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言えない星

 これは、それなりに未来の地球が宇宙に進出して、ある星と戦争をしたあとの話。


 僕は、地球の異星交流会の未成年メンバーである。

 異星交流会とは地球が他の星とより良い関係を築くために他の星の文化を聞き取る人たちのことである。というのは建前で、環境破壊やかつての他の星との戦争でボロボロになってしまった地球が今以上に崩壊が進んでしまった時のために侵略するための星を見定めるための兵隊のようなもので正式名称を宇宙侵略団と言う。宇宙侵略団は月に一度宇宙に出張し、他の星を調査するのだ。

 僕はかつては他の星を侵略することになんの疑問も抱いていなかった。

 しかし、この活動をしていくうちにメイゲツという名前の異星人の女性仲良くなった。地球人に角が生えたような容姿のエメラルドグリーンの髪とオーロラのような目をした彼女に恋心を抱くようにさえなってしまった。

「コウと話すの楽しい」

 僕の名前を呼ぶ笑う彼女のことを思うと自然に頬が緩んでしまう。

 その女性とは偶に異星交流会で合うことがあり、普段は、動画付きの通話でやり取りをしている。彼女と初めて会ったときから他の星を侵略するであろう地球の未来に疑問を抱くようになった。

 今は僕と同じ疑問を持っている宇宙侵略団のメンバーを集めている最中である。今より準備が整ったら上司に異星と共存する未来はないのか、また地球を蘇らすような方法は本当にないのか、その方法を模索しないのか聞こうと話し合っている。最も上には上の考えがあり、他の星を侵略することに決めたのだろうけど。しかし、僕は諦めるつもりはなかった。


「今日調査する星はこの星の前情報を確認させてもらってもいいですか」

 宇宙用の船から降り、惑星に降り立った今日の僕とのペアである隊員の女子が聞いてきた。年は16歳。僕より年が2つ年下の後輩なのだが、僕と同じように地球のやり方に疑問を感じているメンバーの一人で数少ない同郷の日本人である。クルクルした黒い目をしていて、鎖骨のあたりまである髪をキッチリまとめていた。年は下なものの頼りになる仲間だ。名前はカンナと言った。

 僕は答える。

「今日調査する星は惑星グラプトペタルム。比較的小さな星で今日は僕と君でその星の人にグラプトペタルム星の話を聞くことになっている。僕たちが担当する人は地球の年齢に例えると中年くらいの男性だそうだ。ちなみにこの惑星の人の肌はとても硬く、銀色をしている。あまり驚かないように。

そして、この惑星は『言えない星』と言われているらしいその理由がなんであるかは住人に聞くことになっている」

 カンナが頷く。

 この星の指定された建物に行くのに少し歩く。街の外観は地球とあまり変わらなかった。もちろん、地球の地面は日本に限らず、どこにも水があり、何時でも洪水のようになっているけれど、そう言えば僕が子供の頃は地面はぬかるんでいる程度だなと思う。この惑星はそもそもぬかるんでなどなくて、とても歩きやすかった。

  

 指定されたし建物の中のロビーに行くとこの惑星の住人たちがいた。建物の外観も室内の様子も地球とあまり、変わりないが、柔らかそうなものは一切なかった。聞いていたとおり、皆銀色の肌をしている。無遠慮な視線が僕とカンナに突き刺さる。僕らにとって彼らが珍しいように彼らにとっても僕らは珍しいのだ。

 そんな中にこやかに僕とカンナに手を上げた男性がいた。この星では男性は短髪なんてことはなく黒い髪を肩まで伸ばしたそして、やはり銀色の硬そうな肌を持った男性だった。中年に見えるし、きっとこの人が今日僕らと対談してくれる男性なのだろうと思った。

「初めまして」

 僕がその人に話しかける。ちなみに自動翻訳機によって言葉はなんの不自由もなく、通じるようになっていた。

「初めまして。私はジン。ここだと話しにくいだろうから、僕の研究室に来てくれるかい」

 その一言に僕もカンナもホッとした。内心、ロビーにいるグラプトペタルムの人々にジロジロと見られたまま話すことになったらどうしようと思っていた。


 ジンさんの研究室に行くと金属のようなものでできた椅子を勧められた。僕とカンナが座るとこの星のものではないであろうクッションを渡してくれた。きっと僕らのためにわざわざ用意してくれたんだろう。

