承
全4話の短編です
拙作「底抜け姫~魔力袋の底が抜けた姫は魔法世界でチートできるのか~」執筆中に書き溜めたネタから一篇
「いやはや、すさまじい魔力ですね。魔力封じをしてもこれとは」
オークの言葉にインプが何か呪言を唱えると、手錠の光が強くなり、それに合わせて俺から漏れ出す魔力が抑制されていく。
「なるほど、なるほど。キミがもし、キチンとした訓練を受け、適切な装備を手に入れたら、一個師団でも止めるのは難しそうですね。戦いを避けようとしたメルド師団長の慧眼は確かでしたね。ですが、少し安心しました」
怒りに伴う魔力放出を無理やり抑えられ、少し落ち着きを取り戻した俺は、オークの言葉を鼻で笑う。
「俺をこんな鎖で縛れると思うなよ、ブタ野郎」
しかし、そんな嘲りにもブタ顔は涼しい顔だ。
「ああ、いえ、違います。キミの魔力の話ではなく、キミの感性の話です」
「?」
「この街に娼館が多すぎるという点については同感です。それを異常と感じるキミの感性が正常だと知って安心した、という意味ですよ……えっと、ああ、ありがとう」
資料をゴソゴソしだしたオークに、インプがさっと書類を手渡した。
「えっと、ああ、ここですね。警察に登録、把握されているものだけですが、娼館はおおよそ1500軒ですね。娼婦の数は数千人は下らないでしょう。人口五万のこの都市でこの数は異常です」
「それも貴様ら醜いオークが、」
「1500軒の娼館の98%がキミの言うハイエルフが経営しているね」
「なに?」
「まあ、客の大半はオーク族やゴブリン族、これはほぼ人口比に比例しているようで、それ以外は帝国領内からこの国にやってくる観光客ですね」
「ほら見ろ」
買う奴がいるから泣く少女が増えるのだ。
「因みに、この資料にある娼館の大半は警察の許可を得たもので、そこで働く娼婦は全員、成人しているので少女は含まれていません」
「なに?」
「無論、汚職がゼロとは言いませんからキミの言うような未成年を働かせる不法行為があるかもしれませんが、少なくとも表立っては行われていないはずです。因みにエルフ族の肉体の成長は25歳でピークに達し、平均寿命は130歳。子供を産むことができる肉体的成熟と、自分を律することができる精神的成熟を勘案し、エルフ族はヒト族同様、16歳を成人年齢と帝国法では定めています。補足すると、帝国法では奴隷売買は死刑もある重罪です」
「……形だけの法律なんかどうだっていいんだよ! いま、この街で、娼婦をさせられている沢山の女の子達が苦しんでるんだぞ! 全部お前達、下半身でしかものを考えられない醜いオークどものせいだ!」
自分でも声に覇気がないことを自覚していたので、語尾を努めて強く言い放った。
「確かに、ヴァ、失敬。ハイエルフの娼婦を買う同族の者がいることは知っています。ただ、私の個人的な好みを言わせてもらうなら、エルフ族は小さすぎますし、何より性的魅力を感じません。
個々人の多種多様な性愛趣味ついては、理解があるつもりなので、あまり否定的なことは言いたくありません。ハイエルフとオーク族の異種性愛についても同様で、当人同士の合意があれば他人が口を出す筋合いの話ではないかと考えています」
「合意なんかないだろ! 幼気な少女たちをさらっていって娼婦として働かせるなんて、一方的な性的搾取じゃないか。でなかったら何を好き好んであんなに可愛い娘たちが、お前達みたいな醜いオークの相手をするものか!」
「それが彼女たちの仕事だからでしょう」
「彼女たちをそんな境遇に追いやったのは貴様ら侵略者だ!」
「ああ、それ。帝国はこの国を侵略していませんよ?」
「なんだと?」
「自分でもさっき言っていましたよね? 文書に調印した、と。今から35年前、当時のこの国の王エルフ王ヘーゲンダツの方から帝国に恭順を願い出たんですよ」
「それだってそうなるように貴様らが仕向けたんだろう」
「この国に進駐すると、民たちは帝国軍を歓喜をもって迎えたのですよ。そして、ヘーゲンダツ王の首を帝国軍に差し出したのです」
「えっ?」
「王国を売り飛ばした逆賊王を成敗した、なら、まあ是非はともかく心情は理解できます。しかし、それならば帝国に戦いを挑むはずでしょう? なのに自分たちの国王の首を差し出しながら帝国軍を歓迎する。当時の進駐軍の司令官も外交官も、頭を悩ませていましたよ。実はそこには僕もいて、その様子を見ていましたが、彼らの真意も心情も理解できませんでした。シロガネ君。ハイエルフの勇者であるキミには理解できるのですか?」
初めて聞く話に、俺は黙り込む。それにしても35年前? そんなに前の話だったのか……いや、エルフは長命なんだ。そのくらいは誤差の範囲なんだろう。あれ? じゃあ、アルトリーナ王女は、あの美少女ハイエルフはいま、いったい何歳なんだ?
