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3.先例のみない皇女様(3)

 最初に我に返ったのは、さすがと言うべきか魔道竜騎士団のジークだった。


「な――何を仰るんですかリネア殿下!!こんな、どこの馬の骨か分からない男を、“随伴魔術師”にするなど!いくら“玉座競選”に参加したいからって無茶がすぎます!だいたいこんな田舎で農業をしているなど、“適正試験”もレベル0だったに決まっています!!」

「違うわ、この男は“適正試験”を受けてない」


 その辺りでようやくアルカスも何か大変なことが起こっていて、しかも自分も巻き込まれたことに気づいた。何やらリネアに“随伴魔導師”にさせられてしまったようだが、そう、まさにジークの言う通り。この国では五歳になると“適正試験”というものを受けさせられる。簡単に言うと、魔法の才能があるかないかを確かめるもので、ここでその才能が認められることがジークのように魔導竜騎士団に抜擢されるなど、様々なエリートコースへの第一歩となる。逆に言うとそこで魔法の才能がないと判断されれば、もう人生に夢を見ることはほとんどできなくなる。少なくとも、正規の手段では。

 そんな“適正試験”の結果が、残念ながらレベル0だったことはリネアにも先程はっきり伝えたはずだ。しかしその直後に自分が“適正試験”を受けていないなどと、この皇女殿下は“玉座競選”に参加したいという思いが強すぎて気でも違ってしまったのかと一瞬不安になったが、その爛々と輝く瞳を見てその疑いは払拭された。

 しかし代わりに別の心配が頭をもたげる。この人は僕を使っていったい何をしようとしてるんだ?

 その心配を知ってか知らずか、リネアは意気揚々とアルカスの右手を取り、掲げる。


「この右手をご覧なさい!博学多才な魔導竜騎士の若手騎士サマが、まさか知らないとは言わせないわよ!?」


 そう言って、アルカスの右手を――否、正確には彼の右手にある痣をぐいと彼らに示す。何を言っているんだという顔をしていたジーク達は、その痣を見て――そして一斉に顔を青くした。


「そんな――」

「まさか――」

「嘘だろ――」


 口々に唖然とした声を出す中、ジークがか細い声で、その名を口に出した。


「ジャオリスの、魔紋……」




 初代皇帝ノールと共に戦った魔法使いジャオリスの右手には、竜の形のような痣があったという。建国の英雄の姿形は詳細に記録されたため、その右手の痣も有名になったのだが、話はそこで終わらなかった。彼の死から百年以上後、帝国が他国の侵略を受けそうになった際に時の皇帝と共に国を救った魔法使いの右手にも、やはり同じ形の痣があった。その後も三人、いずれ劣らぬ大魔法使いの右手には、ほとんど同じ形の痣が浮き出ている。それゆえに、いつしかこの痣のことは“ジャオリスの魔紋”と呼ばれるようになり、次にこの痣を持って生まれた者もまた、先例に従い大魔法使いになるだろうと言われていた。そのため、この国で少し知識のある者ならばその魔紋の存在を知っているのは勿論のこと、その形すら何も見ないで書けるほどである。


「そんな……もう、百年も世に出ていないジャオリスの魔紋の持ち主が、まさかこんなところで――」

「そうよ、幼少の頃に私が見出して、ここにひっそりと預けておいたの。いつか来る、“玉座競選”のためにね!そうでもしないと貴方達納得しないでしょう?本当はぎりぎりまで待っていたかったのだけど、仕方ないわ」


 どうだ、という顔をしているリネア。それが真実なら先読みの才も豊かで大変結構なことだが――問題なのは、それが嘘っぱちであるとアルカスが知っていることである。抗議しようとした矢先、自分の右側にぴったりと寄り添うような形になったリネアが耳元で囁く。


「何か言ったら殺すわよ、社会的に。黙って話を合わせなさい」


 思わず鳥肌の立つような迫力で言われて、口を開けなくなる。悔しいが逆らえない――

 ジークは胡散臭そうな顔でしばらくアルカスの痣を見つめる。だが、アルカス本人は今まで知らなかったことだが、どうやら本当にアルカスの痣はジャオリスの魔紋に似ているらしく、最後は両手を挙げた。


「ジャオリスの魔紋を持っているとなると――本来ならばますます魔道協会において調べたいところですが……」

「手の内をこんなときに見せられるわけじゃないでしょう。私の相方は見世物じゃないのよ。それとも、魔道協会は“玉座競選”の前に“随伴魔導師”の一人に対してそんなことをできるのかしら?相方となった二人を引き離して魔道協会で調べるような――そんな先例がおあり(・・・・・・・・・)?」


 勝ち誇ったように言うリネアに対し、ジークは何か言いたそうにしばらく口をもごもごとしていたが、やがてリネアを論破する方法が思いつかなかったらしく首を振った。


「――分かりました。このことは魔道協会に報告して、指示を仰ぐことにいたしましょう。どうにもこうにも、適切な先例があるかは定かではありませんが――ただ、一つだけ申し上げておけば、どこの馬の骨ともしれない人間を“随伴魔導師”にして、生き残れるほど“玉座競選”は甘いものではないですよ――お二方とも、くれぐれもご自身を大切に――」


 そう言って、ぐいと最後に自分の顔をアルカスの顔に近づける。その迫力に、思わず目を逸らしかけたがなんとか踏みとどまったのは、商人だった父の教えを思い出したからだ。


(いいか、アルカス。普段は(へりくだ)っていても、相手を立てていてもいい。だが、人生の大勝負――ここぞ、というときにだけは自分を曲げるな。どんな相手に対してでも、決して怯まず堂々と立ち向かえ)


 今はいない父の声が、聞こえたような気がした。その言葉に引きずられるように、力を入れてジークの瞳を見返す。彼は少し、驚いたような顔をした。


「ほお、なるほど。確かにその魔紋、本物なのかもしれないですね――それならば、私は百年に一度の魔法使いの力を、“玉座競選”において見ることができる栄誉を賜ったわけだ」


 そう言って微笑み、彼は後ろを振り返った。撤収だとでも言うように腕を振ると、後ろに控えていた他の魔導竜騎士達も相次いで立ち上がる。そしてそのまま乗竜すると、最後に揃って会釈をして、高い空へと飛び立って行った。

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