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2018年/短編まとめ

四月の愚者は桜の木の下に居場所を求めている

作者: 文崎 美生

ザックザック、と軽快な音がする。

探していた人は思いの外簡単に見付かり、普段息を殺したように見付からない姿からは想像出来ないほど、生命力に満ち溢れて見え、数回瞬きをした。


春らしい桜色の世界の中、彼女はスコップ片手に桜の木の根元を掘り起こしている。

いつもは飄々とした様子だが、流石に体を動かせば汗は出るし、息も乱れるわけで、気だるそうな溜息と共に額を拭っていた。

長い前髪が額に張り付いているようで、前髪を掻き上げる姿を見れば、やはりいつもと違う、という気持ちが大きくなる。


(サク)ちゃん」


意を決して呼ぶ名前に、彼女はゆっくりと振り返り、体を斜めにした状態で首を捻る。

酷く体の柔らかい動きで、体全体が滑らかな曲線を描いたシルエットとなった。

「なぁに」気だるげに吐き出される返答に、これはいつも通りだ、と少し安心する。


癖の強い真っ黒な髪は、相変わらず鮮やかな水色のシュシュを使い、肩口で大雑把にまとめられていた。

しかし、その髪には黒を染めようとするように点々と桜の花弁が乗っている。


「こんな所で何してるの?」


問いかけて眉尻が下がる。

片手に持ったビニール袋が答えを待つ沈黙を埋めるように、小さな音を立てた。

当の本人は、濁りのない真っ黒な瞳を数回瞬かせると「穴、掘ってる」掘り起こした土を、スニーカーの爪先で蹴り上げる。

白っぽいスニーカーは、土汚れが目立つ。


「桜の木の下には死体が埋ってるって言うから」

「あぁ……なんだっけ、それ」

「『櫻の樹の下には』梶井基次郎」


片手に持ったスコップを土の上に突き立てて、体重を乗せる作ちゃんは気だるそうに答えてくれる。

ひどく抑揚のない声は、感情が乏しく、真意が見えてこない。

――いや、そもそも、真意が見えたこと自体ほぼない。


「……それで?埋まってた?」


問いかければ、俺の眉尻が更に下がる。

逆に作ちゃんは眉を上げ、いいや、と端的に答えて首を振った。

その動きに合わせて、髪が大きく揺れ、桜の花弁がいくつか落ちていく。


「まさか。そんな事があったら、今頃サイレンが鳴り響いて、規制線でも張られているんじゃない?」

「えっ、嫌だね、それ」

「でしょう」

「あれ?でも、なんでまだ掘ってるの」


ザックザック、作ちゃんが掘り起こした土を放り投げていく。

俺の言葉に緩く顔を上げると、厚い前髪の隙間から覗く瞳が、矢のように俺を射抜いた。

肩を跳ねさせた俺に対して、作ちゃんはピクリとも動かない表情筋のままに「それはね」と言う。


額が汗ばんでいる割に飄々とした様子で、作ちゃんは持っていたスコップを放り投げ、カンコロと高い音を立てた。

何をするのかと思っている間に、何故か磨き抜かれた黒いローファーを脱ぐ。

脱いだローファーを爪先で踏みつけながら、片足を上げ、履いていたソックスを抜き取る。

唐突かつ予想外な行動に目を丸める俺を置いて、作ちゃんは素足になった。


「ちょっと作ちゃん、なにして……」

「こう」


手を伸ばして問いかける俺に対し、何事もないように自分自身の手で掘り起こしていた穴の中に飛び込む作ちゃん。

ふわりと揺れる黒髪が、スローモーションのように穴の中に沈む。


「作ちゃん!」


駆け出し、飛び込む勢いで穴の中を覗き込む。

思いの外穴は深く、作ちゃんの体がすっぽりと覆われている。

ヒクリ、引き攣ったのは喉か口か。


穴の中に収まっている作ちゃんは、顔を俺の方に向けたまま、硬い表情筋を動かし「こう」笑った。

なんて子だと思う、嫌な子だと思う。

慌てて駆け出し、蹴り飛ばした作ちゃんのローファーとソックスが俺を睨んでいても、俺は被害者だと声を大にする。


「埋まっているものがないのなら、ボクが埋まれば良いじゃない」


どこかの女王様のような発言に、頭がズキリと悲鳴を上げた。

当の本人はどこ吹く風とでも言う様子で、目の前の土に触れ「冷たい」と笑い声を上げる。


「幸せでしょう。自分を苗床にして綺麗な花を咲かせるんだ。どんなに汚くても、肥料にして貰える」


にまにまと意地の悪い笑みを浮かべたまま、作ちゃんは伸ばしっぱなしの爪を目の前の土にめり込ませた。

そのまま爪でガリガリと土を削っていく。

