6-11
「滅びの砂漠とやらに変わった、あたし達の街――鱶ヶ渕にね」
その頃、シイナは今日も今日とてセーフハウスでゲームに興じていた。
「うーん、この三か月ぐらいで、かなり積みゲーが崩せたぜい」
皿に盛ったスナック菓子を箸で摘まんで口に運び、楽しげにつぶやく。
この三か月、シイナは「ノマド」の「ディストキーパー」として一所に落ち着かない生活をしていた。
それはそれで楽しいものだったし、携帯ゲーム機で遊んでもいた。訪れた町のゲームセンターにも立ち寄ったりもしていた。
でも、やっぱり据え置き機を触んないとね。家庭用の据え置き機こそがゲームの王道、というのがシイナの持論であった。
『お楽しみのところ悪いんだがね』
そこへ、ふわりとパサラが姿を見せる。
『緊急事態だ、君も来てくれ』
「やだ」
簡単にシイナは切って捨てた。
『何故だい?』
「休暇中だからだゆ」
だゆ、ではないよ。パサラは呆れたように体を揺らした。
『この川向市の「ディストキーパー」が、全滅しそうなんだよ?』
ふーん、とシイナは鼻を鳴らす。まったく関心がない、といった態度だ。
『出てきたのは闘士型だ。聞けば君も、オリエに荷担していたというじゃないか』
「それでー?」
シイナはメガネを押し上げ、レンズ越しにパサラをにらんだ。
「オリエさんのせいで出た『ディスト』だから、お前も責任取れって?」
『そうしてもらえないか?』
「だが断る」
インターネットスラングにもなった有名な漫画のセリフをシイナは引用した。
「別に強いと思ってる奴に『NO』と断ってやるのが好きなわけじゃないけどさ」
パサラからテレビ画面に目を移して続ける。
「『君も』ってパサパサ言ったよね? つまりアッキーも行ってるってことだ」
『そうだ。既に向かっている』
「なら大丈夫じゃん」
シイナは気楽に言い放った。
『闘士型は七体ほどいるらしい。今のアキナでは……』
「それで死ぬならそれまでのヤツってことさね。力がないから死ぬんだよ」
死を告げるその声の調子は変わらない。パサラは深々とため息をついた。
『君はすっかり「カオスブリンガー」に染まったようだ』
シイナの属する「ノマド」集団の名を挙げた。過激な武闘派である彼女らのことは、パサラもよく知っている。
「そうかに? 前からこんなもんだったよ」
こっちじゃお姉さんぶらなきゃいけなかっただけで、と嘯く。
「ま、何にしたってアッキー向きの話じゃんね」
あたしの領分はこちらだ、と言わんばかりにシイナはゲームを再開する。
「人を助ける理由を、アッキーもそろそろ見つけてるんじゃないかねえ」
『理由かい?』
そ、とゲームの中で銃を撃ちながらシイナはうなずく。
『その言い方だと、アキナはミリカのところへ行ってしまう、と。君はそう考えてるようにとれるのだけど』
あーね、とシイナはにやりとした。
『そればかりか、君はああしてアキナを誘っていたにも関わらず、自分と一緒に来るよりも、あの滅びの砂漠へ向かった方がいいとさえ考えているように見える』
どうだろうねえ。敵を撃ち殺しながら、シイナはとぼけて見せた。
「ただ、アッキーの望みはそっちな気がしてるってだけよ」
どうあっても、戻っちゃうんだろうなって。
テレビ画面の中で、爆発が起きる。その光がシイナの顔に陰影を落とした。
「滅びの砂漠とやらに変わった、あたし達の街――鱶ヶ渕にね」
川向市には全部で九人の「ディストキーパー」が存在する。この九人で市全域をカバーしていた。これは面積当たりの人数で考えた場合、中学校の学区域程度の広さを七人で担当していた鱶ヶ渕に比べると、当然はるかに少ない人数と言える。ただ、全国的な平均を見れば、川向市ぐらいの規模が一般的であった。
立花オリエの「計画」を端緒とした異変が起きた時、川向市からも強い順に上から五人が援軍として鱶ヶ渕へ向かった。
だが、彼女らは二度と帰らなかった。
「ディスト」の力で砂のように溶けて死んだ、鱶ヶ渕は結界で覆われ、その「ディスト」を封印している。
川向市に残った四人は、そんな話を聞かされ、震え上がった。
どんな恐ろしいことが起きているのか。メンバー同士の仲も良く、比較的安穏な戦いしか経験していない彼女らは、戦慄した。
それからおよそ三か月、新たなメンバーを迎え入れ、ようやく今までと変わらぬ日々が戻ってきた。
――そのはずだった。
川向市に突如現れた三体の「ディスト」、甲冑に身を包み剣と盾を持つ闘士型、「ディストキーパー」を倒すことに特化したそれと、彼女らが遭遇したのは初めてのことだった。
まず新人がやられた。力の弱いものを正確に、狡猾に狙い打たれ、五人の内四人が死んだ。
次いで狙われたのは川向市の「アンバー」だ。鱶ヶ渕の異変以前から在籍するベテランの一人だった。彼女の持つ「インガクズ」を封じた琥珀を闘士型は吸収し、なんとその数を増やした。
倍以上の七体に増えた闘士型は、最早手がつけられない。三人のベテランも簡単に斬り伏せられ、最後に残されたのは、最初の襲撃の難を逃れた新人であった。
両断された灰色の建物「オブジェクト」の陰に座り込んで、彼女は七体の闘士型の様子をうかがう。
闘士型の足元には、切り刻まれた先輩たちの亡骸が転がっている。それらから目を背けるように、彼女は首を引っ込めた。
どうしよう。闘士型は、彼女がここに潜んでいることには気づいていないようだったが、あと一人獲物が残っていることは認識しているらしく、白い単眼をギョロつかせ周囲を見回している。
同期の「ディストキーパー」が簡単に殺されていく中で、彼女が生き残ったのはその「隠密性」のお陰である。
「ディスト」や「ディストキーパー」から存在を感知されにくくなる「気質」を持つ彼女は、投げナイフを武器にすることもあり、「暗殺者のようだ」と評されていた。
だけど。彼女はナイフを握りしめた。こんな力でどうやって勝つ? ナイフの殺傷能力は高くはない。生半可な攻撃があの盾に弾かれてしまうのは、嫌になるほど見ていた。今の状況を打破する手札は、彼女の手元にはない。
逃げよう。彼女は心を決めた。もうどうしようもないんだ、あの毛玉――サアラも文句は言うまい。
「オブジェクト」の破片に手をかけて、彼女は立ち上がる。まだ気付かれていない。
飛び立とうとしたその時、傍らの瓦礫が音を立てて崩れた。
ギロリ、と一斉にこちらを向く七つの白い目。電車のブレーキ音を野太くしたような、鼓膜を殴りつける「ディスト」特有の奇声が、彼女の体をすくませる。
逃げないと! 頭はそう叫ぶのに、体が動かない。最も近い位置にいた闘士型が、剣を振り上げてこちらへ向かってくる。
斬られる! ギュッと身を固くして目を閉じた。
「……?」
覚悟していた衝撃が、彼女の身を襲うことはなかった。
恐る恐る目を開けると、赤い短髪の「ディストキーパー」が、彼女をその背にかばうようにして立っていた。
「これ以上は、進ませはしない――!」
斬りかかってきていた闘士型を殴り飛ばし見下して、赤毛の「ディストキーパー」、漆間アキナは言い放った。