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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[終]ルビーの進む道
41/46

6-8

「『最終深点』は終着点だ。迷子はたどり着けないよ」

 

 

 川向市は鱶ヶ渕のある御薗市から見て、南に位置する。アキナにとってはあまり馴染みのない町ではあるが、外の景色は鱶ヶ渕とそう変わらない。大きな違いは海が見えないことぐらいだろうか。


 目が覚めた翌日、パサラがどこからか調達してきた服に着替え、アキナはシイナと二人セーフハウスの外に出た。


「今日は日曜なんだよね」


 少し曇りがちな空を見上げて、シイナはぽつりと言った。住宅街を抜けて「北川向」の駅前に出ると、大勢の人が行きかっていた。ここには大きなショッピングセンターがあり、アキナも幼いころ祖父に連れられてここに来た記憶が、薄らとある。


「何か、普通だな……」

「そりゃあね。みんな何も知らないし、もう二か月も前の話だしね」


 シイナの言葉にアキナはギクリとなる。ほんの二か月前、世界の在り方は変えられようとしていた。それは失敗し、代わりにかけられた呪いによって、一つの街が消えた。


 だが、そのことは誰も知らない。


「鱶ヶ渕、見に行ってみる?」


 アキナがうなずくと、シイナは「じゃあこっち」と駅舎を指す。アキナの記憶では、「北川向」の次が「凪沢」、そして「大鱶之浜」、「鱶ヶ渕」、「御薗市」と続いていく。


 券売機の上に掲示された路線図を見て、アキナは息をのんだ。分かっていたことではあるのだが……。


「ないねえ、鱶ヶ渕」


 「凪沢」の次は「羽止」、かつては御薗市の北にあった宇内市の地名だ。


「今はね、こうやって川向市と宇内市が陸続きになってんの。鱶ヶ渕なんて、御薗市なんてなかったことになってる」


「知ってたのか?」


 それなのに鱶ヶ渕を見に行くと言ったのか、とアキナがなじるとシイナは気にした風もなくにやりと笑う。


「凪沢まで乗ろうぜ。一駅だけどさ」

「何で?」

「だから、鱶ヶ渕見に行くのさね」


 ほらほら、とシイナは切符を二枚買ってアキナに手渡した。そう言えば財布なんて持っていなかった。昨日の弁当代も、と気付いた様子のアキナを「いいって」とシイナは手で制す。


