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母のこと

「外で少し話をしよう」


 ディンに誘われて、テラスへと移動する。

 前を行くディンの背を追いながら、マリィナは改めて、今一緒にいるのがいつものディンとは違うことに気づく。

 

 これまでに見たこともない様な高級そうな布を使った服を身にまとい、腰には抜かないであろう剣を吊るしている。

 その鞘は豪奢な装飾を施されていた。


 本当に王子さまなんだな、と今更ながら思う。

 ディンが迎えに来てくれなければ、きっと会うことのなかった人。


「今夜の演奏、素晴らしかった! おまえがおれの楽師であることが、誇らしい」

「あ、ありがとうございます! でもあれは、母のおかげです」


「やはり、マリィナの母君は彼女なんだな」

「きっと……。わたしの母は、わたしが幼い頃に家を出て行ってしまったから、顔はよく覚えていません。でも、あの曲、あの演奏……。あれは母だと思います」

「そうか」


 ディンは何かを思案する様に、テラスから見える空を見上げた。


「ディンは、知ってたんですか?」

「知っていたこともある。だが、知らなかったこともある」


 返ってきたのは、曖昧な答えだった。


「話せば長くなる。端的に答えるなら…おれは彼女が吟遊詩人として旅をしていることを知っていた。娘がいることも、少し前に知った。だが、マリィナと出会って演奏を聴くまで、マリィナが彼女の娘だとは気づいていなかった」


「なぜ、母のことを知ってたんですか?」


「彼女はかつて、王宮に仕える楽師だったからだ」


 ディンが告げたのは、マリィナにとって驚くべきことだった。


「お母さんが……」

「当時、おれはまだ幼くて、覚えていることは多くない。ただ、彼女は優しく、彼女の奏でる音は美しかった」


「そうだったんですね。わたしも……わたしも、いつか、王宮に仕える楽師様の様になりたいです。母と演奏して、もっと上手くなりたい、もっと思いを伝えたいって、そう思ったので」


 そして、ディンに満足してもらえるような、そんな演奏ができるようになりたい。

 ディンが幼いころに母の演奏を聴いていたというのなら、尚更。

 マリィナも母の様に、母の音の様に、ディンの中にいつまでも残るような、そんな演奏ができるようになりたいと思う。


「おお、それはいい。きっと素晴らしい楽師になるぞ。おれにできることがあれば、協力は惜しまない。おれは……」


 そこで、ディンの言葉が途切れる。


「ディン?」


 ディンは、ひとつ大きく呼吸をしてから、口を開いた。 


「おれは、おまえを大事に思っている、マリィナ」


 まっすぐにマリィナへ向けられる瞳。

 旅の間、ずっと傍にあった瞳だ。


「ありがとうございます、ディン。わたしにとっても、ディンは大事な仲間です」


 マリィナも、気持ちがしっかりと伝わればいい、と気持ちを目いっぱい込めて伝えた。

 

「大事な、仲間。……ああ、そうだ。もちろん、そうだとも。大事な仲間の為だからな、なんでも言ってくれよ」


 ディンは、マリィナの言葉を噛みしめているみたいだ。

 旅をしている間も感じていたことだけれど、やっぱり言葉にすると改めて感じるところがある。 


「ディンにお願いしたいことができた時には、よろしくお願いします。でもまずは、練習あるのみです。本気で、練習をするつもりです!」


 少しでも母に近づけるように。


「そうか。がんばれよ」


 ディンが、眩しいものを見るような眼差しでマリィナを見る。

 そんな風に見つめられたことはこれまでになくて、マリィナはどきどきしてしまう。

 心臓が、ばくばくと大きな音を立てているみたいだ。


「あ、ありがとうございます。ディンも、きっと素敵な王子様になれますよ。予言通り、疫病から世界を救うことができましたね」

「薬が完成したのが大きかった。まだ油断はできないがな」


「それでもです。旅に出たのは、その為だったんですね」

「まあな。おれは予言者だから、予言通りになるのは当然のことだ」


 ディンがふん、と鼻を鳴らす。

 王子より、予言者としての褒め言葉のほうが嬉しいみたいだ。

 マリィナはくすりと笑った。


 王子で偉そうだけれど、優しくてみんなのことを考えて、その為に動くことができる。

 隣国にまで行くくらいに。

 こんな素敵な王子様がいるのなら、この国の未来はきっと明るい。

 マリィナはそう思った。 

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