表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

2 人形勇者と天才魔道士長

R15

やや下品と感じる人もいるかもしれません。ご了承ください。

 カイはユーラリアとともに朝食を済ませた。お互い目も合わさず――正確にはカイがユーラリアを直視できなかっただけで、ユーラリアは静かに食事していた――妙にいたたまれない雰囲気の中、味も匂いも美しさも感じないパンやサラダを飲みくだす。

 そんな中でなんとか魔道士長との面会を頼めただけマシだろう。




 城の横に建つ、魔道研究棟二階の一室が魔道士長の仕事場である。魔道士長室というプレートが掛かっただけの無機質な扉を軽くノックして開けると、これまた無機質な部屋に無機質な男性が座っていた。

 灰色の髪に薄水色の目の四十がらみの男性である。大きめの卓には紙が積みあがっており、研究用なのか事務書類なのかはよくわからない。氷の目はカイをちらと見て、すぐ書類に戻った。


「勇者殿、そこに座っていてください。もうすぐ、キリが良いので」


 カイは言われた通りに応接用と思われるソファーに座った。カイが昨夜寝たソファーより、少し固い。茶も菓子もないので、ボンヤリと正面の本棚に収まった本を眺める。不思議とそれは馴れ親しんだ文字ではないのに、その文字のままに理解できる。

 言葉が通じるのも、身体が祖国で暮らしていた頃より丈夫で、運動神経がすばらしいのも、今まで全く気にしていなかった。召喚される前までによく読んでいた、祖国の小説(ライトノベル)でよくあるように、召喚(世界を越えたこと)によるチート能力だと思っていた。

 しかし、昨夜に人形の形容の妥当性を聞いてしまってからはそれらのことが気になって仕方がなかった。


「勇者殿、ご質問があるとか」


 くだらないことならば許さぬ、と言いたげの魔道士長が、カイの目の前に座る。長く話す気は無いらしく、メイドを呼んで茶を淹れさせることもない。


「はい。わざわざお時間を割いていただき、ありがとうございます。質問、というのは俺の体のことですが、この身体は、いったい何なんですか?」

「何、とは?」

「人形の意味です。どうやって俺ができたのか、これからどうなるのか、それを知りたくて来ました」

「ふむ……、今更、という問題ではありますが、貴方にとっては重要なのでしょうね」


 どこから話すべきか、少々悩んだあと、ぱちんと指を鳴らして防音の魔法を使った。その割に、これから散歩に行くような軽い口調で、魔道士長にとっては錬成、カイにとっては勇者召喚の儀式について語りはじめた。


「大陸同盟における協定のもと、我が国にはユーラリア殿下を出征させることを要求されていました。我が国で瘴気の中まともに活動できるほどの光属性の持ち主は、殿下しかおりませんでした。当時の殿下はまだ八つ。そんな殿下を差し出すことはできず、十年の猶予をもぎ取りました」

「それは、知っています」


 カイは相槌を打ったものの、魔道士長にはたいして意味のあるものではなかったようだ。無視するように言葉を続けた。


「しかし当時の王太子、フィーリオ殿下が亡くなり、陛下の世継ぎはユーラリア殿下のみになってしまいました。そこで、貴方を造りました。この国では主流ではないのですが、魔道人形(オートマタ)を召使いとすることがあります。それをベースに、我が国で用意できる最高の材料を使って、魔力的にも物理的にも強靭な器となるように魔法陣を組み、姫君の光属性と親和性の高い真っ白な(・・・・)魂魄を呼び寄せる計画でした」

「真っ白、ですか?」

「ええ、真っ白です。記憶も、知識も、意思もない人形です。私たちの指示に従うことが必要でした。前例を見ても、それは普通に達成されるはずでした」

「だから、俺が叫んだ時、驚いたんですか」


 少なくともカイは、召喚されたと認識した時、その場にいた面々が困惑した表情だったことを覚えていた。今となっては随分昔のことのようである。


「ええ。記憶があるだけでなく、まさか異世界からの魂だとは思いもしませんでした」

「もうひとつ、ユーラリア殿下の光属性との相性は、なぜ条件に?」

「それが一番重要でした。貴方の光属性は元々、姫君のものです」

「はぁ?」


 カイにとっては意外以外のなにものでもなかった。カイは努力し、訓練し、浄化の旅を無難にこなしたのだ。自身の力が他人のものだったとは、寝耳に水の事実と言っていい。王婿なのだからと、一応使っていた敬語も飛ぶ。


