1日目
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EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH
ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI
JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI
AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATON
AGLA AMEN
永遠なる主、ツァバトの神
栄光に満ちたるアドナイの神の名において
さらに口にできぬ名、四文字の神の名において オ・テオス、イクトロス、アタナトスにおいて
秘密の名アグラにおいて、アーメンを唱うべし またその光輝ある名をば唱えよ。
われらの前にて称えまつらん すなわち汝らの神の聖なる名と尊き御名に於て 永遠に讃えん…………」
「待ってくれ!」と私は叫んだ。「この声は誰だ? 何が起こっているんだ?」
「おれだよ、先生」と、私の頭の中で、誰かが答えた。
「どこから話せばいいかわからないけれどね、とにかく君に会えてよかった。実は今ぼくは、君の部屋にいるんだよ。君はまだ気づかないけどね。しかし、いつかきっと気がつくさ――いや、もうすぐ気づくだろうな。君の時計の針は、今は三時五分を示しているはずだ。でも、すぐに六時に変わるよ。君はそれを見ているわけにはいかないんだろう? だって、もうすぐ君は死んでしまうんだものね」
「なぜ私が死ぬんだ?」
「君は、この地球で死ぬことになっているんだ。そして、これから起こることを見てはいられないはずなんだ。だから、こうして邪魔をしているのさ。君は、自分が死ぬことを知らなかった方がいいかもしれないと思ってね。でも、そうも言っていられなくなってきたようだね。君の頭の中に、直接話しかけているんだけど、どうしたって君の意識に直接触れなくてはならないし、しかも、それにはちょっと時間がかかるんだ。でも、それも間もなく終わるよ。あとほんの数秒というところかな。さあ、さよならを言う前に、何か言いたいことがあるかい?」
「私が死んだら、誰が君を助けるのだ?」「それは心配しないでもいいよ。ぼくたちみんなが助けることになるからね。ぼくたちはみんな、同じ目標に向かっているんだ。君もその一人だけどね。でも、今の君にとっては、まだ何もわかっていないことばかりなんだろうね。それでいいんだ。知らないままの方が幸せかもわからないからね。じゃあ、そろそろお別れの時間だ。また会う日まで、元気でね」
私は目を開いた。目の前には、いつもと同じ光景が広がっていた。私はベッドの上に横たわっていた。カーテンは開かれており、窓の外では陽光が輝きを放っていた。私はぼんやりとした頭のまま、起き上がろうとした。しかし、体中が痛み、思うように動くことができなかった。
私はしばらくそのままの姿勢でいたが、やがて少しずつ自分の置かれた状況を思い出してきた。そうだ! 私はあの地震で倒れてしまったのだった。すると、ここは病院なのだ。私はゆっくりと首を回してみた。私の右側には、一人の若い男が立っていた。彼は微笑を浮かべながら、私を見下ろしていた。彼の顔を見た瞬間、私は思わず息を呑んでしまった。
「おはようございます」と、彼が言った。
「おはよう」と、私は挨拶を返した。
「気分はいかがですか?」
「悪くはないと思う」と、私は答えた。「だが、体が痛くてね」
「無理もないですね。あなたは倒れてしまわれたんですから」
「倒れた?」
「そうです。地震のせいです。覚えていませんか?」
「ああ、確かにそんなことがあったような気がする」と、私は言った。
「ご自分の名前を覚えていますか?」
「もちろんだ」と、私は答えた。「私は、長谷川だ」
「年齢と職業を教えてください」
「年齢は四十歳だ。職業は…………」
私は一瞬、言葉に詰まった。私は何をしている人間だっただろうか? そうだ。思い出してきたぞ。私は医者だ。私はこの病院で働いているのだ。私はそこで働いていたのだが、その日は朝早くから地震が起きてしまい、私はその衝撃で倒れてしまったのだ。
「私は、この病院で働く医者だ」と、私は答えた。