「快気祝いってことにしといちゃる」



 「凪沢」で降りた二人は、そのまま線路沿いを北へ進んだ。


「ん、あれは……?」


 前方、線路の続く先が揺らめき、街並みに砂漠が重なって浮かぶ。それは近付くほどにはっきりと見えてくる。


「『空間断層結界』の向こうが、透けて見えているナリよ」


 この辺りは、もう鱶ヶ渕のはずだぜ。言われてアキナは周囲を見回し、電柱に記された町名を見つける。


 「宇内市羽止南町三丁目26」、それがこの辺りの住所らしい。


 だが、周囲の景色には、砂の海が揺らめき重なっている。砂の中から頭を斜めに出すビルや、住宅の屋根が見え、この砂漠が自然のものではないことを示している。


 日常の中に重なる終末的な情景。その中に暮らす人々は、それに気付くことなどなく、平穏に過ごしていた。


「本当になくなったんだな、鱶ヶ渕は……」


 「北川向」の駅に戻り、駅から程近い公園のベンチに腰掛け、アキナはぽつりと言った。


 公園の遊具で遊ぶ見知らぬ子どもの声が、何だか遠い世界のことのように思える。


 ここは、自分がいていい場所ではないのかもしれない。あの陽炎のように重なる砂漠の方が、自分の居場所のようにすら思えた。


「ねえ、アッキー」


 自販機で買った缶コーヒーを、シイナは飲み干して言った。


「よかったら、あたしと一緒に行かない?」

「一緒に?」


 シイナはうなずいた。アキナの意識が戻れば、遠からず出立するつもりだったという。


「そんな目的のある旅じゃないけどさ。前に連絡取った時、アッキーの目が覚めたら『連れてこい』って言われたんだ」


 どうだい? それはとても魅力的なプランのように思えた。


「あたしもさ、鱶ヶ渕にいた四年間は、あんまし自分が出せないってかさ、そんな風に思ってたりもしてたんだ」


 ここは自分のいる場所ではない。そう思っていたからこそ、オリエの「計画」に乗ったのだった。


「やるべき大きな『クエスト』がほしかった。目的のないレベリングとか意味ないし。スコアアタックも、トウコちんくらいしか一緒にやってくんなかったしね」


 だが、たった三か月だが一緒に旅をしてきた仲間たちの間では、そういう孤独は感じなかった。


「あたしと連中はよく似てたんだと思う。風来坊気質ってかね。そういうとこに拾ってもらえたのは幸せだったよ」


 連中とアッキーが合うかは分かんないけど、とシイナは少し舌を出す。


「ここで膝抱えてるよりはマシだと思うぜ」


 アキナはギクリとした。このままでは負けて倒れたままだった、かつてと同じだ。


 あの時は、トウコが迎えに来てくれたのだったか。


「……そうだな」


 だが、このシイナの手を易々と取っていいのか? アキナの頭にそんな不安がよぎる。ここにとどまったって、シイナの言うところのやるべき「クエスト」もないのに……。


 シイナは迷いを見て取って、「すぐ決めなくていいよ」と言った。


「でも、期限は決めとくナリよ?」


 シイナは人差し指を立てた。


「一か月、あたしもここでダラダラすっから。その間に決めんしゃい」


 それは、完全に鱶ヶ渕が切り離される期限でもあった。


「悪いな、なんか……」

「いいって、まだやりたいゲームあるから」


 ところで、とシイナはベンチから立ち上がると、ポケットを探る。


「リアルなゲームの方、一個付き合ってくんない?」


 シイナが取り出したのは、後端に羽箒のついた、縞模様の宝石の輝く、古めかしい鍵――「ホーキー」だった。


「見してみな、デカい『ディスト』を倒したっていう、あんたの『最終深点』をさ」




 公園のトイレから、二人は「インガの裏側」へ入った。灰色に削げ落ち、無人となった公園で、二人は五メートルほど距離を開けて差し向かう。


「戦うなんて気分じゃない、って言われるかと思ったにー」


 あまり気乗りはしないが、憂さ晴らしは必要だった。体を動かす方が、何にせよアキナの性に合っている。


「シイナ、ちょっと格好が変わってないか?」


 アキナの記憶では、シイナの左手の大砲はもっと大きく、ゴツかったはずだ。


 それが今では、下腕部を覆う程度の大きさになっている。かつての大砲よりも、取り回しやすそうに見えた。ああいうのを付けたアクションゲームの主人公がいたな、とアキナはふと思う。


「確かにね。アレは不都合も多くて、だから鱶ヶ渕にいるころから、小型化の研究はしてたのさ」

「研究って、武器まで変えられるのかよ……」

「『ディストキーパー』の力は心の力。自分の扱いやすいようにすることだって、やろうと思えばできるもんよ」


 じゃ、いくよ。シイナはハンドキャノンとでも呼ぶべきその砲口をアキナへ向ける。


「いつでも、来い!」


 ニヤリと笑うと、シイナは小さな弾丸をマシンガンのように連続で撃ち出す。


「!?」


 新しい種か? 側転してかわし、アキナは推測する。いや、この黒い小さな粒には見覚えがある。シイナが多用していた、あのブドウ弾の中身だ。砲身の中で潰して、マシンガンのように撃ち出しているのだろう。


「まだまだ」


 撃ち終えたのか、シイナはハンドキャノンの下部をガチャリと動かし、リロードするような動作を見せる。


 アキナは次の弾が来る前に、と一気に間合いを詰めようとした。


「甘い甘い」


 それを迎撃するように、シイナは今度はあのブドウ弾を放った。


「くそっ!」


 アキナの目の前で炸裂したブドウ弾が、小さな固い種を撒き散らす。咄嗟に両腕で頭をかばったアキナの腹にひやりと冷たい何かが触れた。無防備になった腹に、シイナがハンドキャノンを突きつけたのだ。