「研究室ということはここはなにかの機関なんですか?」

 僕が尋ねるとジンさんが頷く。

「この星は鉱物がたくさんあるのが特徴でね。私は鉱物と歴史の研究をしているんだ。他の星の人には、鉱物と歴史に共通点はあまりないように思えるかもしれないけど、この星の場合、好物と歴史は切っても切り離せない関係なんだよ。この星は他の星に『言えない星』って言われてるけれど鉱物がたくさんあるから、『硬い星』なんて言われることもあるんだよ」

「今回はこの星が『言えない星』と呼ばれている理由について、この星の方に聞きたくて、伺ったんです」

 僕が言うとジンさんはこう聞いてきた。

「この星の人たちが、呪いにかけられてることは知ってるかな?」

「呪い?」

 カンナが聞き返す。僕は頷いた。

「この星が『言えない星』と言われる理由について、呪いが関係あるということは聞いています。でも詳しいことは、まだよく分かっていなくて今回この星の歴史や好物に詳しいジンさんに話を伺うことになったんです」


 ジンさんは僕の言葉に頷いて話し始めた。

「昔々、この星の何代目かの統治者つまり王は、すごく有能な魔法使いだったらしい。この星の王族は代々、魔法が使えるんだ。それには特別な石が必要だし、僕ら一般人は魔法が使えないがね。

この王は、王子であるときから、星の人々にたくさん尽くした。だから、この王の妃に誰が選ばれるかと星中が注目した。王族か、それとも位の高い貴族かはたまた絶世の美女かってね。

しかし、王が妃に望んだのは特別美しいわけでもなんの力があるわけでもないごく普通の平民の娘だった。その娘は城の召使いたちの洗濯係、つまり下働きでね、それで王と知り合ったんだ。王はその心根に惚れたと言った」

「平民の娘が王の妃に…って星の人々は納得したんですか?」

 カンナが聞いた。

「いや、様々な人に反対されたが、王はその妃を諦めず、とうとう二人は結婚した。娘は確かに優しい人らしかったし、王を愛していたけれど、自分が妃になってしまったことに恐れおののいていたらしい。

そんな娘に王を除く城の人々は厳しく、冷たく接していたという。王はそんな妃を安心させようと毎日のように妃に気持ちを伝えたが、妃は恐縮するばかりだった。

妃が王子を産んでもそんな状況は変わらなかった」

 そこで一旦言葉を切ってジンさんは続けた。

「そのうち、妃は心労で倒れてしまった。王は自分の言葉が妃にあまり届いていなかったことを知った。妃は死んで、王は嘆き悲しんだ。

その後も王は国のために公務に取り組んだが、自分が死ぬ直前、この国に呪いをかけたんだ。『言葉に意味はない』そう言って、この星の人が最も言いたい言葉を伝えられなくなるという呪いをかけたんだ。

それがこの星のために尽くした王が星の人々にしたただ一つの呪いなんだろうね」

 ジンさんは箱を机の上においた。ジンさんが箱を開けてみせる。手のひらほどの黒くて丸い石が中に入っていた。

「これががその呪いをかける時に使われたという石だ。過去には呪いの力をより強固にする石だったが、今はその力は失われた。偉大なるかつての王の所有物だったのでいつもは違う場所に厳重に保管されている。今日は君たちのために持ってきたんだ」

 わざわざこの石を見せてくれたのはジンさんの優しさだろう。僕とカンナはそのやり方に疑問を抱いてるが、ジンさんはこの星がいつか地球に侵略される星の候補の一つとして考えられてることなんて夢にも思っていないのだ。僕は罪悪感を感じ、胸が苦しくなった。


「貴重な石を見せてくださってありがとうございます。その呪いは今も?」

 僕が聞くとジンさんが答える。

「ああ、この星の人は何かしら言えない言葉がある。僕の言葉は奇しくもこの呪いをかけた王がいつも妃に言っていて、そして言葉に意味はないと思うきっかけになった言葉だ」

「それはなんですか?いえ、言えないということは、発音できないということかもしれませんが」

 カンナが聞く。

 ジンさんは寂しげに微笑んで言った。

「私の言えない言葉はね『ーーーーー』だ」 

 確かに唇は動いたはずだし、ジンさんの声も聞こえた。にも関わらず僕とカンナにはジンさんがなんと言ったのかわからなかった。それは水の底にいる人が水面からの音をうまく認識できない感覚に似ていた。

