ネコと和解せよ
世界は破滅しました。
突如飛来した天の軍勢が天上より業火の矢を放ち、地上は凄絶な責め苦に襲われた。
あらゆるインフラは壊滅状態に陥り、水道も病院も何もかも機能しなくなったために、伝染病も蔓延した。
人間たちは突如起きた激甚災害に、何もすることができなかった。
そしてあれほど地上に溢れていた人間の種そのものが死に瀕していた。
「人間」の世界は破滅しました。
人間たちの死を目前にしても、非情にも時を告げる鐘は鳴り続ける。
天の軍勢の長たる神は、凄惨たる世界を見下ろし、懺悔をするようにこう仰った。
「ああ、なんということだ。私は地との契約を破り、われらの似姿である人間を滅ぼした。生めよ。増えよ。地に群がり、地に増えよ。私のこの言葉は嘘ではなかった。御子の死による和解すらも。だがあなた方はサタンの欲望のままに生きすぎたのだ」
ところで、今はもう稼働することがない廃墟都市に、一匹の黒猫が歩いていた。その黒猫は長年生き続けたために、人語を解していた。同族をたくさん殺してきた危険な自動車も、今はもう走っていない。だからこそ、黒猫は歩み続けることができた。その姿を神が見落とすはずはなかった。
どこかへ行こうと黒猫は歩み続ける。それがどこなのかは黒猫にも分からないが、食べ物がある場所を求めて黒猫は歩み続けた。神は黒猫の元に熾天使をつかわせた。
その頃、黒猫は大通りだった場所に訪れていた。どこもかしこも人間の死体の山だ。
大通りを抜け公園に入り、ベンチに近寄る黒猫。すると、ベンチにうつむいたままの人間がいる。
彼は生きている。どうやらあの災厄を生き残ったらしい。彼は何かの言葉をブツブツと喋っている。
ここで黒猫は待ちかねた飼い主が戻ってきた家猫のように、愛らしく鳴いた。
もしかしたら餌が貰えるのかもしれない。黒猫は密かにそう願っていた。
人間はようやく黒猫の存在に気付き、ため息をついた。
「なんだ、人間だと思ったらネコじゃないか」
そうは言っても、未だにネコはニャンニャンと鳴き続けた。
呆れたように人間は黒猫に向き合い、こう言った。
「俺は餌を持ってないから何もあげられない。もうすぐ死が訪れる。無駄なんだよ」
その時、春一番のような強い風が人間と黒猫の間に流れた。
見よ、神の御使いである熾天使ミカエルがそこに鎮座している。
そして神が遣わした熾天使ミカエルは、神の新しい御言葉を伝えた。
「キリストの死により、我らとヒトは友情を得た。しかしヒトの罪は大きすぎた」
そして熾天使ミカエルはこう続けた。
「故にネコと和解せよ。そして諦めるな。さすれば神の憐れみを得られよう」
最後に熾天使ミカエルは、黒猫に人語を発することができるようにした。
奇跡を得た黒猫は、ヒトの子にこう伝えた。
「早く餌をくれ」