「その通りです」と、青年は言った。「それでは、あなたの住所と電話番号を聞かせてくれますか?」
「私の住所と電話番号?」
「そうです。それを聞かないと、ぼくは帰ることができません」
「どうして?」
「もしも、あなたがこのまま入院されなければならなくなった場合に備えてですよ」
「そんなことはありえない。大丈夫だよ」
「いえ、わかりませんよ。人間はいつどんな事故に遭うのか、誰にも予測できないのですからね」
「わかった」と、私はため息をつきながら言った。「教えよう。私の家は…………」
私は、彼に自宅の番号を教えた。それから、自分の携帯電話の番号も教えた。
「ありがとうございます」と、彼は礼を述べた。「これで、ぼくは安心して帰れるというものです」
「君は誰なんだ? どこから来たんだね?」
「ぼくの名前は、平田と言います。どこから来たかと言えば、未来から来ました」
「何だって!」
「正確に言えば、過去へ行ったということになりますね。ぼくは今、あなたに会いに来たのです。そして、あなたがお亡くなりになるのを防ぐために来たのです」
「君は、タイム・マシンに乗ってやって来たと言うのか?」
「そういうことです」
「信じられないなあ」
「信じる信じないは、あなたの自由です。でも、ぼくは本当だということを知っているんですよ」
「君は一体、何者なんだ?」
「ぼくは、あなたを助けに来たんです」
「私を助けるだと?」
「そうです。ぼくたちみんなでね。ぼくたちの目的は、ただ一つ――あなたが死ぬのを防ぐことだけなのです」
「君は、私が死ぬと言っているんだね?」
「そうです。それがぼくたちの目的だからです」
「なぜ、私が死ななきゃならないんだ?」
「それは、これから起こることを見ればわかるはずです」
「これから、何かが起こるということなのか?」
「そうです。でも、詳しい話はできません。とにかく、あなたは死んではいけないんです」
「しかし、君が私を助けるということは、つまり、私はもうすぐ死んでしまうということになるじゃないか。そんなことになってしまっては、私はどうなるんだ? 私には家族がいるんだよ」
「あなたのご家族のことは、よく知っていますよ。でも、あなたが今ここで死ぬことはないんです。あなたには、まだやるべきことがあるのです」
「私には、何も思い浮かばないが」
「ありますとも。あなたは、今すぐにでも退院して、仕事に復帰しなければならないのです」
「仕事をする?」
「そうです。あなたは、この病院に勤めている医者でしょう。そのあなたが、倒れていては困ります。医者としての仕事を全うするために、あなたは早く職場復帰をしなくてはならないのです」
「それはそうだ。だが、体が痛くて起き上がることもできない状態では、それも無理だ」
「大丈夫ですよ。ぼくに任せてください」
「君は、私を治してくれるというのか?」
「そうです。ただし、条件があります」
「どんな?」
「ぼくの指示に従ってください」
「指示に従う?」
「そうです。ぼくがあなたに命じることは、すべて正しいのです。従ってくだされば、あなたは助かるのです」
「どんなことだい?」
「それは、後ほど説明します。今は、ぼくの言葉を信じて、ぼくの言う通りにしてください」
「わかった」と、私は答えた。「君の言う通りしよう」
「そうですか! よかった!」
「それで、君はどうやって私を治療するんだい?」
「ぼくの目の前にあるベッドに横になっているだけでいいのです。後は、ぼくがやってあげます」
「それだけでいいのか?」
「そうです。簡単でしょう?」
「ああ。だが、本当にそんなことで、私は助かるのかね?」
「もちろんです。ぼくを信用してください」
「わかった。では、やってみてくれ」
私は、そう言って、彼の言う通りにした。すると、青年の両手から発せられた青白い光が、私の体を包み込んだ。不思議なことに、痛みは全く感じなかった。
「これで、ぼくの任務はすべて完了しました。ぼくたちは、あなたの体から出ていきます」
「えっ? 出て行ってしまうのかい?」と、私は驚いて訊いた。
「はい。ぼくたちは、もともと存在しないものですからね。ぼくたちがここにいては、未来が変わってしまうかもしれないので、ぼくたちが出て行くしかないんです」
「それでは、もう二度と会えないのかな?」
「いえ、また会うことになると思います」
「どうして?」
「ぼくたちは、あなたを助けるために過去へ来たのですから、これからも、あなたを助け続ける必要があるのです」
