悲しいけれど
街中を抜けた先の大きな道路はナカジ達と同じように無事に脱出できた人達の車を確認できた。数は多くはなかった。従来の交通量に比べて少なすぎた。反対車線にも車は通っていた。だが普通の車よりも街の鎮圧を行うであろう自衛隊員が乗るような迷彩柄の大型車、白と黒のセダンタイプやワゴンタイプの警察車両が殆どだった。
ナカジ達が向かっている方向の街はどちらかといえば田舎である。そして脱出してきた側は都市といわれるくらい人口密度もインフラも整う場所だけに感染速度が早まり地方よりも鎮圧が優先されるはずだとナカジは横目に反対車線を進んでいく公務員達を見ていた。
「あの……、本当にいいんですか?」
アカネがそう申し訳なさそうな顔でナカジには聞いた。
ナカジはハッとした顔をすると、「気にしないで良いよ。俺もちょうどその辺に用事があったからねえ」
ナカジの運転する車はアカネの両親の元へと向かっていた。
最初にナカジが帰る場所があるかをアカネに訊ねた。そしてアカネは車で2時間ほどの距離にある林業と農業が盛んな地方の町に両親がいることを伝え、ナカジはそこへ送り届けると約束したのだ。
「……地元にゾンビはいるでしょうか。お父さんもお母さんも……」
アカネは不安そうに自身の手を膝の上でぎゅっと握り合わせた。
「ハッキリとしたことはわからないけれど、さっきの街から随分と距離があるから感染が広がっている可能性は低いはずだよ。その根拠に、あの街を出てから今の今までゾンビを見かけていないだろう?」
「でも、道路は山の中だから人通りが全然ないだけで、それにそれは感染の起源があの街だった場合ですよね。感染源が全く別の何かで、それは同時多発的に色んな街で起こっていたら……」
ナカジもそれと同様のことを考えていた。感染はあの街に限った事ではなくて、実際には日本中に拡散している可能性もある。ナカジは試しに起動してみた携帯電話の電波も圏外であることを確認しており、情報が何も入ってこないため全て憶測でしか判断できずにいる。だからナカジは全て最悪だったことをベースに物事を考えていたのだが、酷なことをわざわざアカネに伝える必要はないと思慮していた。
意外にも冷静な分析をするアカネに感心しつつ、ナカジは楽観を口にした。
「何も分からない今はとりあえず可能性を信じよう。たらればを考えて暗くなるよりもずっといいからねえ」
「はい。……そうですね……」
アカネが数時間前に精神的な苦痛を味わった後に楽観的にすぐ物事を考えられるような心境ではないことを、ナカジは人生経験的に理解していた。だが建前上そう伝える方が精神衛生上良いこともまた知恵として知っていた。例えそれが気休めだったとしても。
車で移動中、アカネは携帯電話で写真を見ていた。ナカジはアカネの様子を確認する為に横目で見た時に偶然それを確認できた。専ら運転に集中しているのだが、写真の中身が気になり無礼を承知で時折覗いた。先程の友人と思しきふたりとアカネが3人で写っている仲睦まじい姿の景色を背中にした写真。おそらくペットと思しき大型犬の写真、そして家族が全員で写っている写真だった。
「ナカジさんは兄弟がいますか?」
アカネは家族写真を見つめながらナカジにそう尋ねた。
「兄がいたらしい」
ナカジはすぐに答えた。
「らしいというと?」
アカネは不思議そうにナカジを見て聞いた。
「俺が産まれる前に、幼児の時に病気で死んだらしい。赤子の兄の写真も見たよ。これがお兄ちゃんなんだよって言われたけれど、実際に見たことがないから写真で説明されただけだと実感がないんだよねえ」
「そうなんですね。なんというか、その……」
「ああ、いや、気にしないで。別に『聞いちゃいけないことを聞いた』とか思わなくても良いよ。本当に兄がいた、という事実しか知らないし思い出もなにもないから気に病む隙もないんだよねえ。だから俺は弟という自覚も、次男という自覚もない。どちらかというと一人っ子の気持ちで今まで生きてきているよ」
