表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[終]ルビーの進む道
40/46

6-7

「……あたしはミリカのこと、何にも知らないんだな」

 

 

 シイナの話を聞き終えて、アキナはシイナがしゃべっていたのと同じくらい長い時間、じっと黙っていた。


 シイナも何も言わず、弁当のガラを洗って片付けたり、自分だけプリンを食べたりしていた。


『あらかたの現状確認は済んだようだね』


 その声と共に現れたのは、鱶ヶ渕の「エクサラントの使い」パサラであった。


「おう、パサパサ。あんたの言った通り、アッキー起きてたぜい」


 「インガ」の流れからパサラはアキナの起きる頃合いを見通していたらしい。


「すぐに買い物に行っといてよかったわー。あたしが帰ってきたらちょうど目を覚ましたとこみたいだったし」


『それで、アキナ。体調はどうだい? 二か月も眠り通しだったけれど』


 二か月か、体も強張るはずだ。大きく息をついて、アキナはパサラを見上げた。


「鱶ヶ渕は……ミリカはあの後、どうなった?」

『鱶ヶ渕は今、大規模な「空間断層結界」の中にある』


 より正確に言えば、鱶ヶ渕を含む御薗市全域が巨大な結界に覆われているという。


『あの「滅びの風」によって、中は完全な砂漠だ。人が住むどころか、存在していられる場所ですらない。だから結界も一時的な処理でね、今御薗市全域を「インガ」の外に切り離す計画が進んでいるよ』


 街一つをなかったことにするのは、さすがに大規模な「インガの改変」となるため、準備等調整に時間がかかるらしい。後およそ一か月はかかるだろう、という見通しをパサラは提示した。


「ミリカはどうなるんだ? まだ中にいるんだろう?」

『もちろんさ』


 何を当たり前な、とでも言わんばかりにパサラは体を揺らす。


『「滅びの風」を巻き起こす「ディスト」としてね。ミリカが中にいなければ、「インガ」から御薗市を切り離す必要もないのだから』


 まるっきりミリカが悪いかのような物言いに聞こえ、アキナはパサラをにらんだ。


「お前、そんな言い方……!」

「てかさー、そのミリカって子は何でそんなんなっちゃったん?」


 アキナの言を遮るように、シイナが口を挟む。


「それは……あたしにも分からない。合流した時には、もう……」

『オリエが最後に放った、呪いともいうべきものにあてられたのさ。ミリカの胎には、オリエの琥珀がすべて注がれたようだ』

「媒介にたまたま選ばれたってこと?」


 運ないねぇその子も、とシイナはどこか他人事のように肩をすくめる。


「そんな悪いやつでもないんだけどな……」

『元のミリカの人格がどうであれ、今は「ディスト」となってしまっていることに変わりはない』


 淡々としたパサラの態度からは冷酷さすら感じられる。


「……それで? 切り離す、って中のミリカはどうなるんだ?」

『永久にこの世の「インガ」の外をさ迷うことになる』


 淀みなく、パサラは応じた。


「そんなの……あいつが何をしたってんだよ!」

『人柄や行為の善し悪しで結果が変わらないことなど、君は身に染みて知っているのではないかい?』


 その通りだ。アキナは言葉に詰まる。自覚的な「やったからやられる」だけではない。何もないように見えたって、善と思えることをやったって、不幸は降りかかる。


 だからあたし達は、世界を少しだけ変えなきゃならなかったんじゃないか。


「……それでも、何とかしてやりたいよ」


 ふう、とシイナは一つ息をついた。


「話聞いただけだから、よく分かんないんだけど」


 ねえパサパサ、とシイナはパサラに話を振る。


「『ディスト』になっちゃったってことはさ、『臨界突破』なん?」

『そうなるね』


 パサラはふわりと縦に揺れた。


「何だ? 『臨界突破』って……」

「平たく言や『ディストキーパー』が『ディスト』になっちゃうことだよ。前にあんたがなったやつ」


 アキナにとってこの上なく分かりやすい事例をシイナは挙げた。


「そうか……。なら、ミリカも元に戻せるってことか?」

「どうなん、パサパサ?」


 シイナがパサラを見やると、毛玉は長い耳をはたはたと動かした。


『確かに元に戻せる可能性はあるだろう』


 だけど、とアキナの方に体を向ける。


『かつてトウコが君にやったようなやり方が、君とミリカの間で成立するかどうかは保証しかねる……いや、違うな』


 パサラが考え考えしゃべるというのは珍しいことであった。言葉を選ぶような様子で、だが吐き出されたのはむき出しの現実だった。


『百パーセント、不可能だ』

「何で……!」

『君とミリカは互いに分かり合える点がないからさ』

「……ッ!?」


 反論しようとしても、できなかった。確かに付き合いは短い。腹を割って話したことはない。アキナはうつむいてかぶりを振る。


「だけど……仲間なんだ」


 そうだろう? すがるように口にする。


「アッキーさあ……」


 嫌な言い方するね、とシイナは前置きした。


「その子、アッキーにとって助ける価値あんの?」

「それは……」

「仲間だから、以外でさ。理由なんていらない、ってのもなしね。人を助けるのに理由がいらなくていいのは、ゲームの中だけの話さね」


 アキナは言葉を探す、理由を探す。だが、見つからなかった。砂漠に落ちた針を探すかのようだ。あるいはそんな針、存在しないのかもしれない。


「まずさあ、その子、どういう子なん?」


 あんましキャラクターが見えないんだけど、とシイナは尋ねる。


「ミリカは……すぐ謝るやつだった。引っ込み思案で、あんまり人としゃべらない。あたしも気を付けてしゃべりかけたりとかしてたけど、自分から話を振ってくることはなかったと思う……」

「それで?」

「……いじめられてた、って話だ。主犯は多分、あの×××××だ。兄貴が不良だっていう。ミリカが『ディストキーパー』になった辺りで、存在がなかったことになってたから……」

『そう、彼女の「最初の改変」で消したのは確か、そんな名前の子だったね』

「ほかには?」


 もうない。


 三か月の付き合いで、あまり積極的でない相手なのだから当然かもしれないが、それはアキナには残酷な現実のように思えた。誕生日がいつで、どんな家庭で育って、何が好きで、何が嫌いで。何が得意だったのか。休みの日はどう過ごしていたのか。誰かを好きになったことはあるのか。どんな思いで、戦っていたのか――。


「……あたしはミリカのこと、何にも知らないんだな」

「そうみたいだね」


 シイナの言うように、アキナが自ら助けるべき理由はないのかもしれない。その明確な「インガ」はアキナとミリカの間には存在しないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