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二話 光の随に

1

 気づけば、蛍光灯が暗さを誤魔化す廊下に立っていた。


 廊下は幅1m半ほどで、床、天井、壁はコンクリートでできていることが分かる。壁には汚れが目立ち、床は湿っていて、(ぬめ)りがある。


 さながら収容施設、或いは地下施設を想像させる暗さと雰囲気であったが、民家にありそうな扉や、横に開閉できる柵、未知の言語が書かれた看板が人の暮らしの温もりの存在を示唆し、それを否定した。


 壁に取り付けられた看板の言語は、中国語や日本語のように、文字数が少なく、一文字ごとに意味があるような印象を受けた。



 扉に入る前は不安で脈を早まらせていたが、今度は興奮で早まった。眼前に狭くも広がる、見たこともない光景に胸を躍らせた。

 沸き立つ感情は、自分は知らない場所を好む異常者なのであり、父譲りの冒険野郎であることを悟らせた。




「そうだ、扉」




 後ろを振り返るも、 ()()()は無かった。

 代わりに、二つの人影が近づいてくる。


 その人影を正しく認識するまで何秒かかっただろうか。



 二つの影は人型の、人間とは異なる生命体だったのだ。



 一方は、端的に表現するならトカゲ人間だ。 


 かんばせがトカゲによく似ており、(まだら)模様が薄っすらと見える。

 半袖の服から飛び出る腕や脚は、褐色の乾いた皮膚でできていた。



 もう一方はカエル人間という表現が相応しいだろう。


 飛び出そうな目玉と、丸みを帯びた大きな顔がカエルに酷似している。

 長袖のトレーナーを着たそれからは、暗い青の、弾力がありそうな皮膚が見えた。




「よう、兄弟。やっぱ俺たちを見るのは初めてか」



 トカゲ人間が話しかけてくる。

 彼らを動揺と懐疑の目で観察していたことが顔に出ていたようだ。



「ごめんよ。ちょっと驚いてしまって」

「いいさいいさ。逃げ出すやつもいれば、腰を抜かすやつもいるぐらいだからな」




 そう会話をする横で、カエル人間が自分の後ろにぴたりと付いた。




「じゃあ、どうせ住むとこないだろうし、ついて来いよ」



 間髪を入れず、話を進める。

 ついていくか否かを決めようと逡巡していると、「ほら、行った行った」とカエル人間に背中を押され、仕方なく歩き出した。




2

 歩き出して早三十秒

 やはりこの二人は怪しかった。


 自分との間隔が恐ろしく狭いのだ。

 トカゲ人間の鼻息が鮮明に聞こえ、リュックサック越しに、カエル人間の体が当たる感覚が伝わってくる。


 未知の場所と、新たな生命体に出会った喜びはとうに消え、代わりに身の危険から生じる焦燥感が体を支配した。


 逸る体を落ち着かせるべく、持ってきたスポーツドリンクを飲もうと考えた。




「ちょっと離れてくれないか?喉が渇いちゃってさ」



 そう言って、リュックサックの側面にある水筒を取り出し、歩く速度を遅くしながらスポーツドリンクを口に流し入れる。ついでに自分との間隔を広くしてやろうという魂胆だ。



「……俺にも少し分けてくれないか」



 水筒の口を締めようとすると、初めてカエル人間に声を掛けられた。



「もちろん」



 心象が良くなれば隙を出すかもしれないと考え、快く水筒を渡す。


 しかし、一口入れると飛び出た目を見開き、こちらを凝視した。



「これは酒か?」

「いや、スポーツドリンクさ」

「スポーツ?聞いたことないし、変な味だな」



 俺にも飲ませてくれ、と言うトカゲ人間にも水筒を渡す。



「うわっ、ジュースかこりゃ」

「効率良く摂取できる水だよ」

「水を飲むのに効率なんかあんのかよ」



 思わぬ反応に活路を見出す。こうしてこちらの持ち物に興味を逸らせば、逃げ出せる機会を生み出せるのではないだろうか。



 次はポケットからスマートフォンを取り出し、カメラを起動して、周りを撮り始める。

 するとやはり、カエル人間が反応を示す。



「それ、カメラにもなるのか」

「これのこと知ってるの?」

「ああ。ここに来た親人(しんじん)の何人かはこれを持ってた。ただのライトかと思ったが……」



「シンジン?」

「お前のことだよ」



 トカゲ人間が答える。



「ちなみに俺は甲人(こうじん)。んで、うしろのコイツが水人(すいじん)

「他にも種族はいるの?」

「いや、いねぇ」



 なるほど、彼らはそういう種族名だったのか。

 階段を下りながら、甲人の彼が続ける。



「しかし、お前は肝が据わってるよ。俺らを見て、化け物だ!……なんて言わなかったし、逃げ出さなかった」

「よそから来る親人は多いの?」

「最近は少なくなったらしいぜ。俺が生まれるもっと前は来てたって話だ」


「具体的に何年前なんだ?」

「さあな」



 会話がひと段落すると、自分との間隔が開け、最初よりも歩きがゆったりとしたものになっていた。

 そして道の先に、真横に上に行く階段を発見した。


 今まで下るように進んで来たのだから、彼らの拠点から離れるには上を目指すしかないだろうと考えた。



「……ちょっと荷物持ってくれる?」

「何故だ?」

「ちょっと暑くて、服を脱ぎたくてさ」



 暑いのは事実だった。湿気で、登山服の中はサウナのようであった。

 そうして水人の彼に荷物を持たせ、上着を脱ぐと、一気に階段を駆け上がった!


 前を向いていた甲人は反応が遅れ、水人は重り(リュックサック)のせいで手が届かない。作戦は成功したのだ。



「てめぇ!」



 後ろからこだまする声には怒気が混ざっていた。自分の質問には快く答えていたが、やはり狙いは人攫いだったようだ。


 上着を捨て、走り続ける。

 時折硫黄のような臭いと腐敗臭が漂う道があり、むせてしまう。乱れる呼吸を更に荒ぶらせた。


 道を進み、分岐は曲がり、階段は上がる。

 彼らから見て、自分の姿が消えるように心がけて、足を動かし続けた。




3

 気づくと彼らの足音や息遣いが消えていた。



「はぁ……、はぁ……、ぁぁ……」



 心臓は飛び跳ね、息が上がる。

 身の危険から脱しただけに、疲労は凄まじかった。



 呼吸を整えていると、隣にあった、スライドするガラスの扉が開く。



「あんた大丈夫かい?」



 横を見やると、親人のおばさんが心配そうにこちらを見ていた。



「悪そうな、人に、追われて……」

「そりゃあギャングだね。あいつらは本当にろくな事しないね!」



 そう言うと、室内に入る様、こちらを手引きする。



「とりあえず入んな。ほとぼりが冷めるまでは匿ってやるよ」

「ありがとう、ございます」



 今だ乱れる呼吸交じりに、感謝を伝えた。




 

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