起
全4話の短編です
拙作「底抜け姫~魔力袋の底が抜けた姫は魔法世界でチートできるのか~」執筆中に書き溜めたネタから一篇
牢屋から連れ出された俺が連れてこられたのは見慣れた取調室であった。とは言っても訪れるのはおおよそ1ヶ月ぶりだ。
騎士団による取り調べはとうに終わり、今は裁判待ちだと聞いていたが、なにか事情が変わったのだろう。
しかし、何がどう変わろうと、変わらないものは一つだけある。それは俺が決して邪悪には屈しないということだ。
捕らえられて早半年。彼女は無事だろうか……いや、生きてはいても無事ではあるまい。
汚らわしいオークどもに辱められる美少女ハイエルフの姿を夢想し、怒りが沸々と湧いてくる。しかし魔力を封じる手錠のせいでそれを力に変えることができない。
最初の2ヶ月は怒りと絶望で頭がおかしくなりそうだったが、今ではその気力すら萎えた。
もう、助からないかもしれない。助けられないかもしれない。
いつしか、その事に覚悟ができていた。
臭くて醜悪なオークどものケツを舐めて生きるぐらいなら、誇り高く死んでやる。
そう、ハイエルフの希望の勇者になると、俺は美しい彼女に誓ったのだから。
取調室では以前と同じ椅子に座らされ、やはり以前と同じように手錠と足かせが重い机と鎖で繋がれる。
魔力さえあれば、こんな連中は蹴散らしてやるのに!
緑色の肌の醜悪なゴブリン族の刑務官が俺の背後に立つと、まるでそれに合わせたように一つしかない扉が開き、大きな影と小さな影が入ってきた。
「くせぇ」
俺は不快気に表情を歪め、わざと大きな声を上げる。背後で刑務官が動く気配があったが、入室してきた大きな影が片手でそれを制し、帽子を取る。
「こんにちは」
太い歯が並び、下から生えた牙を生やした口が醜く歪む。笑っているつもりかもしれないが、威嚇しているようにしか見えない。
俺は無言で睨みつけながら、もう一度、ブタくせぇ、と呟く。
「我々オーク族の体臭をキミたちヒト族がそう評していることは知っているよ。我が種族の油を含んだ発汗のせいらしいね。同族同士だと気にならないし、むしろ匂いが強い方が女性にモテるのだがね」
帽子とコートを、一緒に入ってきた小さい方に渡し、オークが目の前の椅子に腰かけた。
「気分はどうだね?」
俺は無言を返す。
「よく眠れているかな? 食事はどうかな?」
オークは言葉を続けるが、俺は無視を決め込む。
「ふぅむ、報告通りだね。シロガネハヤト君……“君”でよいかね? 種族差を考えても17歳のヒト族と、63歳のオーク族の私では、私の方が年上ということで問題ないよね」
そう言いながら書類を読み上げていく。
「シロガネハヤト。17歳(自称)。ヒト族。黒髪黒瞳。オーク族、ゴブリン族を中心に各種商店、集落への押し込み強盗243件。その際に1129名が死傷。内122名が死亡。また誘拐が判っているだけで38件。行政施設、軍施設へのテロ行為等々累計529件の犯罪容疑で半年前に逮捕。一月前に正式に起訴され、近日中に裁判が行われる見通し。間違いは無いかね?」
俺はそのまま無視を決め込む。
間違いが無いか、だって? 答えは、知るか、だ。
侵略者に過ぎない帝国のオークどもも、長年ハイエルフの庇護下にありながら侵略の先兵として寝返ったゴブリンどもを、いくら殺したとしても経験点の糧にこそなれ、憶えている必要など何もない。
「……ではそのまま聞いてくれ。僕が今日、ここに来たのはキミと話をするためです。しかし、裁判とは関係がない。いや、すまない、それは正確じゃない。全然関係がないわけではないが、ここでの会話が裁判に影響を与えることは無い。僕は検察とも弁護側とも違う筋から派遣されているからね。敢えて言うならば被害者の側といったところですね」
「ふん」
「なにか、気に障ったかな?」
あくまで落ち着いたオークの言葉に、イライラとした気持ちになって言い返す。
「つまり俺が加害者で、俺に殺された連中が被害者だって言いたいんだろ、くっだらねぇ。それを非難するてめぇも帝国の人間、いやオークじゃないか。中立っぽい言い方で俺を騙せるとでも思ったのかよ。猿知恵以下だ。さすが豚だ。言っとくが、アイツらはみんな死んで当然だ。幼気なハイエルフの少女たちを誘拐し、監禁し、犯し、貪るケダモノどもだ。帝国の犬だ。そもそも帝国こそがこの国を侵略した加害者だろうが。それとも何か? お前は帝国に蹂躙されたこの国のハイエルフ達、被害者のために来たとでも言うのか?」
