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四話 チェン・メイメイ

「お父さんとお母さんは何で結婚したの?」



 人参を切るのを一旦やめ、母さんの顔を見上げる。



「そうねぇ……」



 母さんも玉ねぎの皮を剥くのをやめた。



「私のことを、愛してくれたからかな」

「愛するって?」


「うーん……」



 またしても考え込む。



「例えば、誕生日を祝ってあげる、とか」



 母さんの言葉の中にはまだ迷いあるように見えた。これが愛することの一例なのかどうか、と。



「でもお父さん、お母さんに誕生日プレゼントあげてなかったよ?」



 それを聞くと母さんはクスッと笑った。



「きっと、プレゼントをあげるだけが愛するってことじゃないのよ」

「じゃあ、どういうこと?」



 一瞬考える素振りを見せたが、すぐにピーラーで皮剥きを再開した。



「やっぱり分かんないや」

「えー?」

「ほら。手が止まってるわよ」



 納得できないことをそのままにしておく気持ち悪さはあったが、諦めるしかなかった。


 溜息交じりに二つ返事をする。そうして、再び俎上の人参を切り始めた——————。




 ヤンおばさんが経営する、三幸(さんさち)食堂で働き始めてから二週間が経過した。


 リーさんに丸一日、文字やこの(みやこ)の文化を少し学んだのを含めれば、ここに来て十八日経ったことになる。



 都とは、この世界全体を指す言葉だ。


 この都は四つの島で構成されており、それぞれ朱雀島、玄武島、白虎島、黄龍島という名前である。


 四神の名前が使われているのに、青龍だけいないのは異世界ならではなのだろう。



 父さんを探すのであれば、間違いなくこの四つの島を巡ることになる。その為にもここでお金を稼ぎ、情報を集めなければならなかったのだが……。




「うぅ……」



 吐き気と怠さを抱えてベットから身を起す。

 ここに来てからというもの、風邪のピークから二日目のような倦怠感が続ていた。原因は日の光を浴びていないからだろう。


 黄龍島を除いた三島は、そのほとんどが巨大な建物で構成されているらしく、太陽が見えないことはここの常識だった。



 顔を洗い、素早く着替えて店に出る。



「おはようございます」

「おはよう」



 ヤンおばさんはいつものように、トウモロコシに似た()()食べ物を入れたスープを作っていた。



「皿、用意しますね」

「ああ、頼むよ」



 棚から皿を用意し、彼女に手渡す。



「先に座ってな」



 お言葉に甘えて、カウンター席に座る。

 しばらくすると、こぶしより一回り大きいパンと、スープが並んだ。



「いただきます」



 早速、スープをいただく。


 控えめな甘みが、じんわりと広がって美味しい。

 きっと体調が良くなればもっと美味しく感じることだろう。



「毎度思うんだけどさ」

「はい?」

「その『いただきます』ってのは何なんだい?」



「食べ物に感謝をしてるんですよ」

「へぇ」



 カブの漬物を食べながら返事をする。



「まるでアネッアヤーンみたいだね」

「アネッアヤーン……?」

神さま(アネッア)に真面目に祈りを捧げてる人達のことさ。ほら、朝から昼にかけて讃美歌流れてるだろ?」



 彼女は部屋の角にある、紐でぶら下げられたラジオに人差し指を向けた。



 客の対応と倦怠感で碌に聞いていなかったが、成程、あれは讃美歌だったのか。



「にしても、ほんとアンタは食わないね」



 彼女はパンの置かれた皿を見比べて言った。


 彼女はパンが三つあったが、自分は一つだけだ。おまけに食べるスピードが彼女に比べて遅い。向こうは既に二つ食べ終えていたが、自分は半分しか食べていなかった。



「まだ体調悪いのかい?」

「そんなところです」



 硬いパンをスープに浸して口に運ぶ。

 フランスパンほどではないが、この硬さが弱っている身体には少し厳しい。



「やっぱり、漢方医に診てもらった方が良かったんじゃないかい?」

「衣食住を賄ってもらってるのに、贅沢ですよ」

「アンタの給料から前払いくらいできるさ」



 彼女は、空っぽになった皿を厨房に運びながら答えた。



「お金はできるだけ貯めておきたいんですよね」

「……アンタの親父さんを探しに行く為にかい」



 ここに来た理由はヤンおばさんと出会って二日目の夕食の際に話していた。



「……もしもさ。もしも都中を探し回って見つからなかったら、どうするのさ」

「お墓も見つからなかったら、ですか?」

「オハカ?」



 文化が元の世界と似ているのだから、埋葬もあるだろうと勝手に思い込んでいた。



「亡くなった人を埋めて弔う場所です」

「都にはそんなの無いよ」


「なら死者はどう弔われるんですか?」

「小船に乗せて流すのさ」


「じゃあ、流した人の中に自分の父の名前が無いか探してみます。あったら……このペンダントを海に流してあげます」



 首に掛けてあるペンダントに触れる。



「いつも大事に持ってるけど、それは何だい?」

「亡くなった母を灰にしたものが入ってます」

「そうかい……」



 止まっていた指を動かし、最後の一口を放り込む。



「ごちそうさまでした」



 既に食べ終わっている彼女に遅れたくなかったので、咀嚼しながら言葉を発する。

 そして強引にパンを飲み込み、皿を洗い始める。



「悪いね。朝からこんな話をして」

「いえいえ。いつか話したいなと思ってましたから」



 そして、改まって彼女は自分と顔を合わせる。



「そんじゃ、早速だけど麺を取りにいってもらえるかい」

「任されました!」




 時刻は七時。

 麺の入った大きなトレーを製麺所から店まで運ぶこと三往復目。


 いつものように狭い通路の中、人を躱して店を目指していると、着飾った女性の親人が曲がり角から現れた。



 一目見た時、どきりとした。

 その美しさと、珍しさに。



 ファッションに頓着しない朱雀島の文化から遠く離れたチャイナドレスが目を引く。自分や彼女を囲う壁の汚れに似た色合いだったが、汚れとはとは真逆の清廉さを放つ紺は鮮烈だった。