「君は、私の命を救うためだけに、未来から来たというわけなのか?」
「その通りです」
「君は、いったい何者なんだ?」
「ぼくの名前は平田と言います。未来から来た人間です」
「君は、タイム・マシンに乗ってやって来たというのかい?」
「そうです」
「君は、過去にも未来にも行けるのかい?」
「そうです」
「君は、タイム・マシンに乗ってやって来たと言ったね?」
「そうです」
「君は、自分の意志で過去に来たのかい?」
「そうです」
「君は、自分が何者であるかも知っているのかい?」
「そうです」
「君は、自分が何のために存在しているのかもわかっているのかい?」
「そうです」
「君は、どこから来て、どこに行こうとしているんだい?」
「その質問には答えることができません。でも、あなたが心配するようなことではありません。それよりも、あなたのことの方が心配です。あなたは、これから大変なことに巻き込まれるかもしれません。でも、安心してください。ぼくは、あなたのことを守り続けます。だから、あなたは、あなた自身のことだけを考えて生きていればいいのです。それが一番大切なのです。わかりましたか?」
「わかった。君の言う通りにしよう」
「ありがとうございます。あなたは、本当に理解のある人ですね。あなたのような人を、ぼくは今まで見たことがありません。ぼくは、あなたが大好きになりました」
「君に褒められると嬉しいよ」
「あなたは、ぼくが出会った中で、最高の人だと言ってもいいくらいですよ」
「大げさだなあ」
「ぼくは本気ですよ。あなたは、ぼくたちにとって、かけがえのない存在になるはずです」
「なぜ?」
「それは言えません」
「教えてくれてもいいじゃないか」
「駄目です」
「なぜだ?」
「理由は言えないのです」
「なぜ?」
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ」
「とにかく、ぼくを信じていてください」
「わかった。君を信じることにするよ」
「それを聞いて、ぼくはとても嬉しく思います」
「ところで、いつまでこうしていればいいんだい?」
「もう少しだけ待ってください」
「まだ何かあるのか?」
「はい。あなたは、ぼくが助けることのできる限界を超えています」
「どういうことだ?」
「つまり、ぼくがこの時代にいるためには、ぼくがこの時代にとどまるための場所が必要なのです」
「よくわからないんだけど…………」
「この時代には、ぼくが留まるための、一時的な場所がないので、ぼくは未来へ帰ることができないのです。ぼくは、未来の世界にいるべき人間なのですから、未来に帰らないわけにはいかないのです」
「そんなことを言われても、私にはどうしようもないよ。私は、君の言う通りにするだけだからね」
「わかっています。ぼくにできることなら何でもしますから、ぼくのことを頼ってください。あなたは、ぼくの恩人ですからね。あなたは、ぼくの神様みたいなものですからね。あなたは、ぼくの希望そのものなのですからね。あなたは、ぼくの生きる支えなのですからね。あなたは、ぼくのすべてなのですからね」
「わかったよ」と私は言った。
そして、しばらくの間、私たちは黙っていた。平田と名乗った青年は、私の手を握り続けていた。
やがて、青年は私の手から両手を離すと、立ち上がって、窓の方へ移動した。
「そろそろ時間のようです」と彼は言って、窓から外を見た。
「もう行くのかい?」と私は訊いた。
「ええ」と平田君は答えた。
「また会えるよね?」
「もちろんです」と平田君は笑顔でうなずいた。
平田君は、私の方を振り向いて、「それでは、さようなら」と言った。
「平田君、元気でね」と私は言った。
「ありがとうございます」
平田君は深々と頭を下げてから、くるりと背を向けると、そのまま窓の外に飛び下りてしまった。私は目を閉じていたけれど、彼が飛び降りる音はまったく聞こえなかった。ただ、ふわりとした空気の動きのようなものを感じただけだった。
私は目を開けると、ベッドの横にある時計で時刻を確認した。午前二時だった。
私はもう一度眠りにつくことにした。明日も仕事があるのだ。それに、今日一日で、いろんなことがありすぎた。もうくたくたなのだ。
私は、毛布をかぶると、すぐに眠りに落ちていった。
3 次の日の朝、目が覚めてから、昨日のことは夢ではなかったのだということに気づいた。
