~ 第一章 日常 ~
「柚音!いつまで寝てるの!起きなさい!」
朝からママの声が家の中に響いている。こんな朝早くにあんな声量で話せるなんて、どうかしてる。枕元のスマートフォンを見るとAM8:40と表示されている。はい、遅刻確定。一応身体を起こしてみるが、どうも動く気になれない。
「あー・・・だる。」
思わず心の声が漏れる。重たい身体を無理やり動かし、目の前に掛かっている制服に袖を通す。遅刻と分かっていると尚更行きたくない。いっそのこと休もうかな。そのときスマートフォンの通知音が鳴った。メッセージの送信先は親友のエミからだった。
【ゆずー?また遅刻?サボってもいいけど今日の放課後タピオカ巡りするの忘れないでよー!】
「あー、そういえばそうだった。」
今日はエミと放課後に有名タピオカ店を巡る約束をしてたんだった。どのみち学校へは行かなければならない。制服を整えてリビングへと向かう。リビングではママがバタバタと仕事へ向かう準備をしていた。
「もういつまでだらだらしてるつもり?何時だと思ってるの!」
「別に何時に起きてもいいでしょ。学校には行くんだから。」
「ほんとにあんたって子は・・・」
ママは私を上から下までなぞるように見てきた。
「そんなだらしない制服の着方して、髪色だって校則違反じゃないの!金髪だなんて!」
「今時校則守ってる人の方が少ないって。これぐらい平気。」
「平気って、ママが平気じゃないのよ!ご近所での評判もあるんだから!」
ほら、またその話だ。ママはいつも自分の評価のことばかり。幼稚園児のときから習い事づくしで遊ぶことさえも許されなかった。でもそれは私のためではなく、ママ自身のために私に習い事をさせていたのだ。試合や大会では常に上位でないと罵倒され、上位になっても褒められることはなかった。褒められるのはいつもママだった。
「柚音ちゃんって本当に天才ね!きっとお母様の育てが素晴らしいのね!そういう教育してるの?」
こんなことばっかりだ。
そんな毎日に嫌気がさして、中学生のとき初めて家出をした。夜遅くまで友達と遊んで、髪を染めて、コンビニの前で喋った。ママという鎖から解き放たれた感覚。自分の話を聞いてくれる友達。自由という初めての経験。その全てが新鮮だった。その日から私の抵抗が始まった。
ママに勉強しろと言われれば塾はサボり、校則を守れと言われれば金髪にした。もうママの奴隷じゃない。きっと私は無意識のうちに表現していた。
「もう仕事に行くから!戸締りしっかりね!」
駆け足でリビングを出ていくママ。玄関でパンプスを履いているだろうが、小さな声で小言を言っている。きっとわざと聞こえる大きさで言っているんだろうな。こんな親にはなりたくないなとつくづく思う。
ママが玄関を出ていくのを確認してからローファーを履き、玄関の扉を開ける。今日は天気がいい。雲一つない空というのは今日のような日を言うんだろうな。でも退屈なのには変わりはない。どうせ学校へ行ってもつまらない授業ばかり。
「やっぱりサボろ。」
学校へ向かっていた足を反対方向へ切り替えす。朝から放課後まで時間を潰せるところに行こう。満喫かカラオケか、歩きながら決めよう。スマートフォンを触りながら歩みを進める。とりあえず最寄りの駅まで向かうことにする。そうだ、裏通りを使って近道をしよう。私は人気のない裏通りへ入った。
「あれ・・・?」
おかしい。明らかにおかしい。いつもの裏通りの雰囲気ではない。何か胸騒ぎがする。私はスマートフォンを鞄にしまい、ゆっくりと歩みを進めた。