「作ちゃん!」手を伸ばし、今度こそその手を掴んで止めれば、予想よりも強い力を与えてしまい、手首がギシリと音を立てた。


大きく瞬きを一つした作ちゃんは、緩慢な動作で首を傾ける。

言葉を発することなく、何、と態度で示しているのだ。


「……死んでるなら、花が咲いたのかなんて分からないでしょ」

「一理ある」

「あと、それはそれとしてですね」

「うん?」


骨が軋む音を立てた作ちゃんの手首をゆっくりと離す。

それから今度は、俺の手首に引っ掛けてあったビニール袋を掲げる。

作ちゃんはまた、大きく瞬きをしてその黒目にビニール袋を映した。


俺はそのビニール袋の中に手を突っ込む。

目的のものを引っ張り出し、更に掲げれば、ハイライトのない作ちゃんの目だが、僅かに潤いが増し、黒を濃くした。

スーパーでもコンビニでも売ってる、団子が三本入ったパックだ。


「俺はお花見がしたいなぁ」

「みたらしだ」

「みたらしです」


ふむ、と考え込むように顎に手を当てた作ちゃん。

その手の爪には、黒く湿っぽそうな土が入り込んでいる。


「胡麻は?」

「あるよ」


作ちゃんの問いかけに、更にビニール袋に腕を突っ込む俺。

取り出すのは似たようなパッケージだが、ゴマの串団子だ。


「でも、今から埋まるなら食べれないね」

「最後の晩餐だよ」

「花より団子の養分とか、桜の方からお断りされると思うよ」


小さく首を傾けた作ちゃんだが、直ぐに「それもそうなのかも知れない」と呟く。

そうして一つ、自己完結してしまったように頷くと、よっこいしょ、逆に気の抜けるような掛け声と共に、穴の中から這い出ようとした。

穴の中から伸びてくる白い手というのは、ベターなホラーに思う。


細い腕で必死に自分の体を持ち上げようとしている作ちゃんを見かね、俺は団子のパックをビニール袋の中に戻し、穴から突き出されている手を掴む。

華奢な手は簡単に包み込めてしまい、はた、と作ちゃんが俺を見た。

やましいことなど一つもなく――むしろ、俺は穴に飛び込んだ作ちゃんを引き上げているわけで、人助けと言っても過言ではない、はず、だ。


「……まあ、冬虫夏草みたいだしね」


俺の手を掴んだまま、ほぼ自分の力を使わずに穴から出てきた作ちゃんは、そう呟いた。

溜息混じりのそれだが、俺は片眉を上げながら「え?」と聞き返す。

聞こえていたが、意味は分からない。


「蛾とかの幼虫に寄生する茸」


若干俺の手に爪を立てた作ちゃんは、俺の手を一瞥して残った爪の跡を尻目に、自分の爪に入り込んでいた土を取り除く。

抑揚のない淡々とした口調は、自分から出した話題だというのに興味がなさそうだ。


それどころか、飽きたとでも言いたげにしゃがみ込み、俺の持っているビニール袋の中身を覗く。

中からゴマ団子のパックを取り出す作ちゃんに「こらっ」袋を持ち上げてその手を弾いた。


キョトン、そんな効果音がつきそうな顔をして見せた作ちゃんに「手、洗おうよ」と進言する。

流石に土を掘り起こし、爪で引っ掻いていたその手で飲食をするのはいかがだろうか。

俺の言いたいことが思いの外早く伝わったようで、作ちゃんは素早く立ち上がる。

髪についた桜の花弁がひらひらと宙を舞った。


足音を立てることなく、体の中心が歪んだようにふわふわと歩き出す作ちゃん。

穴を埋め直すどころか、スコップすらも捨て置いて、だ。

あまりの自由さに頭痛が戻ってきそうだ。


「ちょっと作ちゃん!」

「うん?」

「あれ、いいの?」


既に少しばかり離れた作ちゃんを追いかけ、後方を指差して尋ねる。

ゆらりと向けられた黒目は、ゆっくりと瞼に隠され、開いた時には興味がなさそうに半目にされてしまう。


「桜の木の下に還りたい人がいるかも知れないから」


にんまり、口元に手を寄せて口角を引き上げた作ちゃんに喉が大きく引き攣る。

桜の匂いを薄くまとった風が、俺が出せない言葉を埋めるように俺達の間を駆け抜けていく。


――ちなみに翌日、学校の朝のHRで桜の木の下に大きな穴が出来ていたことが話題に上がったが、作ちゃんは素知らぬ顔をして、窓の外を眺めていた。

ただし、桜の木の下から死体が這い出たのでは、なんて噂を聞いた時には、ひどく嬉しそうな顔をして俺を見たのだった。

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