「そうなんですね」
「アカネくんはどうなんだい? 予想だとしっかり者のように見えるからお姉さんなんじゃないかと思うんだけどねえ」
ナカジは真っ直ぐと進行方向を見つめながら悠々と推測した。
「しっかり者に見えますか?」
アカネは家族写真を再びじっとみながらそう呟くように言った。
「そう見えるよ。雰囲気も出ている」
「褒めているんですよね?」
「もちろん」
「ありがとうございます。……私は一人っ子です」
「へえ、そうなんだねえ」
「はい。きょうだいは欲しかったんですけど……、両親もそれを望んでいたみたいだけど妊娠することが難しかったみたいで、私を産んだ時点で高齢出産になっていて、次の妊娠は命の危険があったみたいで止むを得なかったみたいで」
「それじゃあ、君はご両親にとって大事な宝物なんだねえ」
「そうでしょうか。どんな親にとっても子供は宝物なんじゃないでしょうか」
「勿論そうだけれど、ケースバイケースというかねえ。君のご両親はまだ子供が欲しかったのに産めない環境にいて、ようやくアカネくんという大事な子供を身篭って、産んで、育てて来たわけでしょう? それはきっと並み居る親の中でも子供に対する愛情は飛び切り強いものだと思うよ。ベクトルの問題というか、もちろん親の子供への愛情に強弱を付けるのは親の立場になったこともないような俺が言うのはおこがましい事なんだけれど、俺はそう思ったんだよねえ。少なくとも……、俺の親よりは強い!」
ナカジはそう言い、アカネに微笑みかけた。
アカネは俯いていたまま写真を見ながらナカジの話を聞いていたが、偶然顔を上げた時にナカジの笑顔を見た。
ナカジ本人は元々アカネがこちらを見ているものだと思って微笑みかけたのだが、その偶然がアカネには励まされたように心に響いた。
「お父さんとお母さんのことを良く言っていただいてありがとうございます……。あまり両親のことって話したことないんです。授業参観でも他のお父さんとお母さんよりも歳をとってるし、恥ずかしかったですし……。私がそのことを気にしていることを知っていて、学校行事に来ても私の迷惑にならないように大人しくしていたことも私は知っていて……」
アカネはそう台詞を言い終える頃、涙声になっていた。
「あれ……。どうしてだろう。凄く……。すごく心配だなぁ……。お父さんもお母さんも、生きているのかなぁ……。まだまだ言いたいことも、してあげたいこともたくさんあるのに……。どうしてだろう、もう死んじゃった時のことを思い浮かべちゃっていて、その考えがやめられないんです……」
車のエンジンが駆動する微弱な音、道路を駆ける四つのタイヤが地面と擦れる僅かな摩擦音と共に車内にはアカネのすすり泣く音が広がる。
ナカジはさっきよりもアクセルを強く踏み込んだ。
青い標識を頼りに車を進めたナカジはアカネの町へと到着した。道中自然の多い山道を通ってきたがゾンビが来襲したと思わせるような異変は感じられなかった。しかし、終点となる町へ繋がる信号の稼働する道路では変化は一目瞭然だった。
数十台の車が車線を無視して町の外へと逃げようとしていたであろう車同士で事故を起こしていた。正面衝突、玉突き、四方八方から追突されて厚みのある鉄板のようになっている車もある。運転手がそのまま残っている車もあれば無人になっている車もあるが、その車にはフロントガラスが半壊しており、その破れたガラスの周りには皮膚と髪の毛らしき物体が生々しく残っている。
それらを見ただけでも異様だと理解できるのだが、この中でも目立つ事象はひと目ではっきりとわかった。
「なにあれ……」
アカネはぽかんと開いた口でそう呟いた。
アカネの視線の先。それは信号機なのだが、その信号機の点灯機部分に人体が背骨をむき出した状態で、それを支点にして垂れており、まるでハンガーのようにぶら下がった状態で腕を右往左往に動かし、それに連動するように足も動いているのである。