「剣も扱えなかった、他の魔法も扱えなかった貴方が、光魔法だけは最初から訓練なしに十全に扱えたのは、ユーラリア殿下の魔法技能を半分ほど移植したからです」

「そんなことが、可能なのか!?」

「禁忌ですよ。しかし可能かどうかは、現に貴方と殿下がそれを証明しています。貴方は稀代の光属性持ち、殿下はかつての四割ほどしか魔法の威力がない。稀に母体の魔力が胎児に一部流入することがありますから、勝算の高い賭けでした」


 何がおかしかったのか、魔道士長が笑った。空気はひんやりしているが、微細に震えている。カイは一呼吸ほど、微動だにできなかった。


「……ユーラリア殿下には、改めて謝る。意味は、無いが」

「左様ですか」


 カイの絞り出した言葉は全く魔道士長に響かなかったらしい。いっそ清々しいほど冷淡な対応だ。ついつい恨めしく思ってしまう。


「最後に、ひとつ聞きたい。人形という割には、俺は人間じゃないか?俺は生理現象が起こるが、旅の間で見聞きしたかぎり、魔道人形(オートマタ)が食事をするとか、排泄したとか、聞いたことがない」

「……は?」


 カイが魔道士長の目が点になるのを見るのは二度目だが、やはり珍しいには違いなく、カイも再び固まった。先に我に帰ったのは魔道士長の方で、続いてほぼ遅滞なく硬直を解いたカイの前で、いつの間にやらメモ帳と羽根ペンを構えていた。目は嬉々として剣呑に輝いていた。


「この四年間、髪は伸びましたか?爪は?」

「いや、そういえば切ってない」

「空腹を感じたことは?動けないほど疲れたことは?睡眠欲は?」

「出されたものは食べたな。遠征中も、体は疲れ知らずだった。寝ようと思えば、眠れた」


 なんだかんだ、今朝もスッキリ目覚めたのである。ユーラリアの方が、起きるのは早かったが。


「性欲はありますか?」

「娼館には、誘われれば行ったが……」

「が?」

「……日々のストレスで、勃たないんだと思っていた」


 カイは沈痛な面持ちを両手で覆った。聞かない方が幸せだったのではと、自分の下半身に目を遣り、それにつられて浄化の旅を思い出す。

 浄化隊の面々は殆どが魔力の多い貴族出身者で固められていたため、マナーが付け焼き刃で言動もほぼ平民のカイは、召使いはおろか奴隷同然だった。

 無論、貴族の彼らには付き人がいたが、瘴気の中では光属性が弱い者は活動できない。そのため、街中を移動している間はともかく、浄化のただ中では貴族出身者の我儘や癇癪はカイにぶつけられたのである。お陰で料理や洗濯に大活躍の生活魔法が光魔法の次に上手くなったのは余談である。

 また側で隣国の第三王子のハーレムを見ているのも、精神的によくなかった。強い光属性持ちは女性に現れやすいので、浄化隊の殆どが女性だった。王子妃に憧れる子女や、コネ作りに必死な少数の子息が媚びへつらい、第三王子がいなければ取り繕うことなくカイを蔑んだ目で見る。人形と罵られたのはこの時だ。諜報員から得た情報だったのだと、ここにきて思い至る。

 幾人かの付き人たちが主人を心配して、瘴気の漂う場所ではくれぐれも頼むとばかりにカイにこっそり親切にすることや、人目を盗んで冒険者ギルドに入り浸ることが無かったら、カイはストレスで禿げていたと思っているほどだ。


「ふむ。そして排便、排尿はある?」

「ああ」


 そこで魔道士長は恥ずかしがる様子もなく、カイに爆弾のような要求をした。


「では、尿と便と精液をください。検査しますから」

「出来るかボケぇ!!」


 カイは思わず手近な本の角で魔道士長を殴ってしまった。カイがこの一撃で瘴気が払えると考えるほど、それはそれは見事な手際だった。


「何をするんですか、私の天才的な頭が悪くなったら大陸、いや世界の損失、もはや全宇宙に対する冒瀆ですよ」


 暫く呻き、自身に治癒魔法を使った魔道士長は無表情に返してきた。

 しかしカイにも言い分がある。どう考えても魔道士長にとって自分は実験動物であるが、健康診断のようなものとはいえ十分に恥ずかしいのである。実際、カイの顔はやや熱い。


「勇者殿、ここはひとつ、未来の魔道人形(オートマタ)のために犠牲になってください。あわよくば実験台になってください」

「断る!大体魔道人形(オートマタ)らしくない魔道人形(オートマタ)なんて俺くらいだろう!」


 恐らく営業用だろう眩しい魔道士長の笑顔――もはやカイには胡散臭いとしか思えないが――を向けられても、カイは容赦無くその鍛えられた筋肉によって、持っていた本による波状攻撃を繰り出す。その度に魔法障壁を生みだす魔道士長も、流石魔法で国一番と言われるだけある。実にくだらないとしか言いようがないが。


