7.生徒のみいる入学式(3)
「な――」
突然のガリオの申し出に、リネアは思わずぽかんとしてしまった。継承権者としてはあるまじき失態。そこをガリオはたたみかける。
「何、簡単なことだよ。数百年に一度とも言われるジャオリスの魔紋、その持ち主と名誉を賭けて戦えるのであれば、このダカスにとっても誇りとなることだろう。全てを賭けた決闘というのもまた、“玉座競選”の伝統として受け継がれてきたものだ。今度の“玉座競選”の最初を華々しく飾る決闘に、我らの“随伴魔導師”たちは相応しいとは思わないかね?」
ガリオは流れるようにそう提案する。その言葉を吟味できていないリネアだったが、彼女の“随伴魔導師”は張り子の虎。ここで決闘をさせてしまっては敗北は明らかだ。咄嗟に理由をつけて断ろうとして――
「分かりました。お受けしましょう」
その前に、アルカスが答えた。
「な、な、――」
リネアの驚きを無視して、アルカスはガリオと話を続ける。
「ガリオ殿下、お申し出はお受けしたいです。しかしながら、賭けるものが“玉座競選”の参加権だけだとは、ちょっと寂しくありませんか……?それでは、勝った者にとって、ただ得られるのがライバルが一人減ったということだけに過ぎません。だから僕は、それよりももっと大きな賭けを要求します――そう、単に“玉座競選”の参加資格を賭ける名誉の決闘だけでなく、実利も賭けていただきたい。こちらが賭けるのはリネア殿下の財産一式、そちらからはガリオ殿下の財産すべて。このくらいはしないと、まともな賭けにはならないのではないですか?」
普段のおどおどとした態度はどこへやら。まるであの、“随伴魔導師”となることを決めた日のような堂々とした態度のアルカスだが、しかしリネアにとっては感心している場合ではない。何を勝手にと抗議しようとして、アルカスの右手に制された。
「心配なく、リネア。僕の強さは誰よりも君が知っているだろう?」
何の力もないことはよく知っている。いったい何故、アルカスは急にこんなことを言いだしたのか。このまま決闘になってしまえば、間違いなくアルカスは敗れ、自分は破産してしまう。そんなお先真っ暗な未来が、リネアの脳内に広がり――
だが――そうはならなかった。
「――いや、やめておこう。元々、本当に決闘などする気もない。ほんの冗談だ。まだまだ“玉座競選”は続くというのに、我らのうち一人が早くも脱落するというのでは、興が冷めるというものだ――それでは」
急に前言を翻し、呆気に取られるリネアをよそに、そう言い残して、ガリオとダカスは去って行った。
その後、リネアは物陰にアルカスを引っ張って行った。
「あなたね!!何であんなこと言ったの!!相手がもし受けたら、いったいどうやって勝つつもりだったのかしら!!あなたの魔紋を疑わしく思ったから、あんなふうに鎌をかけてきたんじゃない!!」
烈火のごとく怒り狂うリネアだったが、アルカスは落ち着いていた。
「だから大丈夫なんだよ。僕から更にハードルを上げた時点で、あの二人は受けないって分かってた。絶対に」
「いったいなんでそう断言できるのかしら!!」
「――立場。帝位を継承しようとする中堅皇族と、魔道協会のエリート。どちらも玉座を勝ち取りたいのは勿論だけど――仮に駄目だった場合であっても、ある程度まで活躍して、名声を高めたいはずだ。お互い、相手の立場を考えれば、まさか“玉座競選”が始まった日に脱落なんてできるはずがない――自分の責任は自分で取れても、相手の責任は取れないからね。ずっと仲のいい無二の親友だったとかなら話は違うかもしれないけど、あの二人は今回の“玉座競選”のために組まれたペアなんでしょう。なら、心は通い合ってない。そして、僕が曲がらなければ彼らは疑心暗鬼に陥る。相手が張り子の虎だと思って勝負を仕掛けたのに、予想外にもそれに乗っかって来たどころか、絶対に負けないような自信を持っている――万が一、やはりあの魔紋は本物で負ける可能性もあるのではないか――もし、負けた場合、自分の立場が酷くなる上に、巻き添えにしてしまった相手方の勢力からも恨まれることになる――って。二人相談する余裕があれば、また話は違ったかもしれないけど、あの場でそんなことをするわけにはいかなかったからね。結局はガリオ殿下が引かざるを得なかったわけだ。あのとき、むしろこちらから引いていたら、やはり魔紋は偽物なんじゃないかって疑いを強めるところだった」
淡々と言うアルカスには、初めて出会った日に感じたような凄味が戻っていた。
それに対して、リネアはもう何も言えなかった。