「あれは……、ゾンビだよねえ」
ナカジは怪訝な顔でそれを見た。車を上手に動かし事故車を避けながら町中へと入っていく。
ゾンビはこの町にも来ていたそれがわかった瞬間、ナカジは咄嗟にアカネを見た。
アカネは身体を正して周囲をジロジロと見渡していた。
「どうしたんだい?」
ナカジが恐る恐るアカネにそう尋ねた。
「うちの車がない! この事故ってる車の中にない!」
血相を抱えたアカネは唸るようにそう言った。
「それじゃあ、まだご両親は家にいるかもしれないねえ。ここから家に帰るルートはわかるのかい?」
ナカジがそう聞き、「うん」とアカネは強く頷いた。
アカネの指示通りに車をナカジは進めた。血染めになった白線の横断歩道。黒い靄の上がる民家だった建物。血の池が出来ている電信柱の陰。そして町の中にちらりちらりとゾンビの姿を確認できた。衣類がはだけたゾンビ、左右の腕のどれかが欠けたゾンビ、腹部から垂れた小腸を引き摺るゾンビ。まだ幼い小学生にもなっていないであろう子供の半壊した顔のゾンビの姿もあった。
アカネはそれら全てを目にしていた。ナカジに道を行先を導く為に前を向かなければいけなかったからだ。ナカジは心配した。惨いその光景は自分もなかなかに堪えるものがあったからだ。だがアカネは気丈に自分が行きたい道を示し続けた。アカネの内心は両親の生死の不安への焦燥で外部の環境など気にしている余裕どころではなかったのだが、それを同じく柄にもなく嫌な予感がして焦っていたナカジは知る由もない。
アカネの案内によりナカジの車は、アカネの実家へと辿り着いた。家の前に車が二台止まっている。赤い軽自動車と黒いワゴンタイプの車だ。
アカネは到着するや否や周囲の安全確認をせずに車を飛び出した。ナカジはそれを見て慌てて止めようとしたがその努力も虚しく助手席のドアが閉まる方が早かった。
アカネは家のドアへと駆けていく。ナカジはその後ろ姿を見つつ、自身は周囲にゾンビがいないか気を配りながら車のエンジンをかけたまま降りた。周りにはゾンビがいる様子はないことを確認したナカジはアカネを追いかけて家の玄関まで歩いた。
玄関の前でアカネは応答のないインターホンを鳴らし続けていた。
「お父さん!お母さん!いないの!?」
「アカネくん。あまり大きい声を出すとゾンビが来るかもしれない」
「だって……!」
涙声のアカネはナカジを潤んだ瞳でじっと見た。
「落ち着きなさい」
ナカジはそんなアカネの両手を掴んで握りしめた。
「状況の確認をしよう。アカネくんは家の鍵を持っていないのかい?」
「ないです……。大学のロッカーに鞄を入れていてその中に……」
「そうかい……」
ナカジは眉間に皺を寄せて渋い顔をした。そしてアカネが落ち着いたのを見て両手を解放した。それから、家のドアに手をかけた。
「そもそも家に鍵がかかっていない可能性は……」
そう言い、ナカジが軽くドアを開こうと力を入れると扉が開いた。
「おや」
「えっ」
ナカジの挙動に注目していたアカネは扉が開いたことに驚いて短く声を上げると、ナカジもまさかの展開に驚いた。
「田舎の家は鍵をかけないって本当だったんだねえ」
「そんなはずは……。うちは何かと物騒だからってしっかり鍵をかける家なんですよ……」
「じゃあ、なにか理由がありそうだねえ」
ナカジはゆっくりと扉を開いて中に先導するように入った。
「悪いけどこれからは俺が先に行くよ。用心して。中にゾンビがいないとは言いきれないからねえ」
心配そうな面持ちのアカネはナカジの顔を見て小さく頷いた。閉めた扉の鍵をアカネが閉めようとしてナカジはそれを手で止めた。
「万が一があって、いざ咄嗟に逃げようとした時鍵をかけていると妨げになるから鍵はかけないでおこう」
「はい」
