孤独の列島
生物がいずれ滅びの道を歩むことになるというのは、よく知られた話だ。
太古の昔、地球上で最も繁栄していた恐竜は隕石の衝突という逃れようのない出来事で滅んでいる。意外に知られていないものの、恐竜が地上を支配していたのはかなりの期間になる。人間が過ごしてきた時間なんて地球上の歴史でようやくわずかなシミを残せたかどうかというレベルなのだ。
しかし、人類が足跡を残せる時間も、もうあまり残ってはいない。
西暦2051年。人類は孤立した島で、細々と生きていた。
☆☆
旧日本国・日本列島地域・列島最終防衛線内
今日の対馬沖はひどい雨が降っている。台風のシーズンはまだ先なのだが、海は大きくうねり、空は暗い。
「レーダーに感あり。3時の方向、高度300、距離2万7000メートル。数は3。IFFに反応なし、おそらくヴィルザーと推測されます」
艦橋内に緊張が走る。人類を滅亡寸前にまで追いやった、その生物が日本に向けてやってきているのだから。
「タイムスケジュールを見ても、今この空域を飛行する予定の航空機はありません。間違いなくヴィルザーかと」
CICのラージスクリーンに映し出される分析結果。そこには接近する人類の敵が映っている。
しかも、今回の相手は大物だ。どうやらステージ4、大陸間の渡洋襲撃を行えるタイプだ。
ステージ4のおかげで、ユーラシア、アフリカ、ヨーロッパは壊滅状態。アメリカは自国に核を落とすという悪夢を経験したものの、どうにか生き延びている。
「後続の『むつ』に伝達、ヴィルザーに正対する進路をとる。回頭後、対空戦闘準備。艦内通路のハッチ閉鎖、および用具固定を実施、SM2で攻撃を開始!」
「了解しました」
「よし!ヴィルザーへ正対する!取り舵いっぱい!」
「とぉぉおりかぁあじ、いっぱい!」
舵が限界までいっきに傾けられる。
ドスン!という音が響き、艦が急激に傾いていく。艦内各所からギシギシと金属がきしむ音が鳴り響き、隊員たちはまともに立っていられずに、手すりにつかまって踏ん張る。艦橋の窓にはすさまじい波しぶきが降りかかり、目視ではもはや何が起こっているのかわからない。
「くそ!こんな時化の日に襲撃してくるなんて厄介な!」
天候が悪い場合、迎撃用の戦闘機が飛ばせない場合もある。対馬には現状自動化されたミサイル基地と、それに付随する自動化された高射砲台、近接防御火器の要塞が形成され、常駐しているのはせいぜい100人程度。一応対馬空港は残してあるものの、常駐する飛行隊はいない。常駐していても、補給は難しいうえに貴重な残りの戦闘機を前線に張り付けておくわけにはいかないからだ。
「ヴィルザー、こちらに気づいたようです!接近速度が速くなりました!」
「かまわん!回頭を優先させろ!ハッチ閉鎖が間に合わないようならそれは戦闘中で構わん!」
「りょ、了解です!」
やがて艦の傾斜も収まり、いよいよヴィルザーを殲滅する時が近づく。
「ハッチ等閉鎖確認!」
「だめです、後部第一甲板左舷側ハッチが閉じません!」
「チッ!前の時に歪んだか!構わん、ロープか何かで無理矢理に閉じておけ!」
『とさ』はすでに艦齢が20年を超えており、本来なら次期駆逐艦の建造が開始されてもおかしくない。度重なるヴィルザーとの戦闘で、各所に損傷が出ているのだ。
しかし、今の人類には『とさ』の更新をできるような資源は残っていない。今の限りある老朽化していく艦を酷使していくしかない。
「対空戦闘用意!」
「たいくぅーせんとぉーよぉーい」
「CIC指示の目標トラックナンバー1604から1607」
「攻撃はじめ!」
「SM2発射はじめ!」
前甲板VLSが開き、轟音とともにまばゆい光が辺りを照らしながら空高く昇っていく。そして、ある程度の高さまで達すると、急激に進行方向を変え、ヴィルザーのいる方向へ飛翔する。
「目標まで、1万5000。進路に変更なし」
「命中確認をおわるまで戦闘用意を解くな!奴らは異常なほど生命力が強い!」
「了解!徹底させます!」
距離が遠い分、命中するまでにはある程度のタイムラグが存在する。
この時点で、彼我の距離は2万メートルを切ろうとしていた。
「目標1604まで、5、4、3、2、1、マークインターセプト!続いて1605、1606、1607、マークインターセプト!」
「目標にすべて命中を確認。レーダーに反応なし」
どうやらきれいに撃ち落とせたようだった。ヴィルザーは生命力が強いため、足や腕を失った程度では関係なく襲い掛かってくる。頭や胸、腹部など、生物の生命活動に必須な臓器を破壊することが最善だった。
「撃墜確認。司令、よろしいでしょうか」
「よし。戦闘終了。」
「戦闘終了、各艦、戦闘用具収め!」
「佐世保へ進路をとる。面舵30度」
穏やかになった海には、何も残らない。人が人として生きるためにしていることも、何も残らない。
だが、人類はこの地球という小さな島で、生きていくしかないのだ。