6.生徒のみいる入学式(2)
“玉座競選”があるときにのみ開かれるジャーマリス魔導学院。当然、常勤の教師などは存在しない。ではこういう時にのみ、各地から教師を集うのかというと――そんなこともない。あくまでも生徒として入学した継承権者と魔導師しか、この空間には基本的に存在しないことになる。ならば、いったいどのようにして魔導学院に入学した彼らは学生の本分――“学び”を行うことになるのか。その疑問は、今まさに解消されようとしていた。
ゴゴゴゴ……という音が、舞台から響く。いったい何事かと、皆は騒然としながらその光景を見た。ヒュドーが去った舞台の床から、石でできた台座のようなものが浮き上がってくる。しかも、一つではなくいくつもだ。人の腰の高さほどまで浮き上がると、それはぴたりと停止した。
「これが――」
アルカスの言葉に、リネアが反応する。
「今度はちゃんと知っていたようでよかったわ。そうね、これがジャーマリス魔導学院の――名高い“無教師試験”に違いないわ」
魔法に仕組みを求めても仕方ない。とにかく、前回の“玉座競選”から得られた情報によると、あの台座には文字が刻まれていることになる。それぞれが一つの試験を成していて、これを成し遂げていくことで魔導学院の“卒業要件”を満たすことになるらしい。
「早速見に行く――と言いたいところだけど、今はゆっくり見れる時間がなさそうね。しばらくしてから行きましょうか」
見れば、舞台に多くの人達が群がっていた。途中で喧嘩や小競り合いも起こっていて、あの中に突っ込むのは勘弁していただきたい。
「分かってると思うけど、“玉座競選”の最中も普通の法は働くからね。少なくとも見えるところでは――殴ったり殺したりしたら駄目よ」
冷たく言うリネアに、アルカスは背筋が寒くなる。見えない所では、殺しに行くこともあるということだろうか。
「私はそんな手段が皇帝の品格に相応しいとは思わない。けれども、そうしてくる輩がいないとは限らないからね。自衛の手段はせいぜい講じておきなさい。心配しなくても、早々に殺しにかかるには私が大物過ぎるから猶予はあるわよ」
暗殺に失敗すれば、周囲から目を付けられる。法の下に裁けるほどの確たる証拠がなくても、少しの疑いで身動きが取れにくくなるほどにリネアの立場は大きい。だから大丈夫だということだが、それでもそんな風にさらっと言えるリネアは達観しているのか。自分ではとてもそんな風に人の生き死にを言うことはできないなと、アルカスは思った。
――と、そんな二人の所へ、歩いて来る人がいる。片方は漆黒のローブをはためかせているあたり、継承者と“随伴魔導師”のペアらしい。リネアが、耳元でそっと囁いた。
「ガリオ――私の叔父に当たる男ね。一緒にいる“随伴魔導師”は魔道協会の若手俊才として有名なダカス。“適正試験”でレベル二桁の認定を受けている、我が国でも優秀な一人ね。嫌な奴らに目を付けられたものだわ。ちょっと貴方は黙ってなさい」
早口でリネアは必要な情報を告げると、やってきた男達に向き合う。
リネアから名をガリオと教えられたほうの男が、まずは口を開いた。
「やあやあ、これはリネア殿下。まさか貴女も“玉座競選”に参加することになるとは、思いもしていなかったよ」
どことなく人を小馬鹿にしたような印象。生まれながらにして他人を見下しているような、聞き苦しい声。失礼ながら、アルカスは咄嗟に不快感を覚えてしまった。
「――ガリオ殿下。これはどうも」
リネアはそっけなく応じる。彼の名前もどこかで聞いたことがある気がしたが、リネアやヒュドーほどに耳にする名前ではない。とはいえ、立場はリネアの叔父、“随伴魔導師”も随分とエリートであると聞けば、今回の“玉座競選”、注目株の一人ではあるのだろう。その随伴魔導師を、ガリオは大げさな身振りで紹介した。
「リネア殿下――彼こそが、我が“随伴魔導師”、ダカスだ。魔道協会から我輩の“随伴魔導師”にどうか、と打診を受けてね、確かに彼のようなエリートは、そこらの自称皇族どもに付けるわけにはいかぬだろうし、私としてもきちんとしたパートナーが必要だったから、まさに渡りに船だったよ」
そう紹介を受けた“随伴魔導師”が口を開く。これまた、キツネにそっくりと言えばキツネに失礼になるような、嫌らしい顔の持ち主である。
「これはこれはリネア殿下――お目にかかれて光栄至極に存じます――そして、ん?君は――ああ、リネア殿下の“随伴魔導師”か。随分と貧相な男だが、果たしてリネア殿下の“随伴魔導師”は務まるのかね?」
言われるまでもなく自覚はしているところなので別にどうとも思わないのだが、返事をどう返すかは悩む。とりあえず会釈はしたものの、何と言っていいのかは分からない。
「そう言えばリネア殿下――君は確か、魔道協会から“随伴魔導師”の派遣を渋られていたはずだが――その男はいったい?」
ガリオも嫌らしい笑みを浮かべながら、アルカスのことを見下すように尋ねてきた。ここで勢いに飲まれてはならぬと思ったか、リネアが言い返す。
「よくぞ聞いてくれたわね――彼こそが、私の“随伴魔導師”アルカス=フォワード。ジャオリスの魔紋の持ち主よ」
その言葉に、二人だけでなく周囲にいた数名もぴくりと反応する。それほどに、魔紋のインパクトは絶大だった。
アルカスの痣をまじまじと見て、ガリオが口を開く。
「――話半分に聞いていたが、まさか本当にジャオリスの魔紋持ちを“随伴魔導師”にしているとは。流石はリネア殿下」
そうでしょう、と誇らしげに胸を張るリネアに、しかしガリオは追撃した。
「どうだろうか、君の“随伴魔導師”アルカスと我が“随伴魔導師”ダカスに、我々の“玉座競選”参加権を賭けて決闘させないか?」