたのか」


 美少女ハイエルフに騙されることがどうしても想像できない。

 しかし醜い猿に騙され、初体験を奪われ、金儲けの道具にされたのならば、不思議と納得がいった。


 ガチャッ、と扉が開き誰かが入ってきたが、今の俺には何も見えていなかった。

 今も醜い猿が、俺を責め続ける声が聞こえる。しかし、それが不意に止まった。

 白く細い指が、魔法具に触れている。その指が醜い音を止めてくれたのだ。

 顔を上げると、美しい女性(ヒト)がいた。


 アルトリーナに少し似ているが、少女少女した姿ではなく、一人の女性としての自負を感じさせる意志の強さがその表情から知れた。


「……キミは?」


「カルナ。ケルトナの娘の一人よ。私の母が随分と迷惑をかけたわね」


 美しいハイエルフの女性の優しい言葉に、俺は泣き崩れた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……俺はアルトリーナに……ケルトナに騙されていたのか?」


「まあ……そうね。そう言えるでしょうね」


 カルナの言葉に、俺は肩を落とした。

 やがて落ち着いた俺は、カルナに促されるがまま、様々な調書に目を通していった。


 そして、オークの質問を代弁するカルナの問いにも素直に応じ、俺にも事態の全容が見えてきた。

 オークは腕組みをし、ただ静かにしていた。険しい表情を浮かべていたが、この時の俺は、それどころではなかった。


「つまり、この国のヴァイエルフの多くが帝国の支配を受け入れているということか?」


「もちろん諸手を上げて、という訳ではないわ。でも、男の家畜になることをヨシとしない女たちにとっては、かつてのヴァイエルフの社会より今の帝国の方が暮らしやすいのは確かよ。大体、1:19という異常な男女比では、人口の維持だって難しいでしょう? どうやってそれを維持していたと思う?」


 言われてみればそうだ。想像もつかない、と正直に答えるとカルナは、おこちゃまね、と嗤った。


「男の数が少ないが女は吐いて捨てるほどいる。だったら精を貰えばいいのよ。他種族から」


「え、それってどういう?」


「つまりヴァイエルフは、世界で一番混血の進んだ種族なの。魅了を含む幻覚魔法で異種族と性交し、その精を受けて種を存続させる。ある意味、自分の精を他種族のメスにばらまく、ゴブリンとは逆の生存戦略ね」


 純血性を何より尊ぶハイエルフの正体が、どの種族よりも混血の進んだ雑種、いやハイブリッドだったというのか。


 カルナとの会話を通して、ようやくこの世界のことが理解できた気がした。

 ここまでの会話はずっと俺とカルナで進められ、オークはずっと黙り込んでいた。


 そして、


「……カルナさん。もう結構です」


 オークの言葉によって、カルナは、ふぅ、と息を吐いて一歩下がった。

 それに小さく頷いてから、オークは俺にまっすぐに俺に向き直った。


「シロガネ君。今日ここに来た僕の目的は大体終わりました。そろそろお別れの時間です」


「あんたの目的っていったいなんだったんだ」


「初めに言ったとおり、被害者のためですよ。

 僕はゴブリン族のある女性の依頼で来ました。彼女はキミを見たことがあるそうです。理想に殉じ、自らの行いを正しいと信ずる勇者であるキミの姿をね。そしてハイエルフにいいように使われていると看過していました。

 だからこそ、彼女は僕に頼んだのです。キミに現実を教えてくれ、と。

 キミが自らの罪を悔やむことを彼女は願っていました。でも現実を知っても()()()()()に忠誠を誓い、勇者であり続けることを選ぶのなら、それでもいい、ともおっしゃっていました

 ただ、騙された道化のせいで自分の子供が殺された、ということだけは耐えられないと悲痛な声でおっしゃっていました」


 ゴブリンの子供……その事を思うと鉛を飲んだような気持になる。


「知らなかったんだ。騙されていて。でも、すまない」


「騙されていた、と?」


「ああ」


「誰に?」


「アルトリーナ、いや、ケルトナだっけか。あの猿にだよ。俺だってショックだよ。愛してるって言ってくれていたのに、初めての相手があんなのだったなんて」


「彼女は確かにキミに全ての罪を被せようとしていますが、それも彼女の処世術でしょう。誰だって命は惜しいし、彼女もまた主に支配された家畜の一人、被害者だったとは言えませんか?」


「そんなわけあるか! さっきの供述を聞いただろう。猿に相応しい醜い言い逃ればっかで」


「キミはアルトリーナ王女を愛していたのではないのですか?」


「俺が愛していたのはアルトリーナだ。ケルトナじゃない。騙していたのはアイツの方だ。俺は被害者だ。騙されてテロ行為の片棒を担がされただけだ。でもそれは間違っていたと解かったよ」