「それはキミに対しても同じです。キミがこの世界に来てから一年経っていないと聞いています。なのに35年前の国家間の調印を理由にキミがテロ行為を行うその真意も心情もボクには解かりません」
「決まっている! 今も帝国が、いや貴様ら薄汚い淫欲に塗れたクソオークどもが、ハイエルフの少女たちを毒牙に掛け続けているからだろう。下半身でしかモノを考えられない淫欲豚が!」
「帝国軍がこの国に進駐した35年前からこの国はこうだったのですが……平行線ですね。では、具体的な話題に変えましょうか」
そう言ってオークは別の資料を取り出した。
「先ほども話に出たガルッガ砦をキミたちが襲撃し、メルド師団長以下、砦の守備隊を殺害した際のことです。あそこで保護されていたエルフ達を連れ去りましたね?」
「助け出したんだ!」
「あそこにいたのは大半は犯罪者で、取り調べのために一時的に収監していました。容疑は売春の無許可営業や、借金のカタに無理やり娼館で働かせる悪質な女衒や娼館の経営者達です。そうした者たちにとっては、確かにキミに助け出されたのでしょう。
ですが同時に、あそこにはそうした悪質な娼館で働かされていた女性たちも一時的に保護していました。その多くが未成年の少女たちでした。
そうした少女たちは、キミ達に連れ去られ、脱獄した犯罪者達と共に姿を消しました。今もこの国にいるのか、よその国に出稼ぎに行かされているのか、その行方は判っていません」
「嘘だ」
「嘘ではありません。これが収容者たちの捜査資料や調書の写しです」
目の前に置かれた書類に目を落とすが、目が上滑りし、書かれている言葉を理解することを脳が拒否する。
「……キミがハイエルフと呼ぶこの国のエルフ達は、僕らの目には奇妙と思える習慣を持っていてね。男が主で、女は全て奴隷なんだ。女が働き、男に貢ぐのが当然とされている。だから女を数多く所有する男ほど資産家、つまり女は資産なのです。家畜と同じ扱いですね。僕らオーク族は、豊饒の神オルクスを信仰しているから、多産の象徴たる豚を神聖なものとし、子を産む女性を何より大事にしているんだ。だから僕にとってこの国の文化はとても異質に映るんですよ」
オークは、やれやれ、と首を振る。後ろでインプも同じ仕草をしている。
「帝国が来たからこの国は貧しくなって、仕方がなく娼婦として、」
「この国が帝国の属国になった35年前ですが、この国は数百年こうなのです。35年前に奴隷制を禁止して以降も当時の名残りが残っていますが、これでもマシになった方なのですよ。
この国の男女比をご存じですか? 1:19です。ヴァ、ハイエルフ独自の薬品と魔法で産み分けを行っているのです。財産が散逸しないよう後継者は減らし、財産である家畜を増やすためです。
他種族の文化を悪く言いたくはありませんが、これは歪な、忌むべき文化です。
通常、属国に下ったとしても帝国は各諸族の自治を認め、その土地の文化風土はそのまま保たれるのです。しかし帝国に自ら属国になることを申し出たヘーゲンダツ王は自分たちの文化を捨て、帝国式への教化を願ったそうです。王は自分たちの文化を変えるために帝国に下った、というのが帝国での評価です」
「……嘘だ」
自分でも判るほど、俺の声に力はなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「キミは先ほどから何度も“少女”という言葉を口にしますね。幼気な少女を毒牙に掛けるオークを許せない。その義憤がキミの戦いの原動力なのですか?」
声を出すのも億劫で、俺は小さく頷いた。
「でしたらどうして、生後間もない赤ん坊や幼い少年少女を手にかけたのですか?」
「……何のことだ?」
思わず声に出た。
赤ん坊? 少年少女? 覚えがない。
市庁舎を標的にしたテロは行ったことがあるが、それに巻き込まれたのか? しかしアルトリーナ王女はそんなこと、一言も言っていなかった。
「ペリュク村のことです」
