20話 千年帝国の落日
1943年を迎えてもドイツ軍は未だにソビエト連邦が周到に用意した防衛線を突破することは出来ずにいた。
この事実にヒトラーは大変憤慨しており周囲の将軍の制止を振り切って突撃を継続させている。その為に人的資源と装備の損耗速度が凄まじく補給が追い付いていないと言う有り様だった。
一方のソ連軍はその間ずっと防衛に徹し続け一度も攻勢には出ていない。その為に戦争の主導権こそ握れていなかったが損害の殆どは装備と要塞であり人的な損害は遥かに少なかった。
このドイツ軍は軍の弱体を受けて1943年に入ってからは一転攻勢に打って出て、現在は機甲師団の突破力により最前線はポーランド国境まで押し戻していた。フィンランド方面は依然として防衛に徹しているが、ソビエト連邦側の戦線が押されると共にノルウェーのドイツ軍が減少しているのでフィンランド軍主体で攻勢にでる手筈になっていた。
そしてドイツは既に死に体のイギリスに未だ空襲を続けている。その必要以上の空襲はヒトラーの相当なイギリスへの恨みから来ているのだろう。まあ、航空機がイギリス方面に向いているとこちらも随分と楽なのでとやかく言うことはないが······
そのイギリスは既にアメリカに依存している。資源的にも戦力的にもだった。栄光あるロイヤルネイビーは帝国海軍に磨り減らされ続けその数は減少したものの未だ世界3位の海軍力を誇っている。しかし陸軍と空軍は悲惨で、陸軍は殆ど本土防衛しか出来ていない有り様だった。植民地兵を徴集しようとも日本に既に占領されており、インドすら失陥間近だった。アフリカも枢軸が勢いを取り戻してきており現在は元の国境線よりも少し押し込んでいる位までに持ち直されていた。空軍はドイツの度重なる空襲により徐々に損耗が拡大していった。勿論ドイツもただでは済む筈がなくドイツも大損害を被っていた。
ここまでの世界全体での戦死者数は既に1000万にも及び、その5割がドイツが占めていた。連合国全体で3割、大東亜共栄圏が1割、我が国が1割を占めている。
史実よりは戦死者数が減少する見込みだが、場合によっては逆に増えてしまう可能性すらある。
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アメリカ合衆国 ホワイトハウス
「ハルくん。どうやら連合はここまでのようだ。」
アメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルトは力なく国務長官のコーデル・ハルにそう告げた。
「ま、まだです!まだ大丈夫です!我がステイツが有る限り連合に敗北など無いです!」
「しかしだね。既に国内では講話しろとの声が大きすぎる。このまま戦争を続けてしまっては最悪クーデター何てものも考えられる。しかしそれは戦争中に起こってしまっては不味いのだよ。それに、イギリスも既に降伏に傾ききっている。枢軸は見るからに劣勢ではあるが······我々が早急にすべきなのは日本との講話だよ。彼らにはこの一年間ずっと辛酸を舐めさせられ続けた。今や太平洋艦隊が壊滅する所か空母まで沈められた。残っているのも殆どが大破していて今も修理中だ。」
「そ、それは·········し、しかし大統領!我が国の国力を以てすれば艦隊は直ぐに再建できます!!」
「はあ、先程も言っただろう。このまま強硬に戦争を継続してもクーデターの危険性が跳ね上がるだけだと。それに、軍艦が量産出来ようとも人は量産は出来ない。一度失った人命は帰ってこないのだよ。それにハルノートの存在が明るみになったことで日本への大義名分など既に無くなっている······いや、初めから無かったものだがな。我々がでっち上げたものだからな。なあ、ハルくん。今はまだ日本にハワイを占領されている程度で済んでいる。だがな、このままだといずれ必ずや西海岸に上陸してくる。そうなれば我がステイツは本当におしまいだ。制海権は向こうにありこちらに何時でも上陸できる。制空権は本土側のこちらにあるがそれもいつまで持つものか。陸軍に至っては問題外だ。それに、日本陸軍はソビエト連邦の技術支援を受けてこちらにも対抗可能な戦車を多数配備しているではないか。だから上陸されてからでは遅いのだよ。まだ、ハワイを失陥している程度で講話した方が我々が失うものも少ないと考えるがね。」
「········大統領。大統領がそこまでお考えでしたら私も反対しますまい。幸いにも日本はスイスに講話の窓口を開いております。そちらの方に使者を送り講話条約を締結しましょう。」
ハルのその言葉を聞いてルーズベルトは安堵したのかほっとため息を吐いた。
「ありがとう、ハルくん。さて、我々の敵は日本ではない。日本と講話すれば国民の士気も回復するだろう。真に敵なのはユダヤ人迫害を行うドイツにある。さて、そうやってプロパガンダを流してくれないか?」
「ええ、分かりました。」
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大英帝国
「日本と、講話するしかあるまい。」
英国首相のチャーチルは力なくそう呟いた。
「外務大臣。日本との講話を。」
「はい。首相。幸いにも日本はスイスにて講話の窓口を開いているので問題ありません。講話条件はどこまで譲歩しても?」
「そうだな······インドまでなら手放しても構わぬ。その代わり賠償金はなんとしても回避してくれ。今の我々にそんな金を払える余裕がない。そんなことをすれば破産だ。」
「········分かりました。」
こうして英国は屈辱的な敗北を喫し日本との講話を果たすこととなる。
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米英両国と講話を結んだ日本はそのままオランダとも講話を結んで平和を勝ち取った。
日本の戦勝物は賠償金こそもぎ取れなかったもののそれをして有り余る対価を手に入れた。
アメリカからはアメリカが南太平洋に持つ島々とハワイを割譲した。
ハワイに関してはアメリカが相当渋ったものの現状の戦局と国内情勢を鑑みて渋々手放した。
イギリスは日本に香港など中国の租借地、太平洋の島々、英領マラヤ、インドビルマを割譲した。
オランダもインドネシアを手放した。
インドに関しては膨大な人口ゆえ、戦時に日本軍と共闘した自由インド政府に委譲され、インド共和国として再出発を果たすこととなる。一方マレーシア、インドネシアに関してはそのまま日本領となり日本はその後驚くべき変化を遂げることになる。




