序
どこにでもいる農夫のはずだった。
凡夫で村人でその他大勢で、間違っても名前が残るような人間ではないはずだった。
小さな村で生まれ、まったく特別でもない家で育ち、平民にとって唯一の可能性である“適正試験”の結果もレベル0。その時点で彼の人生は決まったと言ってよかった。
農夫として生き、村人Aとして死ぬ。
社会の歯車にはなっても、歴史の舞台役者にはなれない人生。
彼にとってはたった一度の、かけがえのない宝石のような人生でも、他の人間には何の影響も、価値も与えないような人生。
そんな、とても色褪せた、しかしほとんどの人間が歩むような人生を、彼――アルカス=フォワードも送るはずだった。
だがしかし、これはその男の物語。
家柄もない、財産もない、権力もない、美貌もない。
ないない尽くしのその男が――たった一つだけ持っていたものが。
およそ学のある人間ならば、誰もが知っているであろうその紋様が。
彼にとっては、生まれながらの、特筆することのないただの痣が。
彼と、王女と、この国と――そして世界を。
物語の舞台に、書き変える。
さあ見るがいい、聴くがいい。
それこそは、一人の男の物語。
魔紋のみある、レベル0。
たった一つの魔紋だけで、世界と戦った彼の話は、いつもその出会いから語られる――