外伝 記録に残らない世界を変えた英雄の話
三年、長いのか短いのか、もう自分でも分からない。
【歩ミヲ止メヌ者】の助言に従い続け、
潜り、戦い、歩き続けた果てに、
俺はついに“隠しダンジョン”の最奥に辿り着いた。
薄暗い空間。
冷気と静寂が支配する無音の部屋。
その中央に、淡い光を放つ球体が浮かんでいた。
──ダンジョンコア。
この世界を変えられる唯一の“何か”だと信じていた。
妻に戻る道が、ここから開くと信じていた。
「……これで終わるんだな」
自分に言い聞かせるように呟き、拳を握りしめた。
振り下ろしたその瞬間、
光が弾け、コアは乾いた音を立てて砕け散った。
黄金色の破片が宙を舞い──
そして、消えた。
……何も起こらなかった。
「……は?」
空気も揺れない。
空間も歪まない。
どこかに通路が開くこともない。
ただ、静寂だけが残った。
「ふざけるなよ……」
胸の奥から熱が湧いた。
歯を食いしばり、拳を震わせる。
「これで終わりじゃないのか……!?
ここまで来て……まだ何も起きないのか……!」
最奥のさらに奥──
行き止まりの壁が、不自然に暗く見えた。
俺は拳を構えた。
「開けよ……ッ!!」
壁に拳を叩きつける。
硬い。
異常なほど硬い。
岩でも金属でもない、“何か”だ。
拳が裂け、血が飛び散り、それでも殴る。
「終わりなわけがねぇだろッ……!!」
「まだだ……まだ終わってねぇッ!!」
骨が軋み、皮膚が裂けても拳を止めない。
息は荒れ、視界が揺れ、世界がぐにゃりと歪む。
……その時だった。
「やめておくれ。これ以上は意味がない」
拳を振り下ろしたまま、俺は息を呑んだ。
背後からでも前からでもない。
“空気そのもの”から声がしたような響きだった。
「……誰だ」
「君が探し求めていた人物だよ」
壁が、音もなく霧のように消えた。
そこに立っていたのは、中性的な顔立ちをした青年にも見える存在。
淡い水色寄りの白髪。
白いTシャツのような、どこにでもある服装。
だが、その奥に潜む“何か”は、どう見ても人間ではなかった。
「……ッ、貴様が神かッ!
このクソッタレな世界を作った神かッ!!」
「そうだとも。この混沌の、絶望と……そして希望の世界を形づくったのは私だよ」
「何が希望だッ!!
絶望の世界に作り変えておいて……それで希望だと!?」
「希望もあったさ。
……⬛︎⬛︎が介入するまではね」
神は俺を静かに見つめる。
まるで心の奥を覗き込むような目で。
「そして……⬛︎⬛︎に魅入られた君もまた、“希望”だったのさ」
「……ッッ……ふぅ……」
怒りで頭が真っ白になりかける。
落ち着け……ここまで戦い続けた理由を思い出せ。
ここまで来た目的を、間違えるな。
「……神よ。願いを叶えてくれ。
――我が妻、結衣を生き返らせてくれ」
部屋の空気が一瞬だけ張り詰めた。
「……それは無理だ」
「!? なぜだッ!!
【歩ミヲ止メヌ者】は……“ここに来れば妻は生き返る”と──!」
「一度だけ、たった一度だけ、君はそのスキルに逆らった」
神の声音は淡々としていた。
「その日から【歩ミヲ止メヌ者】は助言を止めた。
そしてその一度が……運命を変えたのだよ」
胸が痛む。
脳が拒絶する。
けれど“分かっていた”。あの日のことだ。
「……俺は……あの日……」
「私は全知全能ではない。
神々はそれぞれ概念を司る。
私は“時空”、時と空間の神だ」
神は静かに続けた。
「時を操れる私と、癒しを司る神が協力しても……
死者を蘇らせられる期限は“三年”」
世界が止まったように感じた。
「君がここに辿り着いたのは──
三年と“一日後”だった。
……間に合わなかったんだよ」
足元から力が抜け、膝が床についた。
泣き声は出なかった。
声にならない絶望が、胸の奥で小さく音を立てた。
「……俺は……間に合わなかったのか……」
「君ほど戦い抜いた者はいない。
だが運命は時に残酷だ」
神の声だけが、遠くで響いていた。
「……では、隠しダンジョンの“報酬”をどうする?」
「……ならば……!
ならばせめて……息子が……統万が……
生きやすい世界にしてくれ!!