聞き覚えがある。たしか、
「ゴブリンの村か。ハイエルフの少女を多数、村ぐるみで監禁していた」
ガン、という激しい音がした。
振り向くと刑務官のゴブリンが拳を握り締め、血を流していた。激しく壁を殴ったのだろう。
一方、オークは目を丸くし、インプは手で顔を覆い天を仰いでいた。
「……キミはゴブリン達が住むペリュク村に侵入し、村長宅を焼き払った。そうだね?」
「だが事実、数人のハイエルフ達が囚われていた。彼女たちを救い出すためだ」
「先ほどのガルッガ砦と同じです。そのエルフ達は組織的な窃盗団なのです。ゴブリンたちの畑に再三忍び込み、作物を盗んでいたのです。しかも、換金性の高い高価な果物を収穫間際を狙って根こそぎ盗んでいくのです。そんなことが数年に渡って続いていたのですよ。
エルフは魔法に長けたものが多い上、ヴァイエルフは幻術を得意とします。一方のゴブリンたちは一部を除いて魔法が使えないため、何度も煮え湯を飲まされていたのです。
業を煮やしたゴブリンたちはオーク族の冒険者を雇い、ようやくヴァ、ハイエルフの窃盗団を捕らえたのです」
「エルフの聖なる森を焼き払って畑なんか作るからだ。この国は元々、彼らハイエルフのものだ!」
「この地に森があったという記録は数百年さかのぼらないとありません。百歩譲ってキミの言う通りだとしても、額に汗して働いて得た収穫物を奪うハイエルフは誇り高いのかね? それにあの土地は、ゴブリン族がエルフ達から正式に買い取った土地だ。自ら買い取った土地で、自ら耕した土地の収穫物を不当に奪われ、あまつさえ襲撃されて幼い子供が殺される。それはキミの言う誇り高い行いなのかね」
「だから子供なんか殺していない! そうやって冤罪を着せて勇者の名を貶めるつもりだな!」
誇りを持って戦い、敵を殺したことは認める。しかし、無抵抗の子供を殺す様な真似は決してしていない。
「なるほど、なるほど、そういうことですか……因みにゴブリン族の成長は早く、生後一月ほどで肉体の成長は止まり大人と変わらない姿になります。平均寿命は15年足らずでホブゴブリンやゴブリンソルジャー等に進化すれば寿命も延びますが、それでも30年に至らない短命な種族です。
ゴブリン族が他種族から野蛮と蔑まれる原因の大半は、この早すぎる成長にあります。2、3歳ぐらいまでのゴブリンは肉体的には大人と変わらないのですが、その精神性は幼児そのものなのです。
帝国法ではその種族特性を理解した教育と合わせてゴブリン族の成人年齢は8歳としています。その施策により帝国領内のゴブリン族の子供は大人と区別して保護され、適切な教育を受けられるようになりました。そのおかげで72%が上位種に進化しています。
それに伴いゴブリン族全体の平均寿命が延び、逆に生まれる子供の数……正確には他種族のメスを強姦してでも種を残そうとする凶暴性が減り、よき臣民として帝国で多数暮らしています。。
学者たちは、力の弱いゴブリン族が、種を維持するために短い期間で大人となり、また多産になったのだと考えています。
キミが犯罪者を脱走させるために踏み込んだ部屋はそんなゴブリン達の子供部屋です。キミが村長宅で殺したゴブリンは、生後2ヶ月から半年ほどの子供たちです。肉体的には大人と変わらないですけれど、その心は幼い赤ん坊をキミは惨殺したのです」
「そんな、ばかな」
確かにいた。部屋に踏み込んだ途端、狂乱状態で襲い掛かってきたゴブリン達を難なく切り捨てた。妙にファンシーな小物が多い部屋だったが、一緒にいた王女や仲間たちは何も言わなかった。
「……キミは知らなかったのですね。その点については同情します。ですがキミにそれをやらせたエルフ達は知っていたはずですよ」
俺の視界が、グニャリと歪んだ。
「……少し、休憩しましょうか」
オークの声が遠くに聞こえた。
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