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あっけない旅立ち

「フィール! フィール?」


 家に帰ってささっと旅支度を済ませたマリィナは、隣家を訪ね、一歳年上の幼なじみの名前を呼んだ。


 けれど返事がない。


 鋼を鍛える音が響く作業場のほうへゆき中を覗くと、作業中のフィールの祖父と、蹄鉄を抱えたフィールの姿が見えた。

 フィールとフィールの祖父は、鍛冶師だ。


 フィールがマリィナに気づき、作業場を出て来る。

 伸び気味な灰色の前髪の隙間から、焼けた鉄のような赤い瞳でこちらを見たフィールは、眉間にしわを寄せた。


「マリィナ、いったいその格好はなんだよ?」


「フィール、わたし旅に出ることになったの。それで、いつかわたしがアネを引き取れるようになるまで、アネのお世話をお願いしたいの」


「はぁ? 旅? なんの冗談だ?」


「冗談ではありません。マリィナさんにはわたしたちと共に来ていただくことになったのです」


 マリィナの後ろについてきていたリューが、ずい、と前に出て、フィールに向かって説明する。


「あんた誰だよ? マリィナがひとり暮らしだからつけ入る隙があるだろうって考えたんなら大間違いだ。マリィナをどうするつもりだ」


「フィール、違うの。わたし就職することにしたの」


「はぁ? 就職? マリィナ、騙されるな」


「いえ、真実です。あちらにおります予言者ディンと神官レット、そして剣士たるわたしの三人と共に、世界を救う旅に出ていただくことになったのです。もちろん相応の報酬は支払わせていただきます。旅が終わりましたら再就職先の斡旋もさせていただきますのでご安心ください」 


「ご安心できねえよ! 誰が信じるんだよそんな胡散臭い話を!」


 灰色の髪をばりばりと掻き毟りながら、フィールがリューを睨みつける。


「胡散臭いのは重々承知ですが、そういうことになっておりますので」


「安心して、フィール。信用できる人たちだから。素性もね、しっかりしてるの」


「どこがしっかりしてるんだよ」


「実はディン、うちの国の王子様で、リューさんはその親衛隊長で、レットさんは家庭教師だったんだって。でも第八王子のディンはいろいろ思うところがあって、旅に出たんだって。だから大丈夫」


 重大な秘密を打ち明けるように、ちょっと声のトーンを抑え、マリィナはフィールに教えた。


「どのあたりが大丈夫なんだよ。胡散臭さが倍増しただけじゃないか。そんな話を信じるほうがどうかしてるだろ」 


「本当だよね?」


「もちろんです」


 改めてリューに確認する。

 返ってきたリューの言葉には、微塵も揺らぎがなかった。


 それを聞いて、マリィナはそうだよね、と胸をなでおろす。


「ってわけなの。お給料たくさんもらったら、きっとお礼するからね! おじいちゃんにもよろしく伝えといて」


 母親とは幼い頃に別れ、父親が五年前に亡くなり、ひとりぼっちになってしまったマリィナのことを、フィールとフィールの祖父は家族のように気にかけ、面倒をみてくれた。


 ここでの暮らしはとても平和で、マリィナは満足していた。


 ヤギの乳を搾ったりフィールの祖父の仕事を手伝ったり、フィールのところの家事をしたりして、時間ができたらアネと散歩に出てルラアを弾く。


 そんな毎日がずっと続くと思ってた。


 それ以外に自分にできることなんてないと、マリィナは思っていた。


 でも、自分にもできることがあるのなら……。

 いつまでもお世話になりっぱなしの自分ではなく、これまでの恩を返せるような自分になりたい。


 お金を稼いで、恩返しをしなきゃ。


「ちょっと待てよマリィナ!」


「ごめんね、急ぐんだって。おじいちゃんにもちゃんと挨拶したかったんだけど……。じゃあ、アネ、おりこうにね」


 メェ。


 アネはマリィナにとって大切な友だちだったけれど、さすがに旅には連れていけないとディンに言われた。


 無理に連れだしてアネになにかあったら大変だから、フィールに預かってもらったほうがいいとマリィナも思った。


 アネも、納得したようだった。


「安心しろ。マリィナは立派に役目を果たすだろう」


 後方に待機していたディンが偉そうにひと言告げてマントを翻した。


「あ、おいディン。勝手に行くなよ」


 レットが慌てて追いかける。


「では、失礼します」


 リューがそんなふたりに続く。


「おいマリィナ。おまえになにかあったらおじさんたちに申し訳が立たないだろ。俺はおじさんが息を引き取る時、おまえのこと頼まれたんだからな!」


 マリィナのほうへ踏み出そうとしたフィールの前に、アネが体を割り込ませた。


「大丈夫。心配しないで!」


「おまえは世間ってもんを知らな過ぎるんだよ! 他人を易々と信じるな! なにかあってからじゃ遅いんだぞ!」


「あの人たちは大丈夫だよ。リューさんとってもいい人だから。じゃあね!」    


 マリィナは手を振って、駆け出した。


 子どもの頃から、フィールはちょっと心配性の気があるのだ。


 マリィナは先月十六歳になった。


 もう子どもじゃない。

 だからわかる。


 リューたちが嘘を吐く必要なんてないと。


 何故なら、マリィナみたいななんの取り柄もない女の子ひとりを連れて行く為にあんな胡散臭い嘘を吐かなくても、麻袋にでもぽいと放り込んで連れ去ってしまうほうが何倍も簡単だからだ。


 胡散臭い設定だとわかっていながらも、リューたちはディンにつきあっている。


 きっと、優しい人たちなんだ。


 そして今日からマリィナもその一員になる。


 小さな頃からずっとこの高原で過ごしてきたマリィナは外の世界を知らない。


 これからどんなことが起こるのか。


 マリィナの胸は期待に膨らんでいた。

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