ダンジョンから……モンスターを出さないでくれ!!」
言葉を吐き出した瞬間、
神はふと視線を落とし、興味深そうに俺を見た。
「……興味深いね。
妻を取り戻すためなら 子を置いてでも歩き続けた君が、
今はその子の未来の行く末を願っている。
失うたびに……君は選ぶ対象を変えてゆくのかい?」
胸が刺されたように痛む。
喉が乾き、息がひゅっと細くなる。
反論できなかった。
沈黙が落ちる。
そして神は、小さく首を振った。
「……無理だ」
一切の余韻も慈悲もない、ただの事実の断言だった。
「そもそもこの世界にモンスターを呼び込んだのは、
人類種のランクを強制的に上げるため。
戦いなければ成長しない」
「……なら……なら神よ……
俺の記憶を見てくれ。
もっと効率のいい案が……あるはずだ……!」
「記憶を?」
「人を……無差別に殺したいわけではないのだろう!?
人は……生き抜いて……技術を残し……後世へ繋げる……
今までそうしてきた……これからもだ……!」
神はゆっくりと俺の額に触れた。
「……ふむ……これが……“あーるぴーじー”?
レベルアップ……再挑戦……
死ななければ回復し続けられる概念……なるほど……」
神は小さく笑った。
「⬛︎⬛︎の影響を受けた者の“最後の願い”としては……十分だ。
一考してみよう」
「さい……ご……?」
自分の手を見る。
指先から光が砂のように零れ落ちている。
「⬛︎⬛︎に魅入られた者の最後は皆同じさ。
神であっても、人であっても」
神の口元から、一滴の赤い血がつっと流れ落ちた。
「息子に……統万に……ッ……!」
声が掠れた。
言葉がうまく出ない。
「後世に名を残せぬ英雄よ。
ダンジョンの歴史を変えた者よ。
せめて最後は、私が見送ろう」
視界が白くなっていく。
自分の身体の輪郭が消えていく。
「……それで、君はどうするんだい?」
突如として神は空中に語り出した
「なるほど人間と関わり続けてかろうじて自我が出始めたところか」
「ふむ、意識はあるが目的も存在する理由も今し方消え去ったと。⬛︎⬛︎も規格外な事をするたかが人間のためにポンと眷属神を生み出すなんて」
「ならば私のお願いを聞いてくれないか。なに簡単なことさとある一族を見守るだけさ」
◇ ◇ ◇
これは夢?
「そうさこれは夢、君の夢に少しお邪魔してるよ」
だれ?
「すまないが名は言えない」
光の粒が少年に語りかける
「突然だが君のお父さんは……死んだよ」
統万の瞳が揺れた。
「誰も知らない誰も分からない場所で消え去った
だが、最後に“君が生き抜くため”の願いを残した。
私はそれを叶えよう」
光の粒が統万の額に触れる。
「スキルを授ける。
名は【世界図書館】。
世界の誰かが観測した情報──
その全てを、“本”のように読み解く力だ」
「そして」
直後空間がわずかに震えた。
ダンジョンの壁が、ゆっくりと呼吸するように収縮する。
そして世界に、誰にも聞こえない宣言がなされた
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
理解できる者はいない。
信仰も、概念も欠片ほども知らない現代人には、ただの空気の揺らぎにしか感じられない。
ただそれは確実に起きている、世界の裏側で起きた“変質”の瞬間。
世界の空気がわずかに軽くなり、
遠くで何かの“門”が閉じるような気配がした。
神は統万にだけ聞こえる声でゆっくり言った。
「君の父の願いを確かに叶えよう」
……?
「この世界の“通り道”は、いま静かに狭まっている。
外へ溢れ出す流れは細くなり、人の暮らす地は少しずつ……静かになる」
だが神は決して『モンスターが出なくなる』とは言わない。
言葉ではなく、変化で示すだけだった。
「人が生きる道が、ようやく少し広がった。
それで十分だろう。
──君の父の願いとしてはね」
白い光が統万を包む。
「さあ、目を覚ましなさい。
“新しい世界”はもう始まっている」
夢は静かに薄れていった。
というわけで短編外伝完結でございます。
これは広人達の前の話ダンジョン世界黎明期の話ですね。話の都合上どうしてもバッドエンド?次は次世代だ!みたいな話になるのはご了承ください
⬛︎のとこはルビ挿入するつもりだったんだけどバグり散らかしたのでここに貼ります
『時空人クロノスの名において宣言する
英雄:日下部仁による隠しダンジョン攻略により
ダンジョンは第二フェースへと移行する』