「はい、捉え……ふがっ!?」


 アキナはシイナの左腕を取ると、引き倒すようにして投げた。腹から倒れた彼女の腕を後ろ手に極めようとする。


「いだだだだ……!」


 シイナは悲鳴を上げるが、アキナは力を緩めない。お前が仕掛けてきたんだからな。このまま腕を折っても、「ディストキーパー」だしすぐに治るから――


「ぐわっ!?」


 急にアキナの腕に鋭い痛みが走る。極めていたハンドキャノンの下部に取り付けられていた爪が動き、アキナの腕を突き刺したのだ。


 緩んだところをシイナは強引に逃れた。食い込んだ爪がアキナの腕を引き裂く。


 シイナは身を起こすと同時に、右手でひょいと何かの種を投げた。


 それは、腕をかばうアキナの足元で発芽し、長いツルとなって彼女の体にぐるりと巻き付いた。


 しまった! ぐるぐる巻きに巻かれて、アキナは仰向けに倒れる。その上にシイナはのし掛かると、アキナの眼前にハンドキャノンを突きつける。


「さすがに、終わりかに?」

「まだまだ!」


 アキナは言葉と同時に自らの体の周囲に炎を燃え上がらせた。


「熱ッッ!?」


 飛び退いたシイナを追わず、アキナは炎を消して構えをとった。


「あり、来ないの?」

「ああ。どうも互角らしいからな。慎重にいかせてもらう」


 ちぇっ、迎撃準備してたのに。舌打ちしてシイナは首を横に振った。


「確かに互角な感じで、らちが明かないナリな……」


 なら、とその言葉と共にシイナの体が光に包まれる。


「『最終深点』……。こいつでなら、どうかねい?」


 光が晴れ、現れたシイナの姿は、大きく様変わりしていた。白をベースとしていた衣装は、パーソナルカラーの黄色を基本としたものに変わり、要所に黒い縞が刻まれている。ハンドキャノンは両方の腕に装備するようになり、変身後でもかけていたメガネは、クリアオレンジのゴーグルに変わった。


「なかなか、イカしてるっしょ?」


 シイナは中腰に構え、ハンドキャノン下部のより鋭くなった爪を地面に沿わす。肉食動物のような剣呑な気配が沸き立った。


 こちらも「プログレスフォーム」にならなくては。アキナは長い息をつき、精神を集中させる。だが、どうにも力が散漫で、集まってこない。


「どしたのアッキー? 変身しないのかに?」


 うるさい。アキナは焦れた。「プログレスフォーム」もとい「最終深点」を身に付けてからは、まさしく呼吸をするのと同じくらい簡単に変身していたのだが、今は濃い霧の中か暗闇をあてもなくさ迷っているような感覚だ。


 あの時は確かにあったはずのものが、手を伸ばした先になく、指先がすり抜けていく。


「じゃ、こっちから行くよ」


 シイナは両腕のハンドキャノンから同時に黒く小さな種を乱射する。


 このままやるしかない。アキナが横飛びにかわすと、シイナはそれを見越していたように間合いを詰めてくる。白兵戦でやり合う気か? アキナは着地するとすぐに構えをとり、向かってくるシイナに突きを見舞う。


 避けられるはずもないタイミングだった。だが、シイナは空中で体をひねりアキナの腕に空を切らせる。


「な……!?」


 シイナはネコのようなしなやかな着地を見せると、ハンドキャノン下部の爪を伸ばし、アキナの体を切り裂いた。


「ぐあっ!?」

「見てから攻撃、余裕でした」


 熟練の格闘ゲーマーのようなセリフを口にしつつ、シイナは更に爪での連撃を見舞う。アキナは腕で体と頭をかばうが、容赦のカケラもない連続攻撃に、ガードが次第に緩んでくる。


 このままじゃまずい。腕から炎を噴き上げようとした時、不意に痛みが止んだ。

 次の瞬間、体に無数の痛みが走る。


「があああッッ!?」


 ブドウ弾か。仰向けに倒れて、アキナは自分を襲った痛みの正体に気付く。爪がいくら鋭く、またシイナの身体能力が上がっているのだとしても、あくまでメインは撃ち出す弾にあるのだ。


「勝負あり、かにゃ?」


 シイナは妖しく笑って、アキナの上に馬乗りになった。


「『最終深点』、なれなくなっちまったみたいだね」


 シイナは爪の側面でアキナの頬から顎を撫でる。ひやりとした感触に体を震わせる彼女を見て、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「何でか分かるかい、アッキー?」


 顔を近付け、シイナは耳元で囁く。


「結論が出せないからさ」

「!?」

「あんたは進むべき道を迷ってるんだ。そのミリカって子をどうにかするか、放っておいてどこかに行くか……」


 半端なんだよ。シイナはどこか吐き捨てるように言った。


「『最終深点』は終着点だ。迷子はたどり着けないよ。そんなんじゃ、どんな道を選んだって即死だぜ」


 これでおねいさんのありがたい講義はおしまい、とシイナは立ち上がった。


「ま、少女よ今は迷いなされ。まだその時間はある。制限時間いっぱいまで足掻かずして何が最善か、ってね」


 コンティニューもリセットもできないんだからさ。


 アキナは喪ったものを思う。すべて指の隙間からこぼれて、何も残っていないかのようだった。

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