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4 人形勇者と王族の少年

 足取りが軽くなるくらいには、カイの機嫌は良かった。


 ユーラリアは客観的に見ても美人だ。

 陽に透かせば溶けそうな淡い金の髪、琥珀のように甘い瞳。偶に薄紅に染まる白い肌。嫋やかな体つき。彼女の方が、見た目は余程人形じみている。

 表面上の感情表現に長けた彼女が、偶にだが素で自分に堪えられなかったような微笑みを向けてくれることが、奇跡に思えてならなかった。


 横に立つ、ひどく平凡な自分に。


 分不相応だとは思う。此方の世界でも、黒髪黒眼は大して珍しくないのだ。もっとも、カイの虹彩はよく見ると大多数と同じようにこげ茶だが。


 自分が不妊症のようなものでも、故郷では無くはない事例である。それを黙っていることに多少の罪悪感はあれど、既に妻となった恋人未満の友人と建設的な関係が築ける見込みが立ったのは、カイにとって喜ばしいことだ。

 そう遠くない未来に、子供ができないことによって生じるだろう問題に、今は蓋をした。どうせ、離婚は出来ないのだ。なるようにしかならないということを、カイは既に身をもって知っていた。


 ユーラリアがベッド、カイがソファーで寝るのはこの一週間、変わらなかったが、カイの高性能な体には些細なことだった。むしろ、何徹しても平気であることを自覚してしまったのである。

 精神を休めるくらいしか、睡眠には意味がないのだ。


 カイには幾つかの仕事がある。ユーラリアと共同の作物の品種改良。魔道士長とこっそり企む人形老化魔法と生命創造魔法。ほぼ趣味の資料の数値化と教材作り。


 ちなみにカイが誰かに剣術や魔法を教えることはない。カイは確かに国一番の強さを誇ると言えるが、身体の性能によるゴリ押しが多く、技能そのものは一般騎士や一般魔道士と大して変わらないからだ。


 カイが関わっている中でも人形老化魔法の開発は急務と言っていい。幸い二十代から三十代は見た目の変化が少ない時期なので十年弱は問題ない。

 人形の緩やかな変質を導くような魔法など、誰にも研究されなかった。人形は長く使えてなんぼだし、戦闘能力のある護衛人形を敵対者が壊すといってもそんな回りくどい方法は使わない。強化系、維持系の魔法はよく掛けられるのだが。

 植物の成長促進に用いたり、熟成を早めるための魔法があるが、まだまだ発展途上だ。魔法の研究者は遺伝的に魔力の多い貴族が多く、あまり彼らに馴染みのない生活分野に使うような魔法は研究されていない。

 大多数の人間が必要とするようなものなら、魔道具として開発されていないこともないのだが、あいにく時空魔法は使い手が少ないこともあって、輪をかけて手付かず。

 そもそも、変化が劣化にほぼ限定されている人形にその魔法が効くのか、という問題もある。


 山積した問題には目を瞑り、今日は教材を一緒に作ってみようと、御年八歳の義理の従兄弟、テオドール殿下を誘うつもりだ。現在、パーセゴート王国の王位第二継承権の持ち主である。


「テオドール殿下〜」

「あっ、勇者どの!」


 テオドールはカイを見つけると、王家特有の金の瞳を瞬かせて一目散に駆けてきた。お付きの乳母の目が、その形と相反するように冷たい。


 テオドールのカイに対する認識としては、勇者とは呼びつつ、完全に年の離れた兄のようなものだろう。

 テオドールの両親は既に鬼籍に入っている。六年前に、王の代理として直轄地視察中に崖崩れに巻きこまれ亡くなったそうだ。

 そのためテオドールは二歳の時から甘やかし、褒め伸ばす存在がいない。叔父の国王や従姉妹のユーラリアは可愛がっているようだが、忙しいためか夕食にたまに居合わせるくらいだ。

 テオドール付きの乳母は、亡き主人たちの形見を厳しく育てていた。生母の身分は高くなく、後ろ盾もない同然のテオドールは、僅か八歳にして既に無害な王族(・・・・・)たらんとしている。

 そんな彼にとって、彼を子供として扱う、かつ貴族的な打算のないカイは、十分に懐くに足りる存在だったようだ。


「今日は何をして遊ぶのですか!?」

「遊びじゃない、勉強だ。一応」


 カイは落ち着きのないテオドールを注意しつつも、その顔は笑み崩れるのを抑えられなかった。迫力も何もない。

 カイが異空間から取り出したのは、二つのサイコロと沢山の小さな駒、何種類もの無地のカード、浄化の旅の間に時空魔法の応用で作った緻密な地図の三つである。


「コレは?駒は、チェスの駒のようですけど」

「その通り!テオドール殿下は昨日までで、一通り戦略と戦術について学び終えたんだろ?」


 テオドールは話が見えないだろうに曖昧に頷く。


「で、分かったか?」

「いちおう理解しました。でも、実際にはできないと思います」

「正直で結構」


 カイはわしわしと大雑把に、テオドールの柔らかいミルクティー色の髪を撫ぜた。テオドールの髪は乱れまくっているが、顔や雰囲気は緩んでいた。


「だから、練習する場所を作ろうと思う」

「作るのですか?チェスでは駄目なのですか?」

「チェスよりもっと実践的だ。俺たちで新しいゲームを作ろう」


 カイは悪戯っぽく笑う。

 無いものを作る、というワードに、テオドールは少年らしくワクワクしていた。


 二人は書庫で様々に軍学書や歴史書を散らかし、ゲームに入れるべき要素や条件を並べ立てる。カイは軍事に関しては素人で、ともするとテオドールの方が優秀だった。

 ある程度できたら二人で対戦、浮かび上がる課題を撲滅するべく再び本と格闘。実践に近すぎてはルールが煩雑になりすぎ、簡便にすれば詰まらない。

 声は大きくないものの騒がしい二人は、司書の注意を物ともせず、ゲーム作りに没頭した。他の利用者がいなかったのが不幸中の幸いと言えるだろう。

 トライアンドエラーを繰り返し、ボードゲームはようやく実用の域に達する。


「「できたー!」」


 二人は完成した玩具を前にハイタッチしてお互いの健闘を称えた。


「これ、凄くないか!?リアさんに自慢する!!」

「リア姉さま、驚くでしょうか?楽しみです!」

「とりあえずは、もう一戦だ」

「はい!」


 興奮しご機嫌な二人は気づいていなかった。背後で乳母と司書が腕を組み仁王立ちしていることに。


「テオドール殿下、お昼を抜かれましたね……。そして、夕飯まであと四半刻もないのですよ、早く着替えて食堂に。勇者殿、貴方もです」

「お二方、この惨状が見えますか?誰が片すと思っていらっしゃるか、聞きたいものですなあ」


 それはそれは低い声に、二人は今度は別の意味で手を取り合った。机の上は、切り刻んだ紙やハサミなどが散乱している。テオドールの腹は、子供らしく空腹を訴えていたが、逃げ場はなかった。




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