1500文字完結・酒を買いに行かされる話
父さんが、今しがた飲み干した空の酒瓶を放り投げる。
乱雑に転がる酒瓶によって鳴る騒々しい音。
それと共に、父さんは僕へ向けて怒声を浴びせてきた。
「うるせぇ!とにかく酒を買って来い!」
「で、でも父さん。もう家にはお金が無いよ」
「金が無いだってぇ~!?それなら家宝を売ればいいだろ!」
そう言って父親は、一族代々保管していた宝玉を奥から取り出してきた。
それは美しい輝きを放ち続けている代物であり、宝玉の中では色とりどりの光りが神秘的に泳いでいる。
「ほら!これで酒を買って来い!」
「で、でも父さん。こんな目立つ宝石を持っていたら、きっと暴漢に襲われるよ」
「襲われるだってぇ~!?それなら、この神剣を持って行けばいいだろ!」
そう言って父親は、遥か昔に神から授かったという長剣を取り出しきた。
それは決して刃こぼれしない代物であり、手渡す際の動作だけで光りを切り裂いてしまう。
「ほら!これで酒を買って来い!」
「で、でも父さん。不意打ちされたら、いくら立派な剣があってもどうしようもないよ」
「武器以外も必要だってぇ~!?それなら、このマントを持って行けばいいだろ!」
そう言って父親は、大賢者が生涯をかけて編んだとされるマントを取り出してきた。
それは熱と寒さ、更に攻撃を完全遮断する上に姿を消す事もできるマントだ。
「ほら!これで酒を買って来い!」
「で、でも父さん。俺は方向音痴だから道に迷うかもしれない。それに一人で行くのは寂しいし、どうせなら乗り物も欲しいよ」
「ワガママが過ぎるだろうがってぇ~!?それなら庭で飼ってる神獣、あと俺の部下を連れて行けばいいだろ!」
そう言って父親は、世界の安寧を守るドラゴンとペガサス。
そして一人で一国に匹敵する戦力と言われる仲間達を大勢呼んできた。
単純な戦闘能力のみならず、あらゆる分野におけるスペシャリストでもあるため、何も心配しないで済むだろう。
「ほら!これで酒を買って来い!」
「で、でも父さん。こんなに居たら酒が足りないよ。手伝って貰ったお礼をするべきだし」
「まずは親孝行しろってぇ~!それなら俺が連絡をつけておくから、お前は何も心配せず運搬だけ考えていろ!」
そう言って父親は、世界各国の国王に連絡をした後、天界の神々と魔界の魔神達にまで連絡する。
「よし!全員が酒を用意してくれるってよ!これで足りるだろ!」
「ありがとう!父さん!僕、行って来るよ!」
「挨拶は良いから、さっさと行け!………まったく、手のかかる馬鹿息子め」
そう言って父さんは、僕が買い出しに行ってから間もなくして死んでしまった。
だけど僕は何も知らず全世界を渡り歩き、ただ帰った頃には父さんの姿は無かった。
父さんが死んだと知ったとき、やっぱり最初は悲しかった。
でも、買い出しへ送ってくれた父さんのおかげで、今は支えてくれる人が沢山いる。
「父さん。僕、結婚することになったよ。それにお酒、ちゃんと買ってきた。待たせてごめんね」
そう言って僕は、父さんの墓に酒を少しだけかけて、酒瓶を置いた。
すると、その瞬間に墓の下から元気な父さんが出てきた。
「これは極上の酒じゃねぇかぁ~!」
「ひぇ!?まさか生き返るなんて……!はっ、そういえば今かけたのは神と魔神が造った酒だ……。ということは、もしかして父さんは酒の神様になって復活したってこと!?」
「うるせぇ!何がともあれ、今から宴だ~!!」
そう言って父さんは全世界の人達と酒を呑み交わした。
きっと明日も新しい飲み友達と一緒に酒を呑むのだろう。
一方で僕は新しい家族と共に、この華やかで騒がしい時間を楽しく過ごすのだった。