ナカジの凄みのある声音にアカネはぎょっとしたが言われるままに鍵をかけることをしなかった。
玄関には荒らされた様子があった。靴が散らかっていて、玄関マットには土足で踏み込まれた土埃の跡がくっきりと残っている。それは部屋の奥まで続いていた。
それを追うようにナカジは土足で部屋へと進んでいく。それに習おうとしたアカネだが、土足で家に入ることに抵抗を最初見せて何度かナカジと廊下を交互に見ていたが、遠くなるナカジの背中を前に四の五の言う暇もなくナカジの後を追った。
ナカジは部屋に入ると目の前に頭に何かが突き刺さってる小柄で長髪の女が横たわっている姿が目に入った。顔付近に血の池ができている。皮膚が青白いことからナカジは人生経験上恐らく死体だと予測できた。そして、部屋の中に男女のゾンビがいた。
正気の失った目。青白くなった皮膚。二の腕に歯型の裂傷がある男。腕に2箇所噛み跡のある女。外見の年齢的にアカネの親だとナカジは推測できた。
「うわっ」
追随して部屋に入ってきたアカネが短く悲鳴をあげた。
そして、
「えっ……」
という短い呻き声を上げ、悲痛な面持ちと共にアカネは力なく両膝を地面に打ち付けるように崩れ落ちた。
アカネは自分の両親がゾンビになっている姿をハッキリと見てしまった。確認するまでもなく、それは自分がこの場所に来るまでに見つけてきたゾンビの特徴を記憶からそれがゾンビであり、最早人ではないということをアカネは簡単に推測できてしまった。
悲しみにくれるアカネはその場から動くことは出来なかった。
アカネの様子が気になるナカジは振り向いて心のケアをしたかった。だが、ゾンビとなり理性のなくなった亡者がそんな暇を与えてくれるはずもなく、ゾンビとなったアカネの両親はナカジ達へと歩み寄ってくる。
それを見てナカジは間髪入れずに目の前で倒れている亡骸の頭部から刺さっている何かを利き手の右手で引き抜いた。
それは一般的にどこにでも売っているようなプラスドライバーだった。
「俺は今から君の……、ゾンビになってしまった君の両親を殺すよ」
ナカジは対峙する二体のゾンビを見つめながらそうアカネに宣言した。
アカネは返事ができなかった。茫然自失となったその顔には表情はなく、まるで虚空を見つめているかのように虚ろな目をしていた。何かを見ているようで、見えてはいない。
まず最初にナカジへと向かってきたのは母親だったゾンビだった。だが、ナカジの前に倒れている女ゾンビの頭部に溜まった血溜まりを踏み、床がフローリングだったこともあり母親だったゾンビは盛大に空中で一回転して後頭部から床に強打していた。まあその程度の衝撃では歯牙にもかけない様に起き上がってくるのだが、そうしてずっこけている間に父親だったゾンビがナカジに襲いかかってくる。
ナカジは自分を捕食しようと掴みかかろうとしてきた亡者の腕を関節を持ち上げ、払い除けると父親だったゾンビの首を左手で鷲掴みにした。父親だったゾンビはナカジに噛み付こうと必死に顎を上下に動かしている。まだ誰も捕食していないその口腔内は人間そのものであり綺麗な口腔内だったとナカジは一瞬思った。
そしてナカジは比較的人の手でも脳幹を砕きやすいコメカミを狙って、右手に握るプラスドライバーを突き刺した。長さ12センチ程度のドライバー本体が根元まで突き刺さり、それからミキサーのようにグリグリと脳内を破壊するようにナカジが数秒捏ねくり回す。すると、父親だったゾンビの動きはピタリと止まり力無くその場に崩れ落ちた。
既に起き上がっていた母親だったゾンビにもナカジは同様の処置をした。まるで流れ作業のように慣れた手つきでゾンビを数秒で二体を葬ったのだ。
ナカジは警戒していた。どういう原理であるかも解っていないゾンビとなった亡骸が再び息を吹き返す可能性も否めないからだ。だが、体感にして1分が経ったところでナカジは気を緩めた。