「随分と素直に過ちを認めるのですね。アルトリーナ王女の言葉を信じていたキミにそれを気づかせたのは」


 オークがチラリと背後を見る。それに合わせて俺も頷いた。


「ああ。カルナさん。彼女が俺に真実を教えてくれた」


「……なるほど。とてもよく判りました……カルナさん、ご苦労様。もう、解除していいですよ」


 すると美しいカルナの姿が滲んだかと思うと、その姿が変わっていく。


「お、お前は、インプ女!」


「インプじゃないですよ。先ほど先生が説明したでしょう」


「騙していたのか!」


「私がケルトナの娘であることは事実ですよ。ホント、あんなのから自分が生まれたと思うと、時々死にたくなりますよ」


「カルナさん。行いはともかく、生んでいただいたことを貶めるのは止めなさい」


 美しいハイエルフのカルナ改め、醜い猿みたいなインプ女は、オークの言葉に素直に口を噤む。

 そしてオークはいま一度俺に視線を合わせた。

 どこか気さくなオーク先生はそこに無く、どこまでも冷たい目が俺の瞳を射る。


「シロガネ君。美しいから正しい、醜いから間違っている。それがキミの正義なのですね」


「違う!」


 オークの言葉に俺は脊髄反射で反論した。しかし本当に?


「違うというのなら、なぜ君はアルトリーナ王女の真の姿を見てショックを受けたのですか?

 なぜ君は、幻術を使っていないカルナさんと、使ったカルナさんとでそんなにも態度が違うのですか?

 僕は、キミはヴァイエルフの犯罪者に騙された被害者だと思っていました。情状酌量の余地があるのではないかと考えていました。それを確認したかったのです」


 その言葉に俺は、助かるかもしれない、と希望を持ってオークを見た。しかしそこに期待したものは無く、オークの瞳は何処までも冷たく、一切の熱が感じられなかった。


「シロガネ君。僕の期待は裏切られたようです。キミは()()()()()()。そして()()()()()()

 ただ単に、キミの視野が狭く、自分の信じたいものだけを信じていたに過ぎない。

 キミには知性がある。教育も為されている。

 大人の肉体と幼児の精神を持ったゴブリンの赤ん坊とは違う。成熟した精神と知識がある。キミは異世界人でこの世界の知識は無くとも、十分に大人だ」


 そこまで言い切り、オークが息を吐く。

 違う。そう言いたかったが、上手く言葉にできない。


「美醜など種族が変われば、その評価も基準も変わるものです。同族でだって異なることは珍しくない。シロガネ君。キミは自分の価値観だけで美醜を判断し、美しいものが正義、醜いものが悪と決めつけている。

 確かに何も知らない異世界人であるキミを騙して利用したヴァイエルフの犯罪者集団は悪辣でした。でも、キミはこの世界の言葉が判るし、文字を読むこともできた。

 なぜ、新聞や雑誌など、仲間以外から情報を得ようとしなかったのです? 街中で世間話をするのでもいい、本屋に行くなり図書館に行くなりすることもできたでしょう。多くの意見を聞くことはできたはずです。

 少なくとも他人の命を奪うという重大な決断をするに当たって、自分で納得できる理由もなしにそれをすることはできない。それができるほどキミは壊れていないし、それを考える能力がキミにはある。だがキミはそれをしなかった!」


 オークは語気を強め、初めて俺を非難するような声を上げた。

 醜く、悪臭を放ち、牙を生やして、眼鏡をかけた先生と呼ばれるオークは、自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから、言葉を次いだ。


「シロガネ君。僕は一時の夢を見せるという意味で、性風俗業を否定する気はありません。売る側も買う側も、ごっこあそび(ロールプレイ)に興じているだけです。同じ理由でヴァイエルフの幻術も肯定しています。

 この都市の在り様だって、女性を家畜のように扱う悪習さえ是正され、娼婦たち自身が納得して行っているのなら娼館が並んでいても良いと思っています。幻術で一時の夢を見せてくれる夢の都。いいじゃないですか。

 でもその夢を現実と信じ込み、それに耽溺し、現実を蔑ろにしたなら、その先には破滅しかありません。それは売る側であっても、買う側であっても同じです」


 オーク先生は俺の学生証を取り出し、その名前を指さした。


「シロガネハヤト君。いいえ、**一郎君。

 異世界に来て美しい女性のために命を賭して醜く邪悪な帝国と戦った勇者さん」





















 夢は醒めましたか?


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