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プロローグ コンビニだった場所で


コンビニの屋内は物資がほとんど残っていなかった。床には踏み潰された雑誌の紙くず、飲料水の空瓶、埃や塵などゴミが散乱している。そのせいで店内の奥は暗くカビ臭かった。パンデミックから数年経った家屋の中はコンビニに限らずそれが普通だった。


「ここのコンビニも乾物以外は全滅だねえ。まあ当然だけど例外にもれず飲料も水以外は人工の成分が混じっているせいで腐ってしまっているねえ」


「しょうがないよ。もうあれから五年も経っているんだから」


缶詰や乾物が置かれた陳列棚の前でしゃがんでいるアカネが、せっせと目前にある使える商品をアウトドア用のバッグパック詰め込みながらそう言った。


ナカジは飲料水類がガラス戸越しに陳列されている商品を見つめていた。パンデミックが発生する前では電気が通り機械が正常な作動を行われることで中の飲み物は冷えて保存状態も良いのだが、冷蔵されていない飲み物は中身が腐敗しているものが殆どであり、飲料可能なのは水くらいだ。


「昔は炭酸飲料を好んで飲むことはなかったけど、もう飲むことができないと考えると無性に欲してしまうのはなぜだろうねえ。まあ炭酸に限った話じゃないんだけど」


文句をたれつつナカジは取手をつかんでガラス戸を開いたナカジは中に残っている飲水が可能な水をありったけバッグに詰めていく。


残っていた水を全て詰め終えたナカジはふと隣の冷蔵庫に目を向ける。そこは酒類が置いてある大人向け飲料のコーナーだった。


考えるよりも先にナカジの手が取手に伸びる。数ある酒瓶の中から『イタリア産 本格ワイン』と書かれたボトルを何気なく手に取った。


「これは腐ることがないもんねえ。アルコールを発明した奴は世界がこうなることを予見していたのかもしれないねえ……」


「……それ、持っていくの?」


缶詰などの生活必需品を収穫し終わったアカネがナカジのそばまで来ていた。肩に担いだ護身用の自動小銃の位置を修正し、腰に帯びている刀の位置を整えていた。


「飲まないとやってられないからねえ」


「普段から飲まないのに。珍しいね」


「冗談だよ。まあ、料理にも使うことが可能だし、いざとなれば消毒にも使えるからねえ」


「いいけど、あんまり背負いこまないでね。医療品とか必要なものは他にもあるから」


「これも医療品のひとつということで、いいじゃない」


「まったく……」


そんなやり取りをしていた時だった。


入り口の方から何かが倒れた鈍い音と機械音がふたつ鳴った。


二人は経験上その音の正体に何となく察しがついていた。


朗らかな雰囲気だったがアカネは先ず迅速に肩からぶら下げる小銃のグリップに手をかけ、セイフティを解除して準備した。


ナカジは酒瓶を小脇に抱え、そばに立てかけてあった狙撃銃を拾い上げるとボルトハンドルを手際よく操作して弾を装填した。


二人は顔を見合わせると小さく頷いた。そして音の正体を確かめるべくゆっくり慎重にコンビニの入り口へと歩いていく。


そして現場には、二人がこの店に入る時に設置した『対ゾンビ用』に用意していたトラップにそれが掛かっていた。複数用意してあるトラバサミのうちふたつがゾンビのそれぞれの足首に食い込み、地面に倒れ伏していた。足首はもげかけており、皮膚は千切れ両足の艶の無い腱がむき出しになっている。


トラップに掛かったゾンビは低く唸り声をあげ、ナカジとアカネを睨むようにぎょろりとしたその眼で見ており、瞳には光がなく汚泥のように淀んでいる。青白く肌は艶を失い、鑢で研いだようなガサガサな肌は亡者の特徴そのものであり、頬、胴体、脚部などの皮膚が所々裂けていて腐臭を放つ乾燥した内臓が脇腹から飛び出ている。