「ごめんなさい。なんて?」

 僕は聞いたが、ジンさんは寂しげに微笑んだ。  

 こうなったら当てるしかない。僕は質問を続けた。

「好きだとかそういう言葉ですか?王が妃に言っていた言葉ということは…」

「近いけど、もっと強い意味合いの言葉だね」

「『愛してる』とかですか?」

 カンナが聞くと、ジンさんが頷く。

「そうだよ。私が妻にその言葉を伝えられるのは皮肉なことにそれが一番言いたい言葉ではなくなったときだ。例えば私が、死ぬ寸前に、『さようなら』とかを一番言いたくなったとき『ーーーーー』という好意を伝える言葉を言えるようになるけれど、『さようなら』という言葉を伝えられなくなる。中々皮肉な呪いだよね」


「この星の他の人はどんな言葉が言えないんですか?」

 僕が質問した。

「それぞれ違うね。私みたいに好意を伝える言葉が言えない人もいるし、逆に誰かを嫌悪する言葉や脅しが言えない人もいる。子供の頃はちょっとした冗談が言えなくなる人もいるみたいだよ。私も妻と結婚する前は違う言葉が言えなかったしね。ちなみに私が前に言えなかった言葉は周囲に感謝を伝える『ありがとう』だったね」

「それって結構不便じゃないですか?」

 とカンナ。

「多少はね。でも、感謝を伝える言葉は他にもあったし、大体僕が言えないことを伝えるとこの星の人は分かってくれるからね。ああ、この人はこの言葉が言えない人なんだ、という具合にね」

「『言えない言葉』があるせいで、トラブルになったりしないんですか?」

 と僕が聞く。

 ジンさんが、苦笑した。

「それがトラブルにはあまりならないんだよね。この星の人々には何かしら言えない言葉があるのは皆、生まれたときからそうだからお互い様なんだ。ただ、その人の一番言いたい言葉が書き換わるときにその言いたい言葉がなんなのか、本人自身にも分からなかったりなんてことは割とよくあるんだけどね。自分の一番言いたいことが分からないままの人もいるみたいだよ」

「ジンさんは自分の『言えない言葉』について、どう思いますか?」

 僕は聞いた。

「私の場合は妻に言えないことを少し、物足りなくなる時があるけど、でもそれ以上のにこの言葉を言えるようになったときの妻の反応が怖いかな。それは僕の一番言いたい言葉が違う言葉になったことを伝えてしまう。そうすると妻は怒るかもしれない。中々怖い妻なんでね」

 ジンさんはおかしそうに笑った。ジンさんが体を揺すったことで銀色の肌が反射する。

 僕とカンナはジンさんにその呪いについていくつか質問したあとお礼を言って、星をあとにした。



「あの星が、『言えない星』って呼ばれる理由、中々不便でしたね」

 僕らがここに来た宇宙船の中でカンナが言って、僕は答える。

「うん、あの星の人にとっては、それが普通なことなのかもしれないけどね。僕は自分にそんな呪いがかかってなくて良かったと思ってしまったよ」

「でも、少なくともジンさんは言えないことで言葉をより大切にしているように感じました。それに言えないことで、奥さんにもジンさんが奥さんのこと愛してるのが伝えられるはずです」 

 それからカンナは僕に微笑んだ。僕は不覚にも少しドキリとしてしまう。

「ねぇ、先輩。私はジンさんみたいに、あの星の人みたいに、一番伝えたい言葉を言えないわけじゃないから、これが本心だと証明することはできないし、先輩ははメイゲツさんが好きみたいだけど、それでも私、先輩のこと尊敬してます。地球だけじゃなく他の星についても考えられる優しいとことか。

こんなことを言っても先輩を困らせるだけかもしれない。そんな相手を困らせることを言うなんてその気持ちは本物じゃないんだ墓場まで持っていくべきだなんていう人もいるかもしれない。

それでも私はコウ先輩のこと…」

 驚いたことに彼女は顔を赤くしながらも、かつてあの星の王が妃に毎日伝えていたという言葉を、僕に告げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後、盛り上げましたね。自分も書くので、SFは特に注目しています。
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