祈り
一歩街へ入ると、丘の上から見た美しい印象が一瞬で書き換えられた。
「これは……」
目抜き通りは閑散として、人通りが少なく、また行き交う人々には活気がない。
そして通りの両脇には、筵の上に転がる動かない人の姿。
「グラトリアスまで、疫病が広まってきとる……」
「疫病のせいなんですか?」
「同じような風景を、向こうではごまんと見たけんな。たぶん間違いないけん」
ルテアが、痛ましそうな表情を浮かべる。
「昨日今日流行り始めたってわけでもなさそうだな。急ぐぞ」
足を速めるディンのあとを、マリィナたちは黙したままついてゆく。
本当は、放置されたままの遺体を弔ったほうがいいのだろうけれど、まずはディンの妹を訪ねないといけない。
離宮は、海に近い場所にあった。
拾い敷地はぐるりと高い鉄柵に囲まれていて、門扉はぴたりと閉ざされている。
外からでは、敷地内の様子は窺えない。
ディンは門の脇に立っている衛兵になにやら伝え、妹への取次ぎを頼んでいた。
しばらく待たされたが、おしきせ姿の女性が現れ、ディンたちを招き入れてくれる。
「お待たせして申し訳ございません。シェリ様はただいま床に伏せっておられまして……」
「……疫病なのか?」
ディンの声が、僅かに震えているように感じる。
「はい。つい先日、発症いたしました」
衝撃がマリィナたちのあいだにはしる。
「まだ意識はあるな? 会話はできるか?」
「長時間でなければ」
「充分だ」
「こちらでございます」
侍女がひとつの扉の前で足を止めた。
ノックののち、扉を押し開く。
部屋の奥には、天蓋付きの寝台がひとつ。
ディンがゆっくりとそちらへ近づく。
マリィナたちは、部屋に入ってすぐのところからその様子を見守る。
「シェリ様、ディン様をお連れいたしました」
それだけ告げると、侍女はマリィナたちの近くまで下がった。
「シェリ? おれだ。ディンだ。久しいな」
ディンお兄様、と小さな可愛らしい声が、寝台の上から聞こえた。
その年相応な声を聞いて、ああ、まだ本当にたった十一歳なんだなと実感する。
「ああそうだ。おれだ。大きくなったな、シェリ」
ふふ、という笑い声は、けれど空気に溶けてすぐに消えてしまう。
「約束だっただろう? だからこうして会いに来たんだ。なのにおまえが寝込んでいたのでは、満足に話をすることもできない。早く元気になれ」
ぽかりと、間が空いた。
「お兄様」
「なんだ」
「わたくしは、もう……」
今流行している疫病は、致死率、感染率が恐ろしく高いのだとルテアが言っていた。
シェリもそのことを知っているのだ。
「弱気になるな。おれの仲間は最強だ。いずれ必ずこの疫病の治療薬を見つけ出す。それまでの辛抱だ」
ディンの言葉を聞いて、マリィナは、はっとする。
世界を救うのが目的だと常々言っていたディン。
それは、世界を疫病から救うということだったんだと気づく。
「ウィネヴィーには今流行している疫病の進行を遅らせる効果と、その予防効果があるけん、それで時間を稼ぐことができるかもしれんよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。枯れウィネヴィーとメズっていう花を混ぜて、煮出せばいいけん。ウィネヴィーには絶対に直接火をつけないこと。煮出したものを服用する程度であれば副作用はでんけん。でもごめん。あたし、もう、ひと包みも持ってないけん、探して来んといけん」
メズという花は、いわゆる雑草で、グラトリアス国内ではあちこちで見られる。
問題はウィネヴィー。
「あ、ウィネヴィーなら、僕が持ってる」
ぽんと手を打って、レットがごそごそと懐をかき回し始める。
「え、どうして?」
「マリィナを迎えに行った高原に生えていたウィネヴィーを採取しておいたんだ。花の色が珍しかったからね。あ、あった」
レットが取り出したのは、間違いなくヴィネヴィーだった。
そういえば、出会ってすぐに、座り込んで花をむしっている姿を見た気がする。
「メズなら敷地内にも生えておりますので、ただ今、持ってまいります。他に必要な道具はございますか?」
侍女が、真剣な眼差しでルテアに問いかける。
「目の粗い布と鍋、かな」
「承知いたしました」
「あ、待って。火を使いたいんだけど、厨房を借りても?」
「もちろんでございます。案内いたしましょう」
「ディン、ルテアと薬を作ってくる」
「頼んだ」
「任せろ」
レットは力強い返事を残して、部屋を出て行った。
どうか、妹さんを助けられますように。
と、マリィナは祈らずにはいられなかった。