それはあまりにも醜く悍ましい姿をしているが、その姿になる以前はきっと可憐な面立ちをしていたのだろうと思わせる容姿の片鱗がみえる面影の少女のゾンビだった。


「かわいそうに」


哀れみの表情が浮かぶアカネがぽつりとつぶやいた。


「この感情はいつまでたってもなれないねえ」


ナカジは狙撃銃のトリガーにかけていた指を離して右肩に掛けると、代わりに左肩に掛けてあったアカネとは違う消音器付きの自動小銃を取り出し、コッキングレバーを引いて薬莢を装填した。


「いいよ、弾がもったいない」


ナカジが鉛玉で脳幹を砕こうとすると推測したアカネは自身も装備していた銃を仕舞うと帯刀していた紫を基調とした花柄模様の鞘から刀を抜いた。すらりとした玉鋼の刀身は太陽の光が当たることできらりと怪しい光沢帯びている。


それを見てナカジは小銃を片付けると自身も帯刀している白い柄を握り、漆黒の鞘に手を置いた。それを見てアカネは制止するように、


「任せて。この子が苦しまないように一瞬で片をつける」


そう伝えると両手で刀を握り、刀身を振り上げた。まあ、ナカジは元々アカネの行動に茶々を入れるつもりはなく、単に手を休める為に柄を利用していただけだったのだが。


アカネの方が自身よりも腕が立つことを知っているナカジは「わかったよ」と素直に言うことに従い柄から手を離した。


ゾンビとなった少女は足が固定されていてもなお上半身は常に動き、目前の獲物であるナカジとアカネを捕食しようともがいている。


今にも這いずり動きそうなゾンビの処理は迅速に行われた。小刻みに動く上半身をアカネは一太刀で脳幹を捉え叩き割り、頭蓋は半分に綺麗に割かれた。そしてゾンビの身体がぴくりとも動かなくなる。そして汚泥のような浅黒い色になった血が勢い弱く周囲の床に漏れ広がった。


「前から思っていたけど、脳幹を破壊しないと動き続けるなんて、本当に映画とか漫画の世界の話と同じだよね。まるで誰かが『そういう風な仕様にした』みたいじゃない?」


刀身についた汚れを血振りしているアカネは訝しげな顔をしながらナカジに問いかける。


「さあ、どうだろうね。もし誰かが意図的にこのパンデミック現象を作っているのだとしたら、これを打開するためのワクチンを作っているとか、対応策を持っていて今頃世界はこんなことにはなっていないと思うけど……」


ナカジが何かを言いかけたところで話が止まり、相棒が再び白い柄の刀に手をかけたことにアカネが気がついた。


「うん? なんでそれ抜こうとして……」


アカネは迷わず抜刀したナカジの姿に疑問を投げかけようと言葉を紡いでいたが、そんなナカジの視線の先を追ってその行動の意図を知る。


ふたりの目前には数十のゾンビの群れが集まってきており、コンビニの入り口の数メートル手前まで迫っていた。


「話の続きは後だな。今はここを切り抜けよう」


ナカジはほくそ笑んだ顔をアカネに見せつける。


「文字通り『切り』抜けるしかなさそうね。撃ったら周囲の気が付いていないゾンビも呼んじゃいそうだし」


「そうだな」


そう言いつつ、ナカジはアカネのそばに寄り、アカネの顎を軽く掴むと顔を近づけて唇を重ねた。それは危険の前に必ず行われるふたりの習慣儀礼なようなものだった。もしものことがあっても、悔いが残らないように。


「行こう。いつも通り先陣は俺が行く」


「ナカジにとったらこんなの朝飯前の運動みたいなもんよね。私は必要ないんじゃない?」


「殿だけ任せた」


ナカジはそういうと抜刀し、ゾンビの群れへと歩いていく。


その後ろをアカネが追随していく。


「さて俺たちの家へ帰ろう」


ナカジは小脇に抱えていたワインを一口だけ飲み、そのボトルを目前のゾンビに挑発するように投げつけた。そして刀を構え、こちらへ向かってくるゾンビに切りかかった。


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