 初めて目にしたチャイナドレスに好奇の目を向けてしまったのだろう。そんな彼女は鋭い目つきをこちらにやり、声を放った。



「退いてくれる?青白(あおじろ)

「え?」



 謝罪よりも先に疑問が声に出た。

 青白とは、自分の顔が青白いことから、店の常連客につけられたニックネームだ。それを通りすがりの人に言われれば、驚きもする。



「聞こえなかった?そこを退い……」

「そうじゃなくて、俺ってそんな有名人だったのかなって」


「あぁ、私はギャングの()()()()だからね。福利会の人たちから話を聞いたのよ」



 また、どきりとした。

 自分に危機が訪れたからだ。



「……あなた、後ろめたいことでもやった?」

「い、いや何も!」



 緊張は、こうも話し方を変えてしまうのか。答え方が完全に犯人のものになってしまった。


 誤解を解こうと口を開けた瞬間、胸に衝撃が走った!



「うわっ!!」



 呼吸が一瞬止まる。

 あまりの衝撃にトレーは手から落ち、体は床に打ち付けられる。

 


「……さっさと何したか吐きなさい」



 静かに言い放つと、またも目に見えない、人が突進してくるような衝撃が胸を打ち付ける!



「うがッ……!」



 外傷よりも内臓を潰されることによる吐き気が生命への警鐘を鳴らす。

 きっともう一度食らえば意識を手放すだろう。そう直感し、絞り出すように口を動かした。



「……ギャングはそんなに俺を攫いたいかよ!」



 命の危機に瀕すると人が饒舌になるのは本当のようだ。命乞いでも、質問への返答でもなく、気づいた時にはこの行為への文句が口から出ていた。

 


「……攫う?」



 意外にもその言葉が通じた。

 痛む胸を折り、頭を上げて視線を合わせて話を続ける。



「そうだよ!ここにやってきた直後に、お前らは俺を攫おうとしてたじゃないか!」

「……あなたを攫おうとした連中はどんな人だったの?」

「悪そうな甲人と水人の二人組だったよ」


「悪そうな、って言ったら当てはまらない奴のほうが珍しいわね。というか、そいつらギャングって名乗ってたの?」

「名乗ってはなかったけど、ヤンおばさんがギャングの仕業に違いないって……」

「ああ……。三幸食堂のヤン・フェンが……」



 小声でそう言うと、鋭い目から敵意が消えるのが見えた。

 そして「悪かったわね」と謝罪を口にすると、床に転がった麺を拾い始めた。


 自分は痛む背中を折り曲げ、上半身を起こした。



「一人で納得しないでくれよ……。ギャングは人攫いをするような組織じゃないのか?……ギャングのメンバーに聞くのもおかしなことだけどさ」



 本当におかしいと思ったのか、彼女は眉間にしわを寄せてこちらを見る。



「さっきまで暴力を振るってた奴によくそんなことを聞けるよ。何?相手が下手に出たからって安心してるの?」

「え、あぁ、いや……」



 数秒前に誤魔化そうとして痛めつけられたのを思い出し「そうです……」と答えた。



「はあ。顔もころころ変わって忙しない人ね」

「あはは……」



 返す言葉もなかった。



「いい?よそとは違って、ここのギャングは都に必要な組織よ」

「具体的に何をするのさ?」

「不届き者がいないか見まわったり、いるようなら捕まえて福利会に引き渡すのよ」


「さっきも言ってたけど、福利会ってなに?」

「住居や住人の把握、水やガスが供給されているかを管理したり、争いごとの仲裁や悪人の処遇を決める組織よ」



 へえ、と返事をしながら麺拾いに参加する。

 ギャングは警察、福利会は政府兼裁判所といったところだろううか。



「というかあなた、リー・ジン先生にいろいろ教わったはずじゃないの?」

「リーさんのことも知ってるのか!?」

「たまたま知ってる人があなたと関わりがあるだけよ。あなたの住民登録は先生がしたのよ」

「そんな重要なことまでしてくれてたのか……」



 それを聞いた彼女は「隠居してから頭の老化が早まったんじゃないの」と愚痴をこぼした。



 麺を拾い終え、会話がひと段落する。

 ヤンおばさんについて聞くなら、今だ。



「あのさ……」

「おい!!」


 意を決して話だそうとした瞬間、怒号が彼女の背中からやってきた。



「またあの二人が喧嘩したのね……」



 そう文句を言い、小走りで怒声のした方へと向かいだす。



「ま、待ってくれ!」

「ヤン・フェンのことなら今度答えるわ!」

「なら君の名前だけでも教えてくれ!そうじゃないとまた会えない!」



 そう聞くと彼女は足を止め振り返った。



「……チェン・メイメイよ」



 再び彼女慌てた様子で走り出し、蛍光灯が作り出した影の中に消えていった。

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