私は、この世界に戻ってきた。
今さら、あの過去へ戻ろうとしても、無駄なことだろう。もう、あれは終わったことなのだ。
私は、これからも生きていかなければならない。
私に残された道は、二つしかない。
一つは、このまま、ここで生きていくこと。
もう一つは、自殺すること。
どちらを選ぶかは、これから考えればよい。
だが、いずれにしても、私は、過去に戻ることはできない。私には、もう未来がない。
私は、これから先も、ずっと生きていくことができるだろうか? 生きている限り、私は過去のことを思い出さずにはいられないだろう。そのたびに、私は苦しむことになるだろう。それでも、生き続けなければならないのだろうか。
私は、死ぬ勇気さえ持っていないのだ。「おはよう」と私は妻に声をかけた。
「おはよう」と妻は返事をした。いつも通りの朝だった。
「ねえ」と私は言った。「少し話したいことがあるんだけど」
「何?」と彼女は顔を上げて私を見た。
「いいかな?」
「いいわよ」「じゃあ、こっちに来てくれる?」
「うん」
「座ってくれる?」
「ええ」
「ちょっと、真面目な話なんだ」
「そうなの?」
「まあね」
「何?」
「実は、僕は会社を辞めることにしたんだ」
「どうして?」
「いろいろあってね」
「そう」
「それで、しばらく休んでみようと思うんだ」
「いいんじゃなくて?」
「僕が仕事をしていない間、君に家事をやってもらおうと思うんだけど」
「私が?」
「嫌かい?」
「別に…………」「もしよかったらだけどね」
「でも、私、料理とか洗濯とかできないけど…………」
「それは僕がやるよ」
「あなたが?」
「ああ。だから、君は掃除とか買い物なんかを手伝ってくれればいいんだ」
「それだけでいいの?」
「そうだね。あとは、毎日、散歩に行くとか…………」
「散歩?」
「運動不足はよくないしね」
「でも、そんなのは、あなた一人でやれるじゃないの」
「一人だと寂しいんだよ」
「あなたは、そういう人なのね」
「君だって、同じじゃないか」
「私は違うわよ」
「とにかく、そういうことでいいよね?」
「あなたがそうしたいのなら、好きにすれば」
「ありがとう」と私は言った。「じゃあ、話はそれだけだよ」
「あなたは、本当に会社を辞めてしまうのね?」
「ああ」
「そんなに簡単に辞められるものなの?」
「簡単ではないけどね」
「いつ辞表を出すつもりなの?」
「できるだけ早くするつもりだ」
「それまでは、仕事を続けるの?」
「もちろん」
「あなたは、今の会社が好きなの?」
「わからない」
「わからないって?」
「今は、ただ、ここにいるだけさ」
「そうなの」
「本当は、もっと前に辞めるべきだったんだ」
「なぜ?」
「そうしておけば、こんなことにはならなかった」
「それってどういう意味?」「君には関係のないことだ」
「関係ないことはないでしょう?」
「いや、君にとっては、もう終わったことさ」
「あなたは、いつも私に隠し事をするのね」
「ごめん」
「謝ってほしいわけじゃないわ」
「わかっている」
「だったら、教えてよ」「それは無理だ」「どうして?」
「まだ決心がついていないからだよ」
「何を決心したらいいかも、わかっていないくせに」
「そうかもしれない」
「やっぱり、私には何も話さないつもりなのね?」
「悪いとは思っている」
「もういいわ。あなたのことは忘れますから」
「そうしてくれ」
「あなたも、私のことは忘れたらどう?」
「もちろん、そうするつもりだ」
「そう」
「もう行かないと」「もう行くの?」
「ああ」
「わかったわ。行ってらっしゃい」「行ってくるよ」
私は立ち上がり、妻に背を向けた。
それから玄関まで歩いていった。靴を履いている時に、後ろから声をかけられた。
「あなた」
私は振り返った。
「何だい?」
「元気でね」
「君もね」
「ええ」
「さよなら」
私は外に出ると、歩き出した。そして、しばらくすると立ち止まった。
このまま家に帰るのは、あまりにも不自然すぎる。どこかで時間を潰さなければならない。
私は、また歩き始めた。
あてもなく歩いているうちに、私はあの公園の前に立っていた。
私は、そこで一休みすることにした。ベンチに座って空を見上げた。
雲一つない青空だった。
私は目を閉じた。
昨日と同じだった。
私は、過去へと戻ってきていた。
おそらく、この瞬間こそが、私が生きている証なのだ。
私は、これからも生きていく