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過去とこれからと

「幼いころにな、襲われたことがあるんだ」


 再び海を眺めていると、ぽつりとディンが呟くように言った。


「その時も、リューさんが助けてくれたんですか?」

「いや。まだ七歳になるかどうかというころでな。確かに、リューとはそのころから知り合いだったが、リューも当時はまだ八歳で……」


 ああそうか、さすがにリューさんも最初から強かったわけじゃないんだ、と考えたところで、はっとマリィナは顔を上げた。


「え、ちょっと待ってください。リューさんて、ディンと一歳しか違わないんですか?」

「ああ」


「そんな! わたし、レットさんより年上だと思ってました。ああっ! こんなことを女性に言うのは失礼かもしれないですけれど、でもすごくしっかりされてるし、憧れの女性っていうか……。わたし、あと二年であんな風になれる自信ないです……」


 マリィナはがっくりと肩を落とす。


「マリィナはマリィナのままでいいだろう。リューには、おれのせいで無理をさせてしまったかもしれないな。昔は、もっと可愛げがあったんだが」

「そうなんですか?」


「ああ。侵入者に襲われたとき、リューも近くにいた。庭で、リューは花冠かなにかを作っていていたはずだ。侵入者は傍に控えていた従者の隙をついておれに斬りかかり、反応の遅れた従者は応戦できず、ただおれの盾となって斬られた。侵入者が従者を斬りつけた次の瞬間、おれの抜いた剣が侵入者の喉を切り裂いていた」


「それは……」


「首から噴き出す赤い血に濡れながら、おれの盾になって倒れた従者を見ていた。従者は既にこと切れていて、その目にはもうなにも映っていなかった。おれは間に合わなかった」 


「とても哀しい出来事です。でも、仕方ないです。ディンはまだ子どもだったんですから」


「一応、剣の練習はしていたんだ。けれど、人を斬ったのは初めてだった」

「はい」


「それ以来、剣を抜くと、視界が真っ赤に染まるようになった。赤で埋め尽くされて、なにも見えなくなるんだ。別に、目に異常があるわけではない。

 精神的なものだというのが、医者の見立てだ。おそらくそうだろうとおれも思う。

 それ以外のときは、至って正常だからな。しかしまあ、そういうわけでおれは剣を使わない。使えない。

 その代わり、体術は徹底的に叩き込んできた。自分も、一緒にいる者も、守れるように鍛えてきたつもりだったが、まだまだだったな」


 自嘲するディンの横顔があまりにも辛そうで、マリィナは息を呑む。


「そんなことないです! ディンは充分に強いし、しっかりわたしを守ってくれています。それに、もし今の自分になになが足りないと思ったら、足りるようにこれから努力していけばいいんですよ」


 マリィナも同じだ、と思う。

 自分のリアラの腕はまだまだで、聴く人を満足させる演奏には程遠い。

 だからこそ、練習を積んで、もっともっと上手くなりたいと強く願う。


 楽師としてお給料をもらう以上は、相応の仕事をしなければいけないと思うし、なにより、聴いてくれる人に喜んでもらえれば、それ以上に嬉しいことはないから。

 ディンが、ゆっくりとマリィナを見た。


「マリィナはすごいな」

「え、なんですか突然。そ、そんな褒めてもらっても、なにも出ないですよ!」


 マリィナは視線を泳がせながら、なんとか会話を続ける。

 横顔ならいくらでも見ていられたけれど、真っ直ぐに見つめられるとどきどきしてディンのことが見られなくなってしまう。


 くすくすという笑い声が聞こえて、マリィナは驚いてちらりと目の端でディンを見た。

 ディンが、小さくだけれど声を立てて笑っている!


「別になにか出してもらおうとは思ってないが……。そうだな、でも、せっかくだから一曲頼もうか」

「あ、それなら大丈夫です! ちょっと待っててくださいね!」


 笑顔のディンに頼まれて、断れるはずもない。

 マリィナは、濡れないようにと少し離れた場所に置いてあるリアラを取りに行くために立ち上がった。  

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