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ウィネヴィー

 宿屋で無事リュー、レットと合流したマリィナたちは、一階の飯屋で夕飯を食べていた。


「申し訳ありませんでした。ディン様のお傍を離れるべきではありませんでした」


 ディンたちの騒動を知ったリューが、険しい表情で謝罪する。


「いや。レットを追えと命じたのはおれだ。そもそも勝手な行動をしたレットが悪い」


「僕? 僕は先に宿へ行っていてくれって言ったはずだけど」


「それではいそうですか、とおれがおまえの言うとおりにすると思うか?」


「いや、それは……。というかそんなこと開き直って言われても……」


 レットがもごもごと言いながら、酒をぐいとあおった。


「で、そっちはどうだったんだ?」


 ディンが、料理にも酒にも手をつけずに反省しているリューに訊ねる。


「どうもこうもないですよ。女性に追いついたレットが、彼女の肩をつかんだとたん、頬を華麗にひっぱたかれただけです。レットがショックで立ち尽くしているあいだに、その女性は走り去ってしまいました」


「甲斐性のない男だな!」


「余計なお世話だ! おまえにだけは言われたくない!」 


 レットはテーブルに肘をついて、ぷいと余所を向く。


「悪いことは言わない。さっさと足を抜かせるんだな」


 やれやれという風に言いながら、ディンが粗雑な生地でできた小さな袋を、ぽんとテーブルに置いた。


「ディン様、それは?」


「おれたちを襲った男の懐から失敬した。連中、クセのあるにおいをさせてたからな。レット、おまえも気づいたんだろう?」


 確かに、その袋からは、不思議なにおいが微かに漂ってくる。


「あ」


 このにおい、とマリィナは思わず声を上げた。


 刺激臭というわけじゃないけれど、どこかつんとした感じのにおいだ。


 不快になるほどじゃないけれど、普段あまりかがないにおいなので記憶に残る。


 マリィナが捕まったあの男からも、これと同じようなにおいがしていた。


「ウィネヴィーだな」


 ずっと黙したままマリィナの隣に座って腕を組んでいたフィールが、ぽつりと言った。


 マリィナは驚いて目を丸くした。


「ウィネヴィーって、あの、高原に生えてるウィネヴィー? 違うよ、あれはこんな香りじゃないよ。花も、ほんのり甘くていい匂いだよ」


「ウィネヴィーは多年草だし、生息地も限られているからマリィナは知らないかもしれないけどな。枯れたらこんなにおいがするんだよ」


「え、そうなの?」


 そういえば、枯れているウィネヴィーは、あまり見たことがないような気がする。


「刈り取れば枯れる。枯れて乾燥すれば、こんなにおいがする。高原に生えているウィネヴィーは黄色い花を咲かせるようだが、平地で育つウィネヴィー種――これらはだいたい赤系の花が多いが――それらもにおいは共通だ」


 ディンが追加で説明してくれる。


 すらすらと続ける様子から、ディンはどうやらウィネヴィーに詳しいらしいとわかる。


「へえ。そうなんだ。でも、枯らしちゃうなんてもったいないよね。せっかくきれいな花を咲かせるのに」


「高く売れるからな。レット、作用は?」


 ディンに名指しされたレットが、嫌そうな顔をする。


「鎮痛効果が期待できる。多く摂取すれば、高揚感が得られることもある。その感覚を楽しむ為に、高値で売買される。ただし服用量次第でひどい副作用を伴い、命を落とすこともある。領主によってまちまちだろうけれど、その副作用と取り扱いの難しさが理由で、枯れウィネヴィーの製造・売買は、禁止、もしくは制限しているところがほとんどだね」     


「つまりレットの知りあいの女性は枯れウィネヴィーを裏で売買する組織の一員であるということですね?」   


 リューが短く話をまとめた。


「これまでの流れから考えると、その可能性が高いだろうな。組織の情報が漏れるのを恐れて、おれたちを襲ったんだろう。だから言ったんだ。迂闊にあの女に接触したレットのせいだと」


「……幼なじみなんだよ。すれ違った時にすぐ枯れウィネヴィーのにおいだとわかった。それを彼女が常習しているんだとしたら、放っておけないじゃないか」


 観念したように、レットが白状する。 


「そ、そうですよね! 彼女さんがそんな危険な目にあっているんなら、助けたいですよね!」


 マリィナは思わず拳を握りしめて立ち上がる。 


「いや、彼女ってわけじゃ……」


「ディン、わたしたちにもなにか協力できないでしょうか」


 レットの言葉を最後まで聞かず、マリィナはディンに問いかけた。


「マリィナ」


 フィールが短くマリィナの名を呼び諌める。


「でもフィール」


「ついさっき危険な目に合ったことを忘れたわけじゃないよな?」


 そこを突かれると痛い。

 ぐっとマリィナは言葉に詰まる。


「おれたちは明日の朝、日の出とともにこの街を発つ。レット、その子のことが気になるなら、それまでになんとかしろ」


「ええっ!? でもディン。レットさんだけじゃ心もとないですよ。いろいろと」


 彼女さんにぶたれて呆然と立ち尽くしてしまうくらいだ。強引に連れ去るなんてこと、レットにはできないだろう。


 それに、もし彼女の悪い仲間たちに襲われたら、見るからに体力のないレットでは太刀打ちできないに違いない。


「明日の日の出までは自由行動だ。ただしマリィナとフィールはちょっと来てくれ」


 言うなり、ディンが席を立った。これ以上、レットたちと話すことはないという態度だった。


「ディン……」


「マリィナ、いいんだ。ルテアのことは自分でなんとかする」


 彼女さんは、ルテアさんという名前らしい。


「でも……」


 マリィナが納得できないでいると、はぁ、と深いため息が聞こえた。


「仕方がないので、わたしが手伝います。あなたになにかあれば、今後の予定が滞りますからね。あなたの為じゃありません、わたし自身の為に手伝うんです」


「リュー」

「リューさん!」


 レットとマリィナの声が重なる。


「ただしまずは食事です。注文したものはきちんと食べないと店主に対して失礼です」 


 そこでリューは漸く目の前に並んでいた豆のスープに手を出した。


 すっかり冷めてしまっているけれど、黙々と食べている。


「ああ、そうだな」


 レットもうなずくと、鳥の丸焼きに手を伸ばした。

 

 このふたりはそれほど仲が良くはなさそうだと思っていたけど、そんなことはないのかもしれない、とマリィナは考えを改めた。

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