被害者を強調した俺の言葉は、オークは予想に反して、ああ、なるほど、と大きく頷き、同意を示す。
「うん、キミの言う通りだ、道理だね。確かに僕は帝国側の人間だ。皇帝陛下の忠実な臣であり、帝国市民である。また、今日僕がここに来た幾つかの理由の一つに、キミが傷つけた被害者やその遺族の意向が関係しているのも間違いない。しかし同時に、この国のヴァイエルフ達の未来のためでもあり、加えるならキミのためでもある。更に補足させてもらうと、僕はキミもまた、ある意味で被害者では無いかと考えているのですよ」
オークの言葉にイラつくと同時に、手を差し伸べられたように感じて、俺はオークの顔を見上げた。するとオークは牙を剥き、威嚇してきた。もしかしたら笑ったのかもしれないが、その醜い顔で、わずかに希望を感じた自分自身を叱咤する。
オークは、えっと、とわざとらしく言いながら紙束と眼鏡を取り出し、それに目を走らせた。
「さて、シロガネハヤト君。失礼だがどちらが家名ですかな?」
「カメイ?」
「家の名、です」
小声で呟いたつもりのこちらの疑問に丁寧に答えるオーク。ありがたいがムカつく。だから、
「……シロガネだ」
吐き捨てるように答える。
「判りました、FN型ですね。では、シロガネ君とお呼びしましょう。いやあ、我が帝国内には様々な文化を持った諸種族が居ますからね。こういう確認は不可欠なのですよ。例えばある地域のゴブリン族では、部族名と何番目に生まれたかという数字で呼ばれるです。ゴブリンの手の指の数は4本ですので8進法という独自の数字を用い、古い部族になるとその数は数千万になるそうです。名を表す数が大きいほど古い部族の出の証というわけです。だから名を間違えたり、省略したりすると彼らの誇りを傷つけることになるので注意が必要です」
何やら饒舌に話すオークに、俺は戸惑う。なにやらこのオークは、軍人というより学校の教師か、好きなことを語るオタクのような印象を受ける。
「先生」
一緒に入ってきた小さい方が、オークに小さく声をかけて説明を打ち切らせる。
オークが豚なら、こいつはまるで猿だ。身長は140cmぐらいと子供のようだが、手足は細く、しわくちゃの顔に尖った耳と白目の少ない大きな瞳。毛を剃った猿のようにも見えたが、二足歩行をしている上、等身が人間に近いので違和感がハンパない。
何度か街で見たことがある。劣化エルフの一種らしいが種族名は知らないので、心の中でインプと呼んでいる。羽根はないけど。
インプの言葉に我に返ったオークは、照れくさそうに? 頭をかきながら俺の方に向き直る。
「失敬失敬。話を戻しましょうか。シロガネ君。早速ですがキミは異世界人ですよね?」
「なぜそれを!」
俺は思わずそう声を出してしまった。すぐに口をつぐむが、オークは気にすることなく構わず続ける。
「隠す必要はありません。実は異世界人の存在は珍しいですが、唯一というわけではないのです。これはキミのモノですよね?」
そう言って見せられたのは、俺の顔写真が付いた一枚のカードであった。学生証だ。
オークはその中の名前の欄を指さす。
そこには平凡な**という苗字と、これまたどこにでもある平凡な一郎という名が刻まれていた。その上、父がその名を付けた理由が当時活躍していた野球選手の活躍にあやかって、と理由まで平凡だ。
「“**一郎”でシロガネハヤト、と読むのですね。異界の文字はこちらと大きく異なりますね。この歳になっても学びがあるというのは嬉しいものです」
当然、**一郎と書いてシロガネハヤトと読む日本人はいない。言うなれば異世界における俺のハンドルネームみたいなものだが、こうした形で突き付けられると恥ずかしさがこみ上げてくる。
羞恥で頬が赤くなるのを感じるが、それを気取られたくなくて、オークから視線を逃がすように下を見た。
「このカードによって、キミが異世界人であることの確証が得たわけですが、実はかなり初期から帝国はその可能性に気づいていました。キミがガルッガ砦で捕らえられ、処刑されそうになった際、それを止めたメルド師団長のことを憶えているかね?」
--剣を引きたまえ。我々には話し合いが必要だ!