脳幹を壊せば動きが止まる。これは正しい処置だとナカジは理解した。だが、油断はできないと考え、処理した2つの死体、それから元々あった死体にも脳幹を破壊する処置を施してから離れた場所にまとめて引き摺って置いた。プラスドライバーは元々刺してあった遺体の頭部に再び差し戻しておいた。
ナカジがその一連の作業をしている間もアカネはへたりこんだままだった。ナカジは気にかけて何度も様子をちらりと見ていたが声はかけなかった。こんな時にかける言葉を思い浮かべるよりも先の危険性を排除する方が優先だと考えていたからだ。
結果としてろくな慰めの言葉が思い浮かばなかったのだが、気がつく点はあった。
アカネの両親に残る噛み傷を見るに、入ってきたこの女のゾンビに噛まれて感染したのだろう。この女のゾンビは首を噛まれていて大出血していた。それを見て怪我をしていたから介抱しようとしてなのか、知り合いだったのか、招き入れた理由は何にせよそれが不幸を招いた。感染の理由は明白だった。
ナカジはアカネの前にしゃがみこんだ。
「君のお父さんとお母さんは誰かを招き入れたことで」
「向かいに住んでたコズエちゃんだった」
アカネは虚ろな目でボソボソとそう言った。
「さっきナカジさんが引き摺って行く時、顔が見えた。コズエちゃんだった。2個年上のお姉ちゃんで昔から仲良かった。家族ぐるみで遊ぶこともあった。家の家業を継ぐために戻ってきたって聞いてた。コズエちゃんが……、お父さんとお母さんを殺したの……?」
「……正確には、ゾンビになったコズエちゃんであって、コズエちゃん本人の意思ではないよ」
アカネはそう言われるとすくりと立ち上がり、溜まっている血の池を踏み締め、ナカジが3つの死体を移動させ放置している場所へゆっくりと歩いていく。
そしてしばらく死体を眺めたあと、アカネはリビングらしき場所へと歩いていく。不安になったナカジがアカネの数歩後ろをついていく。
リビングの収納棚を開いたアカネ。その棚の引き戸の裏には刃物を収納する場所が四つあり、四つとも埋まっている状態だった。アカネはそのうちの1本を取り出した。刃先の長い、刃渡り15センチほどの包丁だ。
ナカジはその行動を怪訝そうに見ていた。
何をするつもりだ?
そう思っていた矢先、アカネは両手で包丁を握ると刃の切っ先を自身の喉元へと向けた。
それを見たナカジは考えるよりも先にアカネの包丁を持つ手を握りしめていた。
「何を考えているんだい?」
「死なせてください……」
アカネは大粒の涙を流しながらそう言った。
「もう、生きていたくない! 大好きな友達も、大好きなお父さんも、大好きなお母さんもいない! 辛いことばかり! ゾンビの世の中になったのならどうせ生きていけない! だったらゾンビに噛まれて死ぬくらいなら自殺した方がマシじゃない!」
アカネはそう言い、手にしていた包丁を手から離した。ナカジが包丁を代わりに握っていたのでそのまま地面に落下することはなかった。
アカネは気が抜けたように腰から勢いよく地面にへたりこもうとしたが、力の抜けた身体を見たナカジが咄嗟にアカネを片腕で支えて一緒に地面に腰を下ろした。
「ゾンビの世界になって辛いことばかり……。生きていたくない……。死にたい……」
アカネは泣きながらナカジの胸に顔を埋めた。ナカジは胸元が湿気を帯びていく感覚が伝わり、やるせない思いを隠しきれず顔に出ている。
そしてナカジは持っていた包丁をアカネの手の届かない位置に置いたあと、アカネをぎゅっと抱きしめた。
「君の友達も、お父さんもお母さんも生きていたくても生きられなかった。だから君はその分を生きろ、なんてそんな呪縛みたいなことは言わない。だけど俺の為に生きてほしい。俺の為に、俺と一緒に生きてほしい。君の友達の代わりに、両親の代わりにはならないかもしれないけれど、一緒に生きよう」
そして部屋には静寂が流れていた。
聞こえるのは心臓の鼓動がふたつ。そして、寝息の音がひとつ。