「……ハア、で、俺がこうである原因と証拠は?」


 一撃、魔道士長の頰に入れられてようやく満足したのか、大雑把に腰を落としたカイが聞く。敬語を使う気力もない。魔道士長は腫れた頰をやはり治して、たいして気にした素振りもなく答えた。


「あくまでも、推測ですが。恐らく錬成時に用いた魂魄結晶が死霊王ネクロマンサー・キングのものだったのが原因かと。龍王の心金も、そうでしょう。あとは勇者殿の強固な記憶ですね。身体が記憶に引きずられているのでしょう。厠に行けば出すものとして、食事を無意識に魔法でうんこっぽいものに変えているんじゃないでしょうかね。これが正しいとするなら、排泄物に毒物反応、精子に生命反応が出ないはずなんですけど。排泄物と精液くれ」

「絶対ヤダ。断固拒否する」


 カイはわかりやすく威嚇する。カイは自分の身体が高性能で、魔道士長が無理に採取しようとしても不可能だということが、すっぽりと抜けてしまっていた。


「チッ」

「無表情で舌打ちするな、キモい。他に確かめる方法はないのか?」


 魔道士長は長い指を顎に沿わせて首を傾けた。女官たちが見れば、卒倒する程の色気なのだろうが、カイは男なので特に何も感じない。


「そうですね〜、鏡を見て違和感を覚えたこととかありませんか?」

「ないが。あるとどうなんだ?」

「例えば、鏡を見て、黒子が無いことに気づく。すると、そこに黒子が浮かび上がってくる、という寸法です。記憶に身体が適合するという現象が確認されますよ」


 カイは唸った。そんな都合よく黒子の位置など覚えていないのだ。元々、小麦色に近い肌には黒子が少なかったと思う。


「しかしそもそも勇者殿は、今は亡きフィーリオ殿下に似た面差しの人形になるはずだったのです。魔法陣にそう記述しましたから。ですから、貴方の身体が茶髪金眼にならなかった時点で、それが証拠というか」

「マジで!?俺、茶髪金眼のイケメンになり損ねたのかよ!?」

「そうですよ。没落した王族の遠縁として派遣する予定だったのに、出来上がったのは黒髪黒眼で王家の特徴はゼロ。せめて目が金色なら良かったのですが」


 二人は全身で深い溜息をついた。そこでカイはハッとしたように叫んだ。


「俺がマジで人形ってヤバイじゃん!」

「何がです?」


 キョトンとした雰囲気で、この時魔道士長はやや若く見えた。

 カイは自分の行き着いた結論に頭を抱えるしかないが、雑な解説をするくらいには余裕があった。


「俺が種無しなのに次期女王の婿ってことがだよ!」

「アッ……」


 二人は魔道士長室で向かい合って座りながら、急激に室温が下がったように錯覚した。今にもこの部屋で雨が降りそうなほど、揃って沈みこんでいる。


 不運が重なった結果ではある。

 王が姫を溺愛しすぎて丁度良い婚約者がいなかったこと。

 カイが感情豊かで人間らしかったこと。

 魔道士長が、人格のある魔道人形(オートマタ)に気をとられ、勇者が子を成せない可能性を考慮し忘れ、挙句進言し忘れたこと。

 王も姫も錬金術に詳しくないこと。

 そして現在、王族と言っていいのは現王、王妃、姫、既に亡い王弟の幼い息子の四人しか居らず、王族を増やすのが急務であること。


「これ王様と殿下は知ってるのか?」

「いやぁ、知らないですねぇ。ハハハ」

「ハハハ、じゃねぇぞこのヤロー!!」

「大体勇者殿が人間らしすぎたのがいけないんですよ!」


 とにかく、この不毛な責任の押し付け合いは、太陽が真上に登る頃まで続いた。





人形勇者とポンコツ魔道士長でした。


あんまり重要じゃない魔法設定

魔法の分類方法はいくつか存在します。

・属性で分類(風魔法、光魔法など)

・用途で分類(転移魔法、回復魔法など)

・現象で分類(減衰魔法、増幅魔法など)

以上の他にも多分あります。

ですので同じ魔法でも分類によって「○○魔法」の「○○」が違うことがあります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