忘れるはずもない。
幼気なハイエルフの少女を誘拐して、慰み者にしている帝国の砦に忍び込んだが見つかり、拘束され、殺されそうになった時だ。
その時、老オークが割って入ったので、そいつを人質にして逆襲。最終的には皆殺しにして砦に居たハイエルフ達を開放したのだ。
そう、忘れるはずがない。あの時に手に付いたオークの汗と悪臭の不快感は忘れたくたって忘れられない。
しかし、そうか。アイツは師団長だったのか。殺さず、利用しておけばよかった……。
「……彼は生前、周囲に訴えていました。シロガネハヤトは異世界人であり、事情も分からぬまま周囲に騙され、犯罪行為をさせられている被害者だ。犯罪者の手から救い出し、保護すべきだ、とね。しかしその想いは周囲にはもちろん、キミにも届かなかったようだね」
「……訂正しろ」
「……なにをかね?」
「全部だ! 祖国のために侵略者と戦う俺の仲間を犯罪者呼ばわりするな! それを言うならそもそもこの国を侵略したお前達、邪悪なオーク帝国こそ犯罪者だろう。それと彼女たちのことをヴァイエルフなんて呼ぶな。それは貴様らが勝手につけた蔑称だろう! アルトリーナ王女を初めとしたこの国の人たちはハイエルフだ。周辺諸国の低俗な劣化エルフどもとは違う、高貴で誇り高い純血種族だ」
視界の隅でインプが、大きくため息を吐く。その見下したような態度にカッと血がのぼり、立ち上がろうとするが、机に固定された鎖を鳴らすことしかできなかった。
「ふむ。キミの言う“ハイ”というのは、上等、上級、高い、優れている、至高、といった意味であっているかね?」
「そうだ!」
「うん。キミの主張は解った。いや、解らないということが判った、というべきかな。興味深いね。もしかしたら私の知らない事実があるのかもしれない。キミがヴァイ、失敬、ハイエルフ達に味方をする理由、また帝国が邪悪である理由を教えてくれないか?」
「お前みたいな醜いオークに理解できるとは思えないが、」
俺はそう前置きしてハイエルフ達の歴史を語って聞かせた。
それはアルトリーナ王女から、何度も寝物語で聞いていて、今では諳んじることすらできた。
おおよそ1万年前に栄えた超古代魔法文明を築き上げたのがハイエルフだ。彼らの奉仕種族として作られたのがオークやゴブリンら諸種族。そして別の大陸から渡ってきたドワーフ族やヒト族との戦争により破壊と再生を繰り返し、少しづつ文明は衰退し、今の歴史に繋がっていく
その過程でハイエルフでありながら、奉仕種族やヒト族との混血が進み、また誇りを失っていったのが劣化エルフ達。
その中で唯一、純粋なハイエルフの血統を残す最後のハイエルフ王国がこの国だった。しかし!
「このハイエルフ王国は、美しく、高度な文化に彩られた豊かな国だった。しかし、古のエルフの血を色濃く残すハイエルフたちと違い、ウッドエルフ、グレイエルフ、プレーンエルフ、ダークエルフたち劣化エルフはエルフ族の誇りと文化を忘れ、ドワーフと交易し、奉仕種族でありながら主を裏切ったオークやゴブリンが支配する邪悪な帝国におもねった。目先の豊かさのために、古のエルフの末裔たる誇りを捨て、ハイエルフ王国を寄って集って苛み、攻撃し、騙し、遂にはハイエルフの逆賊王がオークの軍門に下る文書に調印してしまった。ハイエルフの誇りはその瞬間、地に落ちたのだ。そして!」
正直、古い歴史のことは、半ばどうでもいい。しかし、その後に続く悲劇の数々に、俺は我知らず頭が真っ白になり、目の前が赤くなっていく。
「ハイエルフ達の純血を妬んだ劣化エルフや貴様らオークやゴブリンたち、淫欲に塗れたケダモノどもは、ハイエルフの幼気な少女たちを次々とその毒牙に掛けた! この王都の街を少し見て回ればわかるはずだ。どこの街区にも娼館ばかりで、そのほとんどが年端も行かぬハイエルフの少女たち、そして客の大半は貴様らオークどもだ! そんな娼館が街中にあるんだ。それだけじゃない。余所の国に何十人も列車でまとめて送られていく。少女たちは余所の国に性奴隷として売られていくんだ。こんな国、異常だ! それもこれも貴様ら帝国がこの国を侵略したせいだ! 俺だってガキじゃない。やむを得ず戦争になることだってあるだろう。それは理解している。でも貴様ら奉仕種族は、かつての主を自分の性奴隷にするためにこの国を侵略した。そんな理由が許されるわけがないだろう!」
何人も見てきた。首輪を付けられたハイエルフの少女たち。その小動物のような姿に獣欲をたぎらせたオークどもの姿を。
捕らえられた少女たちを何人も救い出した。彼女たちはひどい目にあったはずなのに、せめてものお礼に、そして嫌なことを忘れさせてほしい、と俺に身体を預けてきた。
そんな彼女たちのためにも、この国の救わなければならない。
俺は戦いを選んだ最初の理由を思い出し、いま一度心に闘志を燃やした。
視界の隅でインプがワザとらしい溜息を吐いた。その態度にカッとなり、視界が真っ赤に染まり、そしてその怒りに呼応して俺の身体から魔力が迸り、ガタガタと部屋が揺れ出した。
「いやはや、すさまじい魔力ですね。魔力封じをしてもこれとは」
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