疫病と治療薬
「遠路はるばる足を運んでいただけるとは、身に余る光栄です」
エフィネ教会の教会長だというゲイルが、身を低くしてディンに挨拶をする。
声は低くもなく高くもなく、ゆっくりとした話し方も相まって、聴き心地のいい声だなとマリィナは思う。
ひょろりと背の高いレルトと比べるとやや身長は低く、眼鏡の奥の黒い瞳は、穏やかな色を浮かべている。
琥珀色の髪は清潔感のある長さに整えられている。
「気にしなくてもいいよ。この自称予言者は、ただふらふらしているだけだから。僕も、この街にたまたま立ち寄ったものだから、少しおまえの顔を見に来ただけだしね」
横からレルトが口を挟み、ゲイルは苦笑を浮かべた。
「まさか、レルトが王子殿……」
ごほごほ、とディンが咳をする真似をして、ゲイルの言葉を遮る。
教会長は機微にさといようで、失礼しました、とすぐに謝罪した。
「世界を救う予言者様……でしたか? と共に旅をしているとは思わなかったもので、驚きましたが。まあ、立派にお役目を果たしているのならなによりです。体力も、だいぶんついたようですしね」
ゲイルがからかいを含んだ声で言い、レルトは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「好きで体力をつけているわけじゃないけどね」
「でも、体力をつけるのは大事だけんね。病と闘うのにも、すごく必要になってくるけん」
ルテアの言葉には、ゲイルをはじめ、レルト以外の全員が深くうなずく。
「まあ、そんなわけで、とりあえずおれはただの予言者で、世界を救いたいと思っているわけだ。だいたいのところはレルトから聞いたかと思うが、どうだ?」
「ええ。だいたいのところは。これから、ガイヌに向かわれるとか?」
「ああ。グラトリアスから山を越えてネールディアに入り、ここまでやってきた。が、疫病の発症者と遭遇したのはここが初めてだ。レルドナでは、枯れウィネビーの売買が盛んなようだったが、発症者は見なかったし、用途が違った。そうだな? ルテア」
「そう。レルドナには、枯れウィネビーを薬として必要とする人はおらんかったよ」
「顧客はどこが多かった?」
「多いのはネールディアへの密輸経路。引き渡しの時、グラトリアスではそんなに中毒者が多いんか、って訊いたら、枯れウィネビーは予防薬にするんだって言っとった」
「ネールディア国内では?」
「大きな都市ほど、量は増えるけど、それは人口の問題だろうけん……。際立って多い、ってところはなかったと思うわぁ」
ルテアが宙を睨み、記憶を掘り起こしながら答える。
「教会長、これまでに、国内でなにか疫病の噂を聞いたことは?」
「今のところは……。奥にいる三人への対処も、こちらではもう打つ手がなくて困っていたところでした。これもフェルリネイアのご加護でしょう」
ゲイルが、教会長らしくフェルリネイアへの感謝を口にする。
「喜ぶのはまだ早い。あれはただの予防薬で、発症した者にはほとんど効果がない。治療薬としては、まだまだ研究途中なんだ。レルトから、可能な限りの対処法を教えさせるが、助かる望みは薄いと覚悟しておいてくれ」
「そうでしたね。わかりました」
「ルテア、薬の調合方法を教会長に」
「うん。それと、もともと禁止されとる枯れウィネビーの入手は難しいけん、入手経路をいくつか教えとくわぁ。生息地も。できるだけ多くの人に、できるだけ早く予防薬を服用してもらわんといけん」
「頼む」
ディンが険しい表情で、指示を出す。
この街にたどり着くまでとは一変したみんなの雰囲気に、マリィナは状況の逼迫さを感